呪われた一族
屋敷の灯りは未だ一階の斎場から正門前までを照らし、斎場の客も大勢残っていた。彼らは領主の死を悼み焼き上げた大きな豚肉を切り分けた大皿と燃える葡萄酒を囲い豪勢な食事を摂っていた。領主夫人の姿は斎場奥にある彼女の椅子には無く、話しかける相手を失った屋敷の貴人達の相手を幼い息子のテネトールと彼の身なりの良い従僕が必死に対応し続けていた。ユーヴェは憲兵達と共に会場へなだれ込んだ。突然屋敷へ入ってきた男達に貴人達は眉をひそめるが、憲兵の制服と必死な形相を取る家令を目にすると何事かと奇異の目で一行を見つめた。注目が集まる中、斎場奥へ走り込んだユーヴェ叫ぶように指示を出し、幼いテネトールへ手早く礼を取るち質問を投げかけた。
「会場人間を各部屋へ四人一組でお願いします。吸血鬼が化けている可能性を考慮し、後程魔術による鏡占いを行います!イアラケスの息子テネトール殿、領主夫人殿は今どちらにいらっしゃいますか?危機が迫っております。」
「・・。」
テネトールはユーヴェに話しかけられ慌てふためき、目をあちこちへやるともじもじする。見かねた従僕が主の脇から歩み出で流れるように美しい礼を取り、テネトールの代わりにユーヴェの質問に答えた。
「では、私から。奥様は二階の自室へお帰りになりました。ご案内いたします。」
「それはお前の仕事では無い。テネトール様を個室へお連れし、怪物から絶対に護るのだ。魔術師殿、家令の私がご案内いたします。こちらへ。」
家令は従僕の言葉を断ち切りユーヴェへ振り向いて二階への階段に続く扉を指差した。
「三人は私達に付いてきてください。家令殿は吸血鬼という言葉を使わずに領主夫人殿とお話をお願いします。」
「はあ。承知しました。」
呆ける家令は気を取り直してユーヴェを案内する。ユーヴェは三人の憲兵達を連れ家令の皺がよった正装の背を追いかけた。ユーヴェ達五人はごった返した斎場を走り抜ける。
「調査は進めておく。お前は急げ。」
セネスは憲兵達が客を各部屋へ移動させている最中、走るユーヴェの背へ語りかけると背負い物を斎場の床へ下ろし、黙々と魔術触媒の準備を始めた。
緑色で立派な絨毯を踏みつけてユーヴェ達は階段を駆け上がり、従僕達が見張っている領主夫人の部屋へ到着した。
「こちらが奥様のお部屋です。」
「開けてください。」
慌てる従僕達を余所に家令はマスターキーでドアの鍵を開けた。カタンと乾いた音が鳴り真鍮のドアノブが鈍く光る。
「奥様、緊急時のため開けます。」
「・・。」
返答の無い扉を憲兵がドアノブを回して押し開け、ユーヴェはすかさず小銃を構えて部屋の中を観察する。真っ暗な部屋の中には領主夫人がカーテンを開け放った幾つかの瓶底をはめあわせたような窓の側で突っ立ち、歪んだ月明かりに彼女の赤毛が照らされていた。部屋を見渡しながらユーヴェは肩から小銃を下ろして彼女へ近づく。二歩三歩と歩み寄ると領主夫人が口を開いた。
「何か用か魔術師?屋敷の主である私の部屋に入り込むとは偉くなったな、街の怪物一匹仕留められない愚図が。」
冷笑する夫人の言葉にユーヴェは黙して動かず、彼はより一層小銃を握った。更には影に映る警戒した彼の様子を下目に観察した夫人は鼻で笑い。
「私はもう寝る、男子は部屋から出て行けよ。」
「その前に魔術触媒として使用するため、領主夫人殿の髪を少しいただけないでしょうか?」
夫人の言を聞き流すようなユーヴェの要求に家令は怒った。
「魔術師殿!あの恐ろしく血に塗られた、かっ怪物は奥様を狙っているのですよ?此処は先ず部屋前と屋根へ見張りをたてましょう!それで良いではないですか!」
家令はそう言うと足音荒くユーヴェへ迫り彼の肩を掴み引っ張るが、ユーヴェは一歩も動じず夫人を睨みつけた。
「私は領主夫人殿、貴女が本物の領主夫人であることが解ればそれで十分です。」
「拒否する。私が明らかに怪物であると証明する物的証拠が無い限りは、決してそのような蛮行を許すつもりは無い。」
取り付く島もない夫人にユーヴェ頷き、踵を返した。
「夜分遅くに失礼しました。ですが怪物は貴女を狙っていると思われます。護衛を増員しますが宜しいですね。」
「失せろ。」
ユーヴェと家令の二人は部屋の前で礼を取り静かに扉を閉めると、ユーヴェは何も言わず一階へ早足に降りていった。家令は扉越しに夫人へ謝罪を延べた後小走りでユーヴェを追った。
走る家令は階段を降りるユーヴェを見つけ、彼の横に並ぶと不満げに苦言を呈する。
「先程は一体。お部屋に銃を構えて入るなど非常識です。あれではまともに取り合っていただけるはずがありません。」
「家令殿のお言葉、一々尤もです。今回、家令殿の顔へ泥を塗ってしまい申し訳ございません。ですが、領主夫人殿は一度も吸血鬼と仰いませんでした。動揺していたのかあるいは・・。」
ユーヴェの言葉に顔を青ざめた家令はそんなと思わず額を拭うと、
「魔術師殿、後程私から領主様についてお話があります。」
と言った。ユーヴェは軽く頷き、家令を置き去りに残った階段を駆け下りて行った。ユーヴェが一階へ降りると斎場には巨銃を片手に担いだオーグが部屋の中心に立ち、その傍らにはセネスが並んだ鏡へ薬液を流し込んでいた。幾つかの鏡には既に客の姿であろう人間の裸体が写っていた。
「手伝います。何処まで進んでいますか?」
「部屋の位置ごとに鏡を並べている。今は東側の部屋を始めたばかりだ。お前は西側を頼む。」
「承知しました。」
ユーヴェは背負い物を下ろし直ぐさま客の鏡占いを始める。セネスは背後で薬液を調合するユーヴェへ声をかけた。
「領主夫人殿はどうだった?」
「毛髪は貰えませんでした。」
「そうか。」
次々と鏡へ客の毛髪を含んだ薬液が垂らされ、客全員の姿が露わになる頃には夜が明け鳩の鳴き声が聞こえていた。鏡を回収したユーヴェ、セネス、オーグは斎場の魔術道具を纏め家令と共に空になった客室へ入った。
「どうぞおかけ下さい。そこまで長くはなりません。」
ユーヴェとセネスは促され家令と向かい合うように座った。家令の表情は硬く額には冷や汗が見える。
「領主様についてですが、実は数年前・・八年くらい前だったと思います。その晩、領主様は客人をたった一人だけ呼ばれまして。ええ珍しい事で、お付きの者は誰もいませんでした。姿は・・マントを羽織って着替えが一式入る程度の手提げ鞄を持っておりまして、そのまま客室へ。お客人が帰った晩の事です。本当に醜聞なので此処だけの話ですが、領主様の執務室に飾られている怪物の角をですね。」
家令は言いにくそうに顔をしかめて口を結んだ後小さく口を開いた。
「領主様は角をかぶって四つん這いになり、獣のようなうなり声をあげられておりました。きっとあの日の客人が何かをしでかしたに違いありません。」
「獣ですか。領主殿は怪物を信じていなかった。ですよね?」
「ええ、領主様は前領主アイアドス様を尊敬しておりましたが終止怪物退治の英雄譚は認められなかったようです。ですが角をかぶって・・するとは。」
ユーヴェの質問へ額を拭い視線を左から右下へ下ろして答えた。
「では、領主夫人殿はそのことをご存じでしたか?」
「どうですかね・・。領主様と奥様は距離が有りましたし、奥様は気づかれたとしても態度には出さなかったと思います。もちろん知っていた可能性は十分にあります。夜によく一階のお庭へ出られていたのでその折に。」
「変身願望ですか?稀にそのような話を聞いたことがあります。他に女性関係はあったのですか?」
「いえ、幾人か資金調達のために契約していたのですが、ご自身で断られてしまい奥様の他には。一途な方だと思いますが・・。」
ユーヴェの返答に尻すぼみに家令の声は小さくなる。切りそろえられた髭を一撫でしたセネスが俯く家令へ質問を投げかけた。
「私からも質問があります。例の客人の荷物はそれだけでしたか?馬車に乗ってきた等覚えていれば教えて下さい。」
セネスの言葉に家令は顔を跳ね上げしばしの長考の後。
「ええ、一頭引きの荷車が一台。確か、荷物が一つも無くて車の端に雨除けの布が丸めて置かれていました。」
「ありがとうございます。では私からは最後の質問です。この街の財政は傾いておりますか?」
「ええ先代様が亡くなられてからずっと傾いております。際限の無い出費が続きこれまでに無い苦境です。」
セネスは家令へ礼を取り感謝を示し、続いてユーヴェが家令へ尋ねた。
「先代領主アイアドス様は、夫人殿の街から多くの金品の他に魔物の一部を持ち帰ったのではないですか。」
家令は唇を舐め深いため息をつき、やがて観念するように口を開いた。
「ええ持って帰ってきました。切断された吸血鬼の干し手、左手です。黒い不気味な爪が伸びてネズミのような毛が斑に生えた物で、初めて見たときは生臭さと不気味な見た目に吐き気を覚えました。思えばご帰還されてからアイアドス様はことある毎に吸血鬼、怪物とおっしゃっておりましたがそれを退治した英雄譚を口にされて」
「確かに怪物の部位が魔術触媒となる場合がありますが。恐らく民間伝承的な物で幸運や財を呼び寄せると聞いたことがあります。効果はわかりませんが。ちなみにその場所はわかりますか?」
家令は頭を振り否定した。ユーヴェとセネスは目を合わせると立ち上がった。
「貴重なお話、ありがとうございます。お蔭様で怪物退治へ一歩近づきました。」
納屋へ戻った三人はそれぞれ椅子へ座る。ユーヴェとセネスの手には朝食として貰った屋敷で作られた豚肉をパンで挟んだ簡単な軽食がある。ユーヴェはセネスへ昨日の夫人の様子を伝えていた。セネスは昨日の正装のまま座り込みちびりちびりとパンを齧り嚥下すると、同じく朝食を咀嚼するユーヴェへ苦言を呈する。
「お前はあの家令を揺さぶり過ぎだ。一歩間違えればウソをつかれていたぞ。」
更にため息をついた。セネスはユーヴェへ問いかけた。
「・・お前は吸血鬼の狙いをどう思う。」
「領主夫人殿と吸血鬼には何か関わりがありそうです。それも、夫人殿或いは屋敷の何かに用があるのでしょう。位置を探る魔術を使用したことから吸血鬼は今まで街へ入ったことが無い事も予想されます。更には人間を組み合わせるような使い魔作成術使った何か、融合か変身かを狙っているのかと思います。そこがわかれば吸血鬼の先回りが出来るのですが。」
「成る程。では吸血鬼の由来についてはどう考える?」
ユーヴェはのどを鳴らしてカップの白湯を飲み干すと続ける。
「恐らく八年前に領主殿が魔術師から願い箱を購入し箱を山の岸壁へ隠した。隠した方法は明確に解りませんが、あの洞窟は台車等を使用すれば人間でも十分に運び込める広さがありました。そこに込められた願いは推察が難しいですが彼の父親が持ち帰った吸血鬼の手に起因する物であると思われまし、その姿に関しては魔術師であれば説明できるものでしょう。」
此処でユーヴェは言葉を切りパンをほおばり白湯で流し込んだ。向かい合うセネスは自身の手記にメモを取っている。
「師よ、一人の人間がたった八年で願い箱の中身が具現化されますか?」
ユーヴェに尋ねられたセネスは思い出すように考えると。
「具現化はされる。だが、彼だけの願いでは無いと私は思う。箱を洞窟へ設置した人物や彼の動向を知る人物の願いも混ざってしまう。あの箱はその類いの物だ。決して願いは叶わない。」
二人の間に沈黙が流れ、作業のように黙々と朝食を咀嚼し白湯を飲む。ふと食事から顔をあげたユーヴェが思いついたようにセネスへ言った。
「自由ですかね。彼が願った物は・・。先々代からの負の遺産で傾いた街の財政、冷え込んだ妻との関係と義務的にたった一人だけ作った子供、不自然に妾が皆無な点・・。規律、家、家族を捨てたかったのでは?」
ユーヴェはそう言い切ると残った朝食の豚肉をしげしげと眺めかぶりついた。セネスは自分のカップとユーヴェのカップへ白湯をつぎ足すと、咀嚼するユーヴェへ語りかけた。
「それに固執することは良くないが、面白い考え方だ。その点を踏まえると財政を圧迫している施療院に吸血鬼は訪れているのかもしれない。無駄飯食らいの物乞いを殺すためにな。一方で、吸血鬼が夫人殿の場所を探し出したのかについては、夫人と息子の殺害を企てているのかもしれない。屋敷の守りを固めつつ、下水道を含めて施療院が建ち並ぶ辺りをしらみつぶしに憲兵達と魔術を使い吸血鬼を探すとしよう。」
頷くユーヴェは早速憲兵達と連絡を取るため納屋から出て行き、残されたセネスは椅子へ座ったオーグの調節を始めた。




