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怪物狩りのユーヴェ  作者: 栗鼠
ロイの怪物
5/8

不完全なキメラ

 納屋で着替えを済ませたユーヴェは家令から山村の生存者の療養所を教えてもらうと、行きがけに屋敷の憲兵を幾人か連れへ馬を走らせた。路肩にすら人はおらず、窓は閉め切られ窓枠には錫で作られた雨戸がかけられている。屋敷の通りを抜けて街の広場へ差し掛かると、

「領主閣下の他に吸血鬼の仕業と考えられる事はありましたか?」

「いえ。領主様のみです。全く痛ましく恐ろしい蛮行です。」

馬上からユーヴェへ問いかけられた憲兵の一人は左手の親指を隠し、白い顔を更に青ざめさせる。

「物乞いは何処へ?数日前には路肩に幾人か見えたのですが?」

「彼らはえー、恐らく暖炉のある施療院に居ると思われます。先代国王陛下の政策で先々代の領主様が街中へ建てられたものでして、彼らも十分に入れる程沢山ありますから。」

「それはまた、とんでもない出費でしたね。」

訝しむユーヴェへ憲兵は続けた。

「お恥ずかしい話ですが金が湯水のように使われていたにも関わらず、街中に建つ施療院を把握することすら出来ていないのですよ。当然ただの廃墟になっている物も中にはあるかと。最近になってようやく領主様が調査をされていたのですが。」

憲兵の返答にユーヴェは馬鹿馬鹿しいと眉をひそめた。

「ありがとうございます。参考になりました。さて、あの焦げ茶の建物が軍病院ですか?」

「ええ、馬は私達が繋いでおきます。書類への記入は私達で行いますので魔術師殿はお先に中へ、中では安置所の者が対応します。」

彼らの前には立派な茶の煉瓦造りの大きな建物が建ち、南側にはバルコニーとサンルームまである。ユーヴェは下馬し憲兵達へ礼を取ると軍病院前の軍医に案内され中へ入った。内部は消毒薬特有の匂いが漂い、各部屋は大部屋でベッドが部屋につき六床二列に並べられていた。

「この施設は新しくて夜間はベッド脇の折りたたみ式の仕切りを伸ばして快適に過ごせるようになっているのです。更に、献立には菓子が出ます。ゼリーですよ、それも甘くて中には桃が入っております。どうです魔術師殿、帰りに一つ食べませんか?此処の名物ですよ。私なんて昨日はおかわりをしちゃいました。」

「ご好意感謝します。ですが、軍の物ですし。この後も約束がありますので。」

やんわりとユーヴェは断りを入れるが軍医の押しは強く。

「大丈夫ですよ。私の昼食分なので。」

「はあ。では、後ほどいただきましょう。所で台所は何処にありますか?魔術のための火を起こしたくて。」

「一階の突き当たりに暖炉があります。そこで良ければ。」

「ありがとうございます。では、後ほど使わせていただきます。」

胸を張る軍医へ興味なさげに愛想笑いをしながら返事を返すユーヴェ。談笑を続ける彼らは立派ならせん階段を上ると直ぐに、生存者達の部屋が並ぶ廊下へついた。廊下には幾つか台が設置され、その上には消毒薬やマスク、手袋が置かれている。生存者達は一人一人個室へ入れられ、入口には小銃を肩にかけた兵士が仁王立ちしていた。手近な部屋へ入ろうとするユーヴェを軍医はすかさず制止し、手袋とマスクを手渡して入り口の鉤に掛けられた使い捨ての白衣を指さす。

「念の為に手袋、マスク、白衣を着用しください。皆体調が思わしくありませんので、ご協力お願いします。それから二階の並びは全て個室であちら左奥の船の絵がある部屋からデルトル憲兵曹長、村人達が並んでいます。彼らの身元はわかっておりません。以前、その村の男が門の税所へ押しかけてきましたがその日内に死にました。」

「承知しました。ではデルトルさんから見てみます。」

ユーヴェは狩り道具が仕込まれた外套を近くの台へ置き白衣、手袋、マスクを身に付け背負い物を手に提げ左突き当たりの部屋のドアノブをひねり中へ入った。中には痩せこけた男が緩やかなローブを着てベッドに横たわっていた。彼の目だけが機械的にゆっくりと病室を眺めるばかりである

「魔術師殿が検分された使い魔を撃ち殺した人物です。あちらの壁には以前の彼が描かれています。」

軍医の指した先にはデルトルと妻、彼らの間には寄宿舎へ通う程度の息子が二人家の前だろうか満面の笑みで描かれた絵が掛けられていた。

「立派な絵ですね。この絵は奥様が此処に?」

「ええ、私がお伝えして持ってきていただきました。何か刺激になればと思ったのですがね。まあ食べない。何故生きているのかが不思議ですよ。他の村人も同じ状態でしたが。」

ため息をついた軍医は痩せたデルトルの傍らに座る。

「失礼、彼に触っても。」

「勿論。ご家族にはお帰りいただいたのでお好きなように。」

デルトルの手や頭髪は家族が手入れをしているのかきれいに整っており爪の間にはごみ一つ無い。痩せたデルトルの胸元へユーヴェは耳を寄せるとヒューヒューとした息遣いが鳴る。ユーヴェは軍医へ語りかけた。

「デルトルさんはここに来てからいつも苦しそうな息をされているのですか?」

「ええ、話によると村からのようです。口に何かあるようですがどうしても開けず、強引に口を開けさせた同僚の一人が小指を食いちぎられまして。それ以降は手を触れておりません。」

「では食べていないのですか?」

「ええ、全くもって食べません。生きているのが不思議なくらいですよ。二十日以上は経ってますからね。」

軍医の話に頷くユーヴェはデルトルの瞳を覗き込んだ後、強引に口を開ける。歯並びは中々に悪く物を噛むのも一苦労しそうである。ユーヴェはロウソクへ火をつけそれを軍医へ手渡した。

「口内を照らして下さい。歯がおかしい。」

しげしげと口内を観察する。ユーヴェは歯を一本一本見て取っていく、ロウソクの蠟がとろけて下に落ちるがデルトルは無反応である。

「臼歯の後ろに前歯がある。それに毛、髭が喉から生えている?こいつは・・使い魔だ。人間と人間が混ぜられている。」

「え?」

「デルトルさんは既に殺されて使い魔に改造されています。他の村人の方も見ておきたいので案内をお願いします。」

各村人を簡単に確認したユーヴェは一階台所ですり鉢に入れた薬草を潰していた。すると玄関が少し騒がしくなり彼の元へ手袋、マスク、白衣を身につけた憲兵達が灯りを幾つか抱えてドタドタと息を切らせて合流した。その頃に軍医はユーヴェと別れ、院内の体調不良者の元へ走っていた。

「暖炉で湯を沸かし二階船の絵がある突き当たりの部屋へ持ってきて下さい。量はこのタライへしっかりと湯をはれる程度あれば十分です。二人ほど私に付いてきてください」

すりつぶした薬草を布で濾して薬液を標線が書かれた瓶へ半分量程抽出したユーヴェは手袋を付け替え、銅のタライを彼らの前へ置くと彼らへ指示を出し、デルトルの部屋へすりつぶした薬草液を持って移動した。硬いブーツが階段を蹴りつけ、デルトルの部屋へやって来たユーヴェは薬液の入った瓶を部屋の端にあるミニテーブルへ置くとデルトル寝ているベッドへ手を掛けた。

「デルトルさんのベッドを部屋の中央に移動させて下さい。印を付けておきましたのでそこへベッドの足をお願いします。」

「はい。ですがこれは何のために?」

「新鮮な血と爪を触媒の一つとして使うとその主の過去を断片的に幻影として見ることが出来ます。幻影は彼の口、あるいは鼻から白く大きな息として映し出されるので、今回は白い天井を活用して上に映し出す予定です。さて、反対側を持ってください。」

天井を指差してユーヴェは憲兵達へ説明し、ベッドを抱えて部屋の中央に運び込んだ。

「私の予想が正しければ、この男が受けた命令を断片的にでも聞くことが出来るでしょう。証拠を残すため軍付の画家を呼んできて下さい。」

デルトルへ施す魔術の準備を整えるユーヴェは手早く背負い物から取り出した薬液を抽出液へ僅かに加えながら画家を手配するが、

「私が画家です。画材と証印は一階保管庫にあります。」

憲兵の一人がユーヴェへ歩み寄り伝えるとユーヴェは笑みを浮かべる。

「助かります。小さめの絵でお願いできますか?裁判で使える大きさの物で小さめの物で。」

「ええ、大衆版画サイズの7号が三枚ほど。」

「全て持ってきて下さい。原画を此処で描いていただいて、一枚は複写でもう一枚は版画ように作成してください。」

「かしこまりました。」

礼を取った絵描きの憲兵は直ちに画材を取りに一階へ降りた。ユーヴェは手を休めず幾つか粉の入った瓶を取り出し天秤で重量を量っては薬液の入った瓶へ投入し、砂時計をひっくり返して混ぜては計量した別の粉を加える事を繰り返す。ある粉を加えると薬液がぼうっと光出し、ユーヴェは一際大きい瓶を取り出して中の透明な液体を薬液が入った瓶の標線まで注いだ。側で見ていた憲兵は不思議そうにユーヴェへ尋ねる。

「魔術師殿、それは水でありますか?」

「それに近いです。これは緩衝液でデルトルさんが改造された時点を見るために、薬液の濃度を調節する物です。範囲が曖昧なのでデルトルさんには何度か飲んでもらうことになると思います。今日中に確認を始められれば、明日からは我々が攻撃する番です。頑張りましょう。」

「ええ。頑張りましょう。」


 ユーヴェ達の準備が調う頃には外は夜更けになっていた。斎場からやって来たセネスは屋敷の家令を伴って口に鉄の管が通されたデルトルの部屋へ到着しており、一同は固唾を飲んでデルトルの側に座るユーヴェを見ていた。ユーヴェは煮沸したナイフでデルトルの指を切り、滴る血液を空瓶に採るとそこから三匙掬い湯で暖め調合した淡く発光する薬液へ入れた。薬液が入った瓶をゆっくりと混ぜたユーヴェは病室のコップへ注ぎ、デルトルの口から伸びる管の先へ薬液を流し込んだ。デルトルは喉を開けたまま管の液は彼の肺へ流れ込んだ。ユーヴェが咳き込むこと無く虚ろに横たわるデルトルから離れると直ちにデルトルの鼻孔から真っ白な煙が立ち上った。煙は病室の天井を覆おうと朝焼けの森の絡み合う枝が映し出された。どうやら仰向けに横たわっているようだ。新雪降り積もる森の自然音が煙から響いて来ると家令を含めた憲兵達はおののいた。ユーヴェは絵筆を握る憲兵へ声をかけた。

「絵はこの後です。どうやら一回で上手く濃度調節が出来たようですね。吸血鬼の言葉を欠かさず聞き取りましょう。」

音が途切れ途切れに聞こえる。

「意思が・・。上手くいかない・・わた・・ない。」

骨の破裂音が鳴り視界が揺れる。引きずられているようだ。デルトルは木へ立てかけられ、森の様子があらわになる。悍ましい鏡で見た毛むくじゃらの吸血鬼がしゃがみ込み、血液が付着した雪をかき集めまとめていた。

「血の処理か・・。」

セネスは髭をしごきながら小さく呟く。更に吸血鬼は骨を削って作られた一本の短い棒を片手に持ち座り込むデルトルへ迫ると、

「この術は・・ここからです!これをこの棒と吸血鬼を描いて下さい。特に棒は詳細にお願いします。」

ユーヴェは絵かきの憲兵へ矢のように指示を出し吸血鬼の持つ棒を注視した。棒には珍しい赤毛が巻かれ先端は小さな金属籠が嵌まっていた。骨の棒は視界へ迫りデルトルの喉へ差し込まれた。差し込まれる最中、デルトルは嘔吐き視界が揺れ、吸血鬼が彼へ覆い被さった。骨から皮を剥がす音に骨を切り出す音が脳天から腹まで打ち下ろされるように鳴ると、視界が暗転し森の微かな物音だけが残り吸血鬼の足音が遠ざかっていった。暫く自然の風のみが小一時間程流れ煙は消えた。

「・・。」

病室には沈黙が流れる。

「あの道具は信号の魔術道具ですね。あの尖端の籠には恐らく使い魔の爪。巻き付けてあった赤毛は探知対象でしょう。爪の主である使い魔の体内には術者の爪を練り込んだ鏡が向かい合わせに埋め込まれているはずです。術者の正体を隠すための魔術手段ですね。しかしながらこの術は魔術道具が埋め込まれている対象が生きていなければ発動しない物です。特殊なあの魔術道具を使えば点と点を線で繋ぐように術者は一方的に対象の居場所を探ることが出来ます。吸血鬼は信号を受け取るための使い魔を街へ持ち込んでいるはずです。」

「では、この人型はその為の状態と?」

一同へ説明したユーヴェに軍医が興味深げに尋ねた。

「他にも意味はあるのかも知れません。ですが、解りません。魔術師対策を行う吸血鬼が不用意な言葉を言うとは思えない。今、最も行うべき行動は赤毛の人物を探し出す事ですね。その人物は間違いなく殺されます。さて、赤毛はこの辺りの出身者ではないですよね。」

ユーヴェはそう言うと立ち上がって家令を見据えた。鋭い眼光が直立する家令を貫き、彼は冷汗をかく。憲兵達はユーヴェの視線を辿り家令へ視線が集まった。

「私の勘違いで無ければ良いのですが・・」

「お待ちください。」

口を開いたユーヴェへ家令が言葉を重ねた。

「赤毛は奥様の物です。奥様は遙か北方からこちらへ莫大な財産を持って嫁いでいらっしゃいました。と言うのも、お亡くなりになられた領主様の先代豪勇アイアドス様がかつて退治された怪物が住んでいた都市の姫が奥様なのです。奥様の赤毛はこの辺りの黒髪とは違い魔力が宿ると噂されており、先代様も領主様もオカルトが好きでして、すっかり虜になっておりました。これ以上は私からはなんとも・・言えません。」

白衣をその場へ脱ぎ捨てたユーヴェは早口に言う。

「その話は今回の一件と関わりがありそうですが、先ずは屋敷へ急ぎ引き返しましょう!普段警備しない場所にも見張りを立てて下さい!絶対に領主夫人殿を一人にしてはいけません。」

「このデルトルだったこの使い魔は殺しておくか?領主夫人殿を避難させれば奴も場所を追えなくなる。」

「ええ、そうしましょう。魔術道具の回収と念の為に他の村人も手分けをして対応をお願いします。」

とセネスの問へユーヴェは答えると背負い物を片手に二階の踊り場へ出た。背後の部屋では銃声が鳴り、その音にユーヴェは片眉をあげた。ユーヴェは脇に置かれた自分の外套をわしづかみにセネス、憲兵達と共に病院から飛び出して街中に笛を鳴らしながら屋敷へ急いで馬を走らせた。

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