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怪物狩りのユーヴェ  作者: 栗鼠
ロイの怪物
3/8

怪物の住み家

 死体の検分を終えた三人は憲兵達と共に惨劇のあった山村へ向かっていた。ロイの門を抜け、雪にぬかるんだ道へ馬で速歩に進む一行。怪訝な表情でセネスが憲兵へ尋ねた。

「屋敷の家令より事のあらましは聞きましたが、何故曹長がそのような山村へ?」

「人手不足としか言い様がないですね。悪い事ではないのですが今年は海軍に人をとられまして、どうしても人が足らなくて今回は異例です。まさか怪物が出るなんて。」

「成る程。人事的な事情があったと。」

馬の足を緩めたセネスはユーヴェへ近づくと笑みを浮かべる。彼の笑みが気になったユーヴェは、

「どうされました?目的地までは後三日はかかりますが。」

視線を前へ向けたままセネスへ問う。セネスは感無量に首を揺すり襟元を緩める。

「ユーヴェ、今回もお前が狩りを指揮しろ。」

頷くユーヴェへセネスは続けた。

「去年の大蛇退治からお前には仕事の大部分を任せている。私に劣らない怪物や魔術の知識、怪物を追い詰める勇敢さ、優れた身体能力どれも評価に値する。お前の父親よりも良い魔術師だ。仇もいずれ取れると私は確信している。」

「師よ、怪物狩りをお辞めになるのですか?」

セネスは馬に揺られて彼方の山々へ目をやる。

「まさか、弟子が仇討ちを果たすまでは辞められない。狩には冷静な老人が必要だろうからな。」

二人の魔術師は黙り馬を進めた。一行は順調に街道を進み、三日目の昼には山村の入口へ到着していた。村の飾りや宴会で使われていた大机は当時のままで、宴会を襲った惨劇の後が生々しく残る。村の周囲には憲兵達がロングソードを下げて見張りをしていた。

「魔術師殿。件の村へ到着しました。」

街から三人を誘導したカウルースが馬を降りて一行へ声をかけた。セネスとユーヴェは馬から降り、オーグは荷馬車から大砲のような銃を片手で担ぎあげる。彼らの元へ袖飾りの付いた男が歩み寄って来た。彼の右横には彼の部下なのか神経質そうな男が立っていた。

「魔術師殿、ようこそ。アーレス憲兵隊長です。よろしくお願いします。こちらは秘書のボイペイです。」

礼を取るアーレスとボイペイへ、武器を担いだ三人は軽く腰を折って礼を取る。

「セネスとユーヴェそれとオーグです。こちらこそよろしくお願いします。」

アーレスと三人は並んで歩き憲兵達の天幕へ通された。

「朝食は済まされましたか?ああ、お済みでしたか。ええ、はい此処の昼食は絶品ですので是非お楽しみください。それから、皆さんのお話はいつも酒場で楽しんで聞いております。本当に来てくれて良かった息子へ自慢できます。」

早口で話すアーレスへ二人は辟易し始めた。机へ手を付きセネスが身を乗り出してアーレスの話を断ち切って話す。

「一旦、街を見て回ります。死体は既に埋葬されたそうですね。」

「ええ、損壊が激しくて。特に腐敗がひどくてどうにもならず。」

「承知しました。死体以外は移動させていないと言うことですね?」

セネスへアーレスは一口白湯を飲み頷いて答える。

「そうです。街を見て回るのであれば部下を付けていただきたい。これは規則ですので。村の外の森では死体の回収のみ行いました。血まみれのスケッチはその際に回収した物になりますが、ご覧になられましたか?」

「勿論、部下を付けていただいて構いません。スケッチは確認しました。有益な情報をありがとうございます。」

セネスとアーレスは握手を交わして天幕を出た。アーレスは曹長へ命令し部下を呼びに行かせた。


 それから間もなく三人は憲兵達と共に村の入口へ立っていた。村からは腐敗臭が漂い小豆程度の蠅も見える。血が固まった雪が道を一行は静かに歩む。木造家屋の扉や壁が中央に強い衝撃受けたように打ち割られ隙間からは血痕が見て取れる。

「死体はどれ程見つかりましたか?」

村を歩いて回るユーヴェが憲兵へ尋ねた。

「三十人程度です。」

「この村の人口は何人ですか?」

「出生管理記録によると四十から五十人です。」

「そうですか。」

ユーヴェは一際大きい村長の家へ歩み寄り怪力で叩き割られた壁を観察する。村長の家は作りが上等であり壁の一部が崩れているのみだった。木片は薄い壁紙と共に室内に散乱し、怪物が壁崩れ跨いで家へ侵入した様を表す。

「これは毛か。」

跨ぐ際に身体をこすったのか、倒壊した壁の隙間に数本の短い毛が挟まっている。ユーヴェは腰ポーチから布切れを取り出し、丁寧に毛を包んだ。毛を持ったユーヴェは村の中央でひっくり返った机と腐った鹿肉を見ているセネスへ声をかけた。

「毛を見つけました。鏡占いで怪物の姿を確認します。」

ユーヴェの言葉へセネスは立ち上がる。

「よくやった。此処に来る途中に良い場所を見つけた。そこで魔術を使おう。」

セネスはユーヴェを連れて憲兵を集めた。


 一行は村をでると近くにある開けた草地へ向かった。草地に着いたユーヴェは背負い物を下ろして中を開けた。背負い物の中は細かく区切られ、名前が書かれた瓶が幾つも納められている。ユーヴェは取手の付いた金属の柄杓一本、白い磁器製の小さなすり鉢一つ、粘土、薬草の入った瓶三種に加えて天秤を取り出し地面へ置く。背負い物を閉じて寝かせると簡易的な小机となる。取り出した道具を鞄へ乗せ、手早く測った薬草をすり鉢へ適量入れる。村で得た毛を細かくナイフで切り刻みすり鉢へ投入し、手に持ったナイフの柄で入念にすり混ぜる。ユーヴェが作業を進める傍らセネスは火を焚き、ユーヴェから毛を一本受け取ったオーグは背負い物から粘土を取り出してこねて柔らかくする。薬草と毛を混ぜ終えたユーヴェは金属の柄杓へそれらを投入し水を等量加えて火にくべた。ぐつぐつと煮えた汁をナイフでかき混ぜる。汁からは酸味のある異臭が漂う。汁が粘性を帯びると、ユーヴェは柄杓を火から外し鏡へ満遍なく塗り広げた。湯気の立っていた汁は鏡の鏡面へ吸い込まれ鏡面を黒く染める。湯気が収まってくると鏡にはギャスが生前に見た一体の怪物が映し出された。

「人間の頭にこの牙、口元も人間の物。黄色い目玉。吸血鬼に違いない。この動物のような胴体はかなり古い種類の特徴だ、珍しい。」

鏡を見るユーヴェの呟きにセネスは、

「何かが原因で目覚めたのだろう。村では鹿肉での宴会が開かれていたようだ。血抜きを森で行い、捨てたその血が運悪く寝ているこいつへかかってしまったか。あるいは何者かが意図的に目覚めさせたのか。」

と答え怪物の姿を彼の手記へスケッチする。ユーヴェはセネスへ鳥のハンドサインを送り、鳥籠を取りに馬車へ向かった。その道中、すっかり食べ忘れていたボロボロのパンをポケットから取り出して歯を立てて食い千切りパンを食べたことを後悔した。オーグが粘土をこね終えてヒト型を完成させる頃に、ユーヴェは鳥籠と出立前に作成した鏡を持って二人の元へ戻ってきていた。籠から出た鳥は翼を広げ、その立派な羽に感心した憲兵が、

「立派な鷹ですね。」

と賛辞の言葉を投げかけた。

「ありがとうございます。名前は鳥と言いまして、私よりも多くの怪物を追い詰めています。」

「はあ・・。」

憲兵はなんとも言えない表情で苦笑いを浮かべた。


 鏡には森を俯瞰する視点が風のように流れ、時折旋回しなめるように森を映し出す。鏡の前にはアーレスを含めた憲兵及びユーヴェ達三人がめいめいの姿勢で見つめていた。鏡には白い大地へ覆い被さる茶色の枝が蜘蛛の巣のようで所々狼の姿が見える。すると、アーレスは怪訝そうな表情をとった。

「あれは熊・・か?」

アーレスは岩棚の端を指差す。小さな陰だが確かに茶か黒の物がのそのそと歩いている。

「いえ、怪物ですね。二本足で立っているので怪物の使い魔かと思われます。岩棚の側面に洞穴、怪物の住み家があるかもしれません。」

ユーヴェは地面から立ち上がって答えた。鳥も岩棚の周りを三周ほど周り、悠々と山を進む。その最中岩棚の側面に洞窟を一瞬であるが確認をすることが出来た。

「翌朝洞窟を攻撃しましょう。早朝に出発すれば明るい内に戦えます。アーレスさん、我々は怪物の相手をしますので使い魔達の対処をお願いします。」

「承知しました。三十人程お貸しします。」

「十分です。ありがとうございます。明日の準備を整えましょう。当日の流れをお伝えに後ほど天幕へ伺います。」

頷くアーレスは部下を引き連れ天幕へ引き返していった。去って行く彼らの背を見送ったユーヴェへセネスが背負い物へ座り込むと語りかけた。

「今回の一件は気になることがいくつかある。茫然自失の男達が何故生きていたのか、消えている死体が多すぎること、放し飼いの使い魔。恐らく吸血鬼はもうあの洞窟には居ないだろう。お前も推察出来ていると思ったが。」

「勿論理解しております。ですが、森の拠点を潰しておく事は無駄ではありません。奴の体組織が手に入るかも知れません。そうなればより強力な魔術をかけられる。」

そう答えたユーヴェはセネスと向かい合い自身の背負い物へ腰掛けた。腰の水筒から水を飲んだセネスは髭をしごき、吸血鬼の行動を考察する。

「曹長が生き残った理由としては餌場の捜索ですかね。」

とユーヴェは続けた。

「ロイか・・。そうであれば、今頃街中に住み家を作っているだろう。やはりあの曹長へ会っておくべきだったな。」

「曹長や村人達が茫然自失、惨状を見ただけでそのようになりますか?」

「心が壊れてしまう者も世にはいるだろう。全員が同じ症状であるのは気になるが。それは街へ戻ってから確認しよう。先ずは森の洞窟を片付けてからだ。」

オーグは帰還した鳥を籠へ入れ、籠と鏡を抱える。二人は背負い物を持ち上げると、三人は天幕へ戻り洞窟での戦い方を伝えた後、馬車で一夜を過ごした。


 早朝、武器を下げた三人は憲兵三十人を引き連れ、怪物の住み家へ雪を蹴って繰り出した。森を吹く風は冷たく吹き抜け、兵士達は身を縮こめる。風に乗ってプププと間抜けな息の音が流れ込む。オーグは大砲のような銃を片手に、腰に吊した手斧を引き抜く。ユーヴェは小さな鏡を片手に頭上を鳥が旋回している。

「待ってください。使い魔が木の陰に隠れています。」

一行は足を止めてユーヴェの指す太い木を見た。オーグがずんずんと木へ近づくと毛むくじゃらの手がオーグへ伸びる。オーグは銃床で使い魔を押さえつけ手斧で頭をかち割った。脳を垂れ流す使い魔をゴミのように打ち捨てたオーグはユーヴェと並び、再び一行は岩棚目がけて歩む。彼らが岩棚へ近寄るにつれて腐敗臭が酷くなり、憲兵達は慌ててマスクを身につけた。洞窟の入口からはプププと弾ける間抜けな音が五月蠅いほどに鳴り、洞窟内の状況を一行へ教えた。洞窟の前で憲兵達は銃を構え、ユーヴェは鏡を見る。

「外には居ません。吸血鬼をおびき出します。」

そうユーヴェは言うとポーチから黄色い薬液の入った小瓶を取り出した。セネスと目を合わせたユーヴェは蓋を開ける。蓋が開いた瓶からは濃密な血の香りを発し、香りは腐臭漂う洞窟へ吸い込まれた。洞窟の中からは裸足で血だろうか、何か液体を刎ねさせていくつもの足音が鳴る。足音はすぐそこまで迫り、遂に怪物が五体程姿を現す。

「使い魔が来たぞ!」

ユーヴェの声に八人の憲兵達は洞窟から飛び出す使い魔の胸目がけて発砲した。煙が立ち上る。弾は四発、使い魔へ当たると三体の使い魔の胸が赤く染まり倒れる。一発は他の使い魔の肩へ当たり、打ち倒すには至らなかった。セネスとユーヴェはロングソードを引き抜き、素早く二体の使い魔の胸へ突き立てた。使い魔は更に押し寄せ、憲兵達は代わる代わる使い魔の胸目がけて発砲を繰り返す。洞窟の入口は死体の山が作られていた。使い魔達は入口を這って外の肉を睨みつけるがあっと言う間に『処理』される。死体の山がモゾリと動けばオーグが直ちに引きずり出し、厚いブーツの底で卵の殻を割るように使い魔の頭を踏み潰す。やがて、プププと間抜けな息が聞こえなくなると、

「中の探索は私達が先行して行います。皆さんは死体の記録をお願いします。」

ユーヴェはランタンを灯すとそう言い残し洞窟へ入っていった。その後ろをオーグ、セネスの順で追従する。


 洞窟の中は地面へ散らばった腐敗した肉や糞が熱を発しており蒸し暑かった。額から汗を流し小銃を構えてユーヴェは進む。道には何匹か解らない程の狼であろう骨も転がり、セネスは頭蓋骨を足で転がし前頭骨の有無を調べる。頭蓋骨はどれも前頭骨が切り取られている。洞窟は脇道も無く、長く続き奥へ進むにつれて広がっていた。洞窟の突き当たりは大きな広間のように広がっており、使い魔が五体徘徊していた。ユーヴェは足を止め、オーグが左寄りに先頭へ出る。広間へ足を踏み入れたオーグへ一斉に使い魔は顔を向けると、大口を開けて襲いかかる。オーグの持つ大砲のような銃が爆発音を立てて巨大な弾丸を撃ち出す。弾丸は突撃した使い魔一匹の胸を爆散させ、その背後を駆ける使い魔の頭部を千切り飛ばした。使い魔の一匹がオーグの腹部へ歯を立てる。オーグは意に介さず煙を出す銃を投げ捨て、手斧を噛みつく使い魔の脳天へ叩き込んだ。次いで、肩の金属矢を二本引き抜き左右から迫る二匹の使い魔へ投擲する。右から迫る使い魔は矢に脳天を貫かれて崩れ落ち。左から迫る使い魔は矢を避け、オーグの左腕へ噛みついた。オーグは洞窟の壁へ左腕を叩きつけ、噛みつく使い魔の頭部を押し潰す。頭部を失った使い魔は壁へ背中をこすりつけて静かに座り込んだ。オーグは臓腑に転がる銃を拾い上げ肩に担ぎ、両手に肩から取り外した矢を握る。広間を進む三人は広間横から続く小部屋を発見した。部屋には魔術触媒が木で作られたボウルへ入れられ、それが幾つも平たい岩の上へ並べられていた。部屋の端には台が設けられ、台は血で濡れている。部屋へ入ったユーヴェは台を頻りに触っていた。

「オーグ。台の上蓋を外してくれ。」

オーグはユーヴェに従い、台の上部を持ち上げた。石のこすれる音がなると、作業台として使用されていた台が落ちる。立ち上がる埃を払いユーヴェとセネスがランタンを持ち上げて中を覗き込むが中身は無かった。

「中には埃も蜘蛛の巣も無い。空っぽですね。洞窟に古く模様も無い石棺があるものですか?」

「さて、運んだのだろう。此処には吸血鬼は居なかったようだ。魔術触媒もここらで採れる物ばかり。重要な物は持ち去った後か、此処はもう価値の無い住み家だな。」

最早此処には用はないとユーヴェ達は判断し小部屋の出口へ向かった。

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