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怪物狩りのユーヴェ  作者: 栗鼠
ロイの怪物
2/6

狩りの準備

 山村での事件から二十日後、すっかり雪は収まり雪解け水によってぬかるんだロイへ続く街道を二頭引きの立派な幌馬車とマントを羽織った3人が通っていた。ロイの門では税務官と憲兵達が休憩を取っておりカードゲームに興じていた。

「今日はついてない。一旦、降りるよ。」

若い憲兵がそう言うと椅子から立ち上がり、ドアを開けて詰め所から外へ出る。そこからは門の外側が一望出来る。彼は片足をそこらの木柵へ乗せ、ぼーっと白が混じる平野を眺めていた。すると、

「何か変なのが来たぞ。」

柵を足蹴にする彼はあごひげを撫でて室内へ戻り、椅子に座ってカードゲームに興じる同僚へ声をかけた。うっとうしそうに外を見た彼の同僚は目を丸くする。

「真ん中の男は背が異様に高い、幌馬車にも引けを取らない。」

一行を見かけた憲兵達はカードを止めて街の外へ出ると両手を広げて馬車を停めた。税務官もおっかなびっくり門の陰から3人を見る。三人の内二人はフードを外すと老人と青年が憲兵達へ顔を向けた。二人の男も憲兵に劣らず厚い身体にロングソードを下げ、青年は肩に赤樫の銃床の小銃をかけていた。彼ら三人共、マントの下には背負い物、猪等の皮で出来た立派な鞄が有り、一見骨董商のような物売りにも見える。頭髪が白くなり、顔中にシワが走る老人は立派な白い顎髭を撫でて一歩前へ出ると、

「魔術師のセネスと申します。こちらの若者は弟子のユーヴェで、この巨漢はオーグです。領主のご依頼で参りました。」

ユーヴェは憲兵達へ礼をすると馬車の手綱を取り、オーグはセネスの隣へ並ぶ。威圧的なオーグの全身は鉄板が貼り付けられており、分厚いブーツが重たい音を立てる。

「お待ちしておりました。カウルース憲兵軍曹です。馬車の方はこちらでお預かりします。お荷物は領主様のお屋敷へお運びいたしますので、先ずは領主様の元へお願いします。」

憲兵の中で年輩の男が礼を取り三人を街へ引き入れた。馬車は広い倉庫へ運ばれ、二頭の馬は側の厩舎へ繋がれた。年輩の憲兵を先頭に三人は閑散とした街を進む。街中には内臓を食い千切る人頭の熊が描かれた版画が幾つも貼られていた。家々の玄関には親指を隠した左手を模した木彫りの飾りが紐に通して飾られている。

「怪物の絵が張られているようですが、目撃者がいるのですか?」

セネスが先を進む憲兵へ尋ねるとカウルースが振り返り、

「ええ、化け物を実際に倒した憲兵が一人と村人が五人。化け物が見られた村は本当に凄惨な有様で、私も見ましたが本当に酷いものでした。彼らは今も錯乱していて、まともに口が利けないそうですよ。」

カウルースの言葉に幾人の憲兵が頷く。成る程とセネスが呟く。

「ユーヴェ、お前は今回の怪物は何か解るか?」

「師よ、この版画だけでは何とも。先ずはその倒した怪物を確認する事が先ですな。術無しで打ち倒された事から、間違いなく魔術で作られた使い魔でしょう。」

「その通りだ。このような版画は誇張されて書かれている場合が多い。だが、得るものはある。何度も授けた言葉であるが、魔術師の力は情報にある。観察を怠るな。」

「承知しました。」

セネスに肩を叩かれたユーヴェは小さく答える。やがて領主の屋敷が一行の視界へ入ってきた。立派な屋敷は非対称な形でより多くの日光を取り入れるような形を取っている。屋敷の傍らには大きな厩舎や倉庫が建ち並び茶の屋根が日射しを照り返している。


 屋敷の門前で一行は分かれ、三人は門前で取り次いだ屋敷の家令に案内され応接間へ通された。上着や武器を執事達へ渡して身軽になった三人が歩く屋敷内の道中には立派な調度品が飾られ、磨き上げられた銀のろうそく立てが明るく光を反射し、厚い絨毯が旅で疲れた足を休ませた。応接間はここらから離れた田舎の港町が緻密に描かれ風景を切り抜いたようだった。部屋の中心には象眼作りの椅子を中心に美しいテーブルクロスが敷かれていた。

「椅子へおかけになって、どうぞおくつろぎください。」

家令は執事達へ指示を出し、彼らに茶を持ってこさせると、音を立てず部屋を出て行った。三人きりになった途端、立っていたオーグは茶のカップを持ち上げて底の印字を椅子へ座った二人へ見せた。

「結構良いやつだな。少し頂こう。」

セネスはそう言うと茶を少し口に含み舌を転がす。ユーヴェはセネスが茶を嚥下する様子を確認した後、茶へ口を付けた。


 ユーヴェが茶を一口飲むと扉がノックされ家令と領主イアラケスが入ってきた。イアラケスはきっちりと正装を着こなし、胸元には美しい銀細工が施された緑色の宝石が輝くブローチが飾られている。袖には金の袖飾りがとまり、イアラケスの所作をより洗練されたものに感じさせた。

「遠路はるばるありがとう。魔術師セネス殿、魔術師ユーヴェ殿。そこにいる噂の人造人間には礼は必要無いか。」

軽く会釈をするイアラケスへ向かって二人は立ち上がり、オーグと共に礼を取る。

「お初にお目にかかります閣下。」

鷹揚に片手をあげたイアラケスは三人と向かい合って座る。

「かけてくれ。では単刀直入に言おう、怪物の退治を依頼したい。私は魔術や怪物について明るくないため作業へは口を出すつもりは無い。全てそちらへ一任する。ただし、怪物の死骸を私に見せてくれ。私からはそれだけだ。事件の詳細は家令から聞いて欲しい。」

「お引き受けする前に、三つお聞きしたいことがあります。よろしいですか?」

セネスの言葉へイアラケスは平手を向けて続きを促す。

「怪物の死体があるというのは本当ですか?」

「事実だ。街の端にある軍の安置所へ収納されている。」

「ありがとうございます。では、何故私達に依頼をしたのですか?」

「妻が君を推薦した。私が怪物を信じた途端に湯水の如く奇々怪々な話をまくし立てはじめてね。その中に信用できる魔術師として君の名前が度々あがっていた。」

セネスは感謝を述べると最後の質問をする。

「では報酬は如何ほどでしょうか?」

「状況によるが、最低でも私の体重の4分の1の金を約束しよう。それから、旅の食糧を君たちの馬車へ入るだけで如何かな?」

「引き受けましょう。これからよろしくお願いします。・・・大部屋を用意いただけますか?怪物退治のための道具を荷解きが必要でして。」

「良かろう。用意させる。」

イアラケスと三人は簡易礼を交わし部屋を後にした。三人は屋敷の客間を貰い少し休憩を取った後荷物を持って大きな納屋へ案内され、そこで家令から事件のあらましを聞いた。納屋は掃除が行き届き幾つかの作業台が並んでいた。三人が机の位置を調節していると、馬車の荷を持った憲兵達が入ってきた。

「お疲れ様です。どちらへ置きましょうか?」

「お疲れ様です。納屋の中央に集めて置いてください。本格的な作業は明日からです。明日の朝に怪物の死体を調べたいので、安置所までの迎えと馬の用意をお願いします。」

ユーヴェは憲兵を出迎えて指示を出すと、早速三人は山のように積まれた荷を解き始めた。


 納屋が拠点化されたのはすっかり夜になってからだった。机の上には瓶詰めにされた様々な魔術触媒が並び傍らにはすり鉢、粘土、鳥の入った籠が置かれ、もう一方の机には怪物に関する本や魔術書が積まれていた。納屋には蝋燭が灯り煌々と室内を照らし、三人は未だ作業を続けていた。部屋の中心に置かれた大きな椅子へ鉄のプレートを身体から外しケロイド状の皮膚を露出させたオーグが腰掛け、何やら小さな器具で胸元を操作している。セネスは中腰になりながら大小様々な小銃の手入れを行い、スス等の汚れで両手が黒ずんでいる。ユーヴェは本を広げてせっせと鳥の爪を薬草入り粘土へ混ぜ、その粘土を鏡の下部へ貼り付けると鏡に鮮やかな納屋の様子が映し出される。

「よし、今の時期の森であればこれで捜索できる。師匠、鏡の準備が終わりました。オーグの調節に入ります。」

「わかった。私も銃の整備と弾丸への魔術はかけ終わった。オーグの調節が済んだら直ぐに就寝するぞ。」


 納屋で目を覚ました三人は支度を整える。武器を身につけ、魔術が込められた上着を着込み、魔術触媒や武器が収納された鞄を背負う。オーグは腰には手斧、ピストル、爆弾を下げ、鉄製のとがったボルトは肩へ取り付け、両手には異様な口径の大砲のような銃が握られていた。その銃は成人男性程の長さがあり、オーグは軽々と持ち上げる。

「先に門まで行ってくれ。私は屋敷の家令から朝食を貰ってくる。」

セネスはそう言うと二人を残し納屋を出て行った。

「オーグ、鏡を持ってくれ。私は鳥籠を持って行く。」

ユーヴェはオーグへ指示を出して門へ向かうと既に憲兵達は到着していた。憲兵達はユーヴェへ礼を取ると背後のオーグを見て固まる。「途轍もない銃だ。」「さすがは。」とあえぐように憲兵は口々に呟き馬をユーヴェへ引き渡し、オーグを馬車へ誘導した。少し立つと朝食のパンを籠へ沢山入れたセネスが門へ到着した。

「憲兵さんもどうですか?多めに貰いまして。」

セネスは馬に乗ると籠を兵隊達へ回しパンを配った。パンを受け取った一行はポケットへそれをしまいこみ安置所へ馬を走らせた。やはり街は閑散としており貝紫色の紐が祭りの名残としてさみしく風に揺られている。小刻みな蹄の音が街を木霊し、うっすらと窓を開けた住民や路脇に座り込んだ物乞いは恐る恐る様子を伺っている。さみしげな広場をいくつか抜けると遂に鉄柵で囲われた安置所へ到着した。


 背負い物を馬車へ置いた三人はマスクを付けた案内の兵士へ誘導され建物へ入っていく。建物地下が怪物の安置室となっており、部屋は保冷庫のように冷たかった。部屋の台には既にギャスが横たわっており、凄まじい悪臭を放っている。使い捨ての手袋をはめたセネスとユーヴェはギャスを取り囲む。オーグはランタンを持って二人の手元を照らす。

「冬で良かった。状態が思ったよりも良い。」

セネスはギャスの顔を眺め、力みながら下顎を掴んで口をこじ開けた。歯は犬歯が異様に伸び、臼歯であった歯はのこぎりのように尖っており、まるで犬と人間の歯を混ぜたようだった。

「混ざっているな。」

セネスの言葉へユーヴェは頷く。

「これは・・・。」

ユーヴェはギャスの額が凹んだ頭部を触り腰のナイフで額へ切れ込みを入れ、セネスと二人がかりで皮を引き剥がした。

「前頭骨がすげ替えられているようですね。魔術が使える何者かの仕業に違いない。変化前の傷口は変化中に消える。これだけではなんとも言えない。」

更にユーヴェは喉元、手のひら、爪を観察すると言った。

「前頭骨を外しましょう。かけられた魔術が解るかも知れません。」

ユーヴェの提案を聞いたセネスは頭蓋骨の継ぎ目へポーチから取り出した泥のような薬を塗る。すると狼の前頭骨が湿った音を立てて浮き上がりギャスから剥がれた。ユーヴェは前頭骨をつかみ上げ、冷水で洗ってひっくり返し裏を見た。骨の裏には円が二重に掘られており、溝には毛がギッシリと詰まっていた。円の中にはうっすらと文字が残っているが読み取れない。

「この毛、この術。髪の毛は元となった人物の物で、術は基本的な死霊術ですね。文節はこのあたりの古語だ。ここらの古い言葉が使えて死霊術が使える・・・人攫い、吸血鬼或いは幽鬼の辺りですね。」

ユーヴェの呟きにセネスは同意し兵士へ振り返った。

「村のスケッチはありますか?出来れば爪痕などが解れば良いのですが。」

兵士は小袋から血に汚れた手帳と綺麗な手帳の二冊を取り出すと、死体が乗る台とは別の台へその二冊を広げた。手袋を捨てた二人は手帳を覗き込む。汚れた手帳は殆ど見えないが筆圧でページに跡が残っていた。木の幹へ上るように残る傷跡を記載したページを眺めた二人はもう一冊へ目を通す。そこには怪力で引き裂かれた住民の遺骸や破られた扉の絵が幾つも残る。

「何れも切り口が細く四本の爪跡が並行して残っており、木の幹にはもう一本爪跡が残る。更に妊婦の絵は決定的ですね。恐らく人差し指と小指が短く、中の二本が先に腹を切り裂き傷跡も僅かに長い。幽鬼であれば木にはのぼらない。人攫いは鳥の様な化け物であるため傷口から候補から外れる。今回の怪物は吸血鬼ですね。」

ユーヴェの考察を聞いたセネスは、

「私も同じ意見だ。森でやることが決まったな。油断するなよ、もう二十日以上経っている。こいつのような使い魔を大量にこしらえているに違いない。」

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