世の中、ありえないことはない
一羽の白い鳥が窓をくぐって古びた部屋の中へ入っていく。鳥は机に着陸すると机を叩き背を向けている人物へ合図をする。振り向いた人物は鳥の足から一枚の紙を取ると目を通して口角が上がった。
「やっと返事をくれたか、アッシュ・カイザー。さっそく来てもらおうか…」
返事の紙へ再び目を通してその人物は固まる。
「……面白いな。ジョブが農家、レベルが1スキルを鑑定眼しか持っていない…謎の体術を使う男も一緒か…いいだろう!歓迎するアッシュ・カイザーとその連れ!」
【グレイ・ガレージ】ギルド長グレイ・ハウンケルは窓を大きく開けて盛大に鳥を飛ばした。直後、長室に受付嬢が一人入ってくる。黒のスカート、白のシャツで清潔感がある受付嬢だ。しかし、当人は黒髪をいじっておりどこか不貞腐れたような態度で口を開く。
「グレちゃん~またギルド辞めるってやつ出てきたけど~あの、失敗多い荒くれ風のへっぽこ~」
「あの乱暴な奴か…実力を見てスカウトしたつもりだったが…やはり誠実かつ謙虚な姿勢ができないやつはダメだ…受理していいぞ。」
「いや、それがなんか~基本依頼料を上げたら考えてやってもいいって言ってるんだけど~」
グレイはため息を大きく吐いて椅子から立ち上がった。
「うれしいことが起こったと思ったが、いや、これは試練だと考えよう……よし、あたしが出る。ミっちゃんは下がっていいよ。」
ミっちゃんと呼ばれた受付嬢はうい~とやる気のない返事をして下へ戻っていった。グレイ・ハウンケルは背の高い女性である。グレイと名前に入っているがワインレッドの濃い赤の髪が特徴の少々男勝りの女性だ。しかし、ギルド長と言うこともあり普段は裏口から出入りしてその姿を決してギルドの皆の前に出さない。そのためグレイ・ハウンケルという人物はギルドの中では屈強な灰色の髪の男になっている。
グレイは階段を降りていくとミっちゃんと言い争っている例の荒くれ男が見えてきた。グレイは息を飲み扉を開く。ギルドの衆は一気にグレイに視線を注目させる。荒くれはグレイと目が合うと鼻息がかかるくらいの勢いで顔を近づける。
「受付嬢がギルド長を呼んできたっていうから楽しみに待っていれば……お前、ギルド長じゃねぇだろ!俺をなめてんのか!お前は長じゃねぇだろ!見りゃわかる!」
「……まず一つ。息が臭い、離れろ。」
「何言ってやがる!ギルド長を呼べと言っているんだ!俺は!」
「二つ。まず、怒りを沈めて落ち着いて話し合おうか。」
「だぁ~かぁ~らぁ~ギルド長を呼べと言っているんだ!このままだと、俺という優良株がこのギルドから消えるぞ!いいのか!」
グレイは話がかみ合わない荒くれに向かって圧を放つ。声を荒げていた荒くれはその様子に急に黙り込み、そして見ていた周りも静かになる。
「静かになったな……三つ。私が【グレイ・ガレージ】ギルド長を努めているグレイ・ハウンケルだ。」
初めてみたギルド長の姿に周りはザワザワと騒ぎ出す。グレイは威圧を放ったまま荒くれに詰め寄り無言で仁王立ちをする。荒くれはその威圧に耐えられず膝からずれ落ちる。
「四つ……荒くれ…いや、ジョブ:戦士、レベル:50、名前:ガガラス・ベルトナッチ。お前をこのギルドから出て行ってもらう。いいな?」
大きな威圧に怒りのこもった眼、それと眼があった荒くれは震えながら何かを叫びながらギルドから出て行った。グレイは周りと眼を合わせると口を開いた。
「皆もよくこの顔を覚えてもらいたい。私が長でこのギルドは私が仕切っている。そして、覚えておいてほしい。最後…役に立たない奴は容赦なく切り捨てる。いいな?お前らが背負っているのはたかが自営ギルドじゃないんだ。心に刻め。」
言い放つとグレイは部屋へ戻った。ギルドはその日ギルド長のことで持ちきりだったそうだ。
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二人が【グレイ・ガレージ】へ返事を送って少し経ったころ、二人は山の中を歩いて王国の東側【ガルーダ】へ足を進めていた。西と東にそびえる大きめの山【ダイオウ山】は二人には丁度いいくらいのモンスターが出てきて良い修行相手になっている。アッシュのレベルは34から36に上がっているがウェンのレベルは相変わらず1のままだ。
「やっぱり、お前はおかしいな。」
「そうだろうか?私は普通にしているだけだ。」
ウェンはそういいながら山の鳥モンスター【ダイオウバード】へ成人男性の拳くらいの石を投げて落とす。アッシュはその光景に顔を引きつらせながら【ダイオウバード】を回収する。【ダイオウバード】は【ダイオウ山】にしか生息していない鳥モンスターで高い標高にいるせいか肺の筋肉が発達しており固いが焼くと大変美味とされている。ジョブ:料理人のすべてはそれを調理して一流になれると言われている大変に狩る難易度、調理の難易度の両方が高難易度のモンスターだ。ウェンはアッシュからダガーを借りると素早く【ダイオウバード】を捌いていく。
「お前、スキル使わずに料理もできるのかよ。」
「皆できるだろう?」
「いや、できないことはないが……」
「この世界の人間はスキルと言うものに固執しているように思える。別にスキルを持つことは悪いことではない……業だからな。持っていてもいいが、そのスキルを使えないジョブだからといってスキルを持てないことではないだろう?うちの母は花屋だが、ポトフを作れる。薄めだがとても優しい味だ。鑑定眼を見てもスキルを使っている様子はない……アッシュも料理くらいスキルを使わず作れるだろう?」
「そうかもな……」
「君がその技を磨いたのは事実だ。しかし、それは別にその項目になくとも使えるはずだ。君がそれを死ぬ気で夢中でやっていたのなら。」
火を見つめるウェンの姿が自分よりも年上に見えたアッシュは急いで焼き肉を食べて水でそれを流し込んだ。
「もういいのか?」
「後はウェンが食べろ。お前、俺よりも年下のくせにちょっと生意気だぞ…」
「ふふ、そうだな」
ウェンは焼き肉を平らげると火を消してアッシュと共に山を下っていった。山はだんだんと平坦になっていき道が見えてくる。二人はその道を歩き、時にモンスターと戦いながら東側を目指していた。
「よし、そろそろ東側【ガルーダ】が見えてくるはずだ。」
「それよりも、なぜ東側なんだ?西側と同じだろう?」
「おいおい、俺が何の考えもなしに東側に来たと思っているのか?」
「何か策があるのか?」
「フフフ……聞いて驚け?東側にはな、抜け穴があるんだ。」
「ほう、面白い…さっそく案内してくれ……」
二人は悪い顔をしながら【ガルーダ】の門のさらに東側の緑の奥に見える崩れた壁に向かっていった。
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とある協会。祈りをささげている聖女は背後の気配に気づき顔を上げる。
「また、来たのですね。」
白い鎧に黒い大剣。Aランク冒険者の銀の閃光こと、ミラー・エンフェルトだった。
「ミラー…私に言ったところで何も変わりませんよ?」
「分かっている……しかし、前にも言ったが……」
「あの少年の話ですか……前にも言いましたが、ありえません。絶対に。ジョブも、スキルも、レベルもすべて相反している少年など、あなたが見間違えたんです。疲れていたんです。」
ミラーは肩を落として協会の入口へ足を進める。その背中に聖女アウラ・エンフェルトは悲しみの瞳を送った。