最強老人、異世界へ立つ
レベル制度とは、この世界で定着した制度の一つである。誰でも「鑑定眼」という必須技術を持っており、相手の情報を見ることができステータスで相手を図ることができるせいである。年齢=レベルではなく、ある程度経験を積めばレベルアップしてステータスもアップする。
ジョブ制度とは、この世界に定着した制度の一つである。これもレベル制度と同じく「鑑定眼」で見ることができ、ある程度の年齢になったら、各所にある協会でジョブの認定を受けることができる。戦闘ジョブ、戦闘補助ジョブ、技術ジョブ、非戦闘ジョブと大体この四つに分かれる。
そんな私のジョブは「農家」でした。父も「農家」で母は「花屋」だ。父は家から歩いて数時間のところに大体畳300枚の広さの畑を持っておりまぁ、ギリギリ生活ができるようなくらいにはお金は入ってくる。花屋の母は村から数時間のところにある町へ花を売りに向かう。大体、午前8時ごろには家には誰もいない状態である。
私は何をしているのか?
父の手伝いをして日が頭の上に来る頃には家に帰るように促され家に帰り家のことをする。薪を割って燃料を確保し、家の中の掃除をする。父曰く、「今年は暑い日が続くだろうから木の葉が落ちるころまではこの時間に家に帰って好きなことをしなさい」だそうです。「好きなことをしていい」と言われると、「修行」をしたくなる。11歳の時に父に頼んで家の裏手に巻き藁の設置許可をもらってそれを設置して暇なときは巻き藁を突いたりしている。
神が言っていた10歳に記憶の封印が解かれると言っていたが、何か劇的にドラマチックに解かれると思ってのだが、割とぬるりというか、今までそうだったかのように記憶の封印が解かれたのです。父は私がいきなり巻き藁の設置をしたことに不信感を抱いたようだが、何も口出しすることなく許諾をくれて今までと同じように接してくれている。
私の拳が赤く染まる頃、背後から父の声が聞こえた。
「せっかく熱中症対策のために早めに家に帰してるのにこれじゃ意味ないな。」
「父さん…ですが、これをしないと落ち着かなくて……」
「身体を鍛えるのはいいが、結局ジョブは農家のままだぞ?ステータスも上がらないし、レベルも上がらない。その言いにくいんだが、あまり意味が無いように感じる。」
父の言うことも一理ある。レベル制度のおかげで私は農業以外では経験値とやらをもらえずステータスも上がらない。申し訳なく思っている半面、これをしないと身体が落ち着かないのである。
空が赤く染まる頃、母が帰ってきて夕飯の準備を始める。その間も私はもちろん身体を鍛える。母も父と同じで私の考えを尊重してくれているようです。
「ウェン~そろそろご飯だから戻ってきな~」
中へ入ると夕飯の野菜ポトフの匂いが広がっていた。調味料が少ないので少し薄味だがとてもおいしい。ご飯を食べ終わり汚れを流そうと再び家の裏手へ回り、井戸水で身体を洗う。
「ウェン。そろそろ日が落ちきる……家の中に入りなさい。」
「はい。わかりました」
毎日こんな感じで暮らしている。しかし、私の望んだ世界とは少し違う。「まだ見ぬ強者との手合わせ」ができていない。いや、まだ12歳なのだからそれは仕方ないが、それでも一度死んでいるからこそ、時間の有限感がぬぐえずにすぐにでも手合わせをしたい。なまじ、子供なので一日がとても遅く感じる。そのおかげで修行を効率的にできているのだが……だが、それでも、何かこう、ムズムズする。
そんな、ムズムズする日々の中である日問題が起こる──────。
朝から少し村が慌ただしい。誰かが名前を呼んでいる。大きな声で探すように呼んでいる。起き上がると父も母も家の中にはおらず、私は家を出て声のする方へと向かった。村の大人たちが誰かを探しているようだった。父が私に気づくと駆け寄ってくる。
「ウェン!すまない!どうやらロウジィさんのところのライカちゃんが昨日の夜から帰ってないようなんだ。悪いが今日は畑仕事ができない。お前もライカちゃんを探してくれ。」
それは大変だ。たしか、ライカちゃんは私の一個下で赤毛が特徴的なよく笑う女の子だったな。ジョブはロウジィさんと同じで装飾屋だったな。
「どこに行ったとか、最後はどこで見かけたとか、聞いていますか?」
「確か、昨日の夜にロウジィさんと少し言い合いになって…えっと、装飾に必要な花を森に取りに行って帰ってないと言っていたような……」
森か…私は訝しげに近くの暗い森へ目を向ける。普段は冒険者の人が出入りしている「初心者向けダンジョン」とやらになっている森でよく少し耳障りなパーティが入っていってはボロボロにしょぼくれて出てくる森だ。一時期森へ入って修行をしようとしたら父にも母にも激しく怒られて以来近づいてすらいない。父は私の視線に気づいたのか肩に手を置き、力を入れる。顔を向けると父は首を横に振って「絶対に行くな」と視線を送っている。
「……ですが、父さん。森へ入ったのなら森へ探しに行かないと……」
「……分かっている。だが、もしかしたら近くの林まで帰ってきているかもしれない……」
「……分かりました。では、父さんも母さんも村で待っていてください。私が森へ入ってライカちゃんを探してきます。」
「ウェン。だが、森にはモンスターがいてだな……」
「分かってます。叱られたときに散々聞きましたから。でも、このままライカちゃんが帰ってこなかったらロウジィさんが気の毒です。だから、私が行きます。」
「お前も帰ってこなかったら……」
「それは考えなくていいです。約束します。必ず帰ってきます。」
それは考えなくていい。散々巻き藁を突いて、疑似組み手をして、柔軟を鍛え、農業で力を鍛え、戦えないはずはない。ジョブ?レベル?私はそんなものは知らない。信じていない。この世がそんなもので縛られているのなら父の知識も母の知識も全くの無意味になってしまう。経験とは、簡単に可視化できるものではない。
私は父の制止を振り切って森へと足を踏み入れた。
「ウェン!」
「絶対大丈夫です!ライカちゃんを必ず連れて帰ります!」
村の人たちもそれを見ていたようで私の背後では大人たちがさらに騒いでいるのが聞こえた。だんだんと声が遠くなると日の光も次第に閉ざされていった。森特有の匂いと湿り気を感じながら進んでいく。特に何かがいるわけでもない。ただ、何か嫌な感じはする。不快感が胸の中に溜まっていく中で林がガサゴソと揺れる。足を止めてその方向へと身体を向けると同時に影が襲い掛かってきた。私はその影をいなして影の正体を確認するため鑑定眼を発動する。暗さで姿形は曖昧だが、ステータスが確かに現れている。
フォレストウルフ:レベル8【モンスター】
スキル:喰い裂き
:群れ呼びの咆哮
状態:興奮
「オオカミ…でいいのか?」
モンスターと言われて鬼とか妖怪の類を想像していたのだが完全に動物だ。【モンスター】と表示があるが、どこにバケモノ要素があるのだというのだろう。動物に向かっての暴力はあまり好かない。ここは逃げの一択……いや、群れが近くにいるのか?ライカちゃんは底にいるのでは?
私はオオカミと目を合わせてゆっくりと後ずさる。決して殺気を出さず、なるべく身体を大きく見せるように手をゆっくりと広げて体を大きく見せる。興奮状態だったフォレストウルフは次第に落ち着いた様子で鼻を鳴らして私が見えなくなるのを待って振り向いて走り去っていった。私は息を整えてそのあとを静かに追う。やがてフォレストウルフの群れが見えてくると少し距離を取って身をかがめる。フォレストウルフたちはそれぞれ狩った得物を持ち寄って積んでいる。その中にライカちゃんはおらず、当てが外れてしまった。
「……振り出しに戻ったようだ……」
踵を返して再び探しに行こうと歩き出すとフォレストウルフが悲鳴を上げて逃げ始める。先ほどの方向を見直すとフォレストウルフが狩ったであろう得物の山を横取りする大きな影が見えた。
ツリースパイダー:レベル14【モンスター】
スキル:軋む音
:毒牙
:麻痺牙
:睡眠牙
状態:満腹
:腹痛
:興奮
「オオカミ次はクモ……だが、でかいな…転生前のうちにあった倉庫くらいでかいな。」
それにしても気になるな。満腹と腹痛?何か食べて腹を壊したのか?私は疑問を解消するためにツリースパイダーの元へ走った。ツリースパイダーはこちらに気づきオオカミの得物の山から離れて大きく口を空け、両前足を上げて威嚇してくる。
「毒の牙、麻痺する牙、眠くなる牙…転生して初の戦闘……人でないことが悔やまれるが、腕試しにはもってこいの相手だな。」
私は拳を構えて戦闘態勢を取る。殺気を感じ取ったツリースパイダーは少し怖気づいたようにビクッと痙攣するとシャーと声を出して怒りをあらわにする。そして、口から何か吐いてその辺にまき散らす。一匹のフォレストウルフがそれに当たってしまい身動きが取れなくなっている。
「糸なのか?でたらめ…いや、逃げられないように退路をふさいだのか…さすがモンスター
とやらは動物と比べて頭がいいな……しかし、選択を謝ったな。私は逃げるつもりなど毛頭ない。」
一歩を踏み出しながら、ツリースパイダーの眉間に向かって拳を当てる。自らの体を糸で吊っているため、ツリースパイダーの身体は大きく振り子のおもりのように振れる。力が抜けたのかすべての足をだらりとたらしてこちらへ向かってくるツリースパイダーの腹にまた拳を叩きいれる。ツリースパイダーの腹はそこまで固くなく簡単に潰すことができた。破れた腹から何かねばねばした液体がかかって大変不快である。痛みで気が付いたツリースパイダーはそのまま完全に絶命する。破れた腹からは青く輝く花が出てきて辺りを明るく照らす。
「花?確か、ライカちゃんは花を取りに行って…これのことか?」
アイテム:【星座の夜の華】
レア度:☆☆☆☆★★
説明 装飾で使われる非常に珍しい華。星座が綺麗な夜によく咲くらしい。対蟲系モンスターの防具や武器の素材として使われることもある。
「なるほど、対蟲だから消化できずに暴れていたのか……さて、問題はここからだな。」
私はツリースパイダーがぶら下がっていた糸の端を見つめて手で握ってみる。全くネバネバしておらず、麻縄を触っているようだった。修行に使えるかもしれないな……いや、それよりもライカちゃんだ。私はそのまま糸をよじ登って行き、だいたい木の高さまで来たら周囲を見回す。すると木の上なのに開けているところを見つけてそこへ向かって木を這いずって近づく。だんだんと呼吸がしやすくなり視界も完全に開けるとそこにはツリースパイダーの巣があった。
「うちの庭くらいの広さだな。なかなかでかい巣だ。」
私はその巣へ降り立ち歩き始める。確か、横糸の粘着が強かったと記憶しているので、なるべく横糸を踏まずに進む。巣の中心へ来ると繭になっているフォレストウルフや他のモンスターがいた。息をしていないモンスター、衰弱してこのままでは危ないモンスターなどその中にモゾモゾ動いている他の繭よりも小さな繭を見つける。小さいと言っても身長は私と同じくらいの繭だ。
「これだ……!」
私は繭を力いっぱい引きちぎって中身を見る。繭の中には口をふさがれた状態で涙目のライカちゃんがいた。口の糸も引きちぎって息ができるようにしてあげると大きな声で泣き出しそうだったので慌てて口をふさいで周りにモンスターがいることを言って落ち着かせる。
「ライカちゃん。今、周りにはモンスターがいるんだ。まだ安全じゃないから大きな声は出さないで。」
「分かった…ごめんね。」
「それよりもよかった…村の皆心配していたんだよ?ロウジィさんも鳴きながらライカちゃんの名前を呼んでいたんだ。」
「お父さんが?」
「そうだよ。さぁ、早く帰ろう。」
「でも、ここ、とっても高いよ?」
私はライカちゃんを抱え上げて糸の上で跳ねる。糸が揺れるたびにライカちゃんは悲鳴を上げるが、私は構わずに跳ねてそのまま飛んで木の上を移動する。
「ウェンって農家じゃないの?」
「農家だけどこれは関係ないよ。ライカちゃんでも私と同じように修行を積めば20歳になるころには同じことができるようになるよ。」
そのまま木の上を移動していると次の気に着地すると矢が振ってきた。私は慌てて木から降りて矢が飛んできた方向を確認する。そこにはニヤニヤと口角を上げる白い毛のサルが一匹弓を構えていた。
「人?じゃなさそうだな。」
フォレストキーパー:レベル25【番人モンスター】
スキル:金切り声
:毒矢
:麻痺矢
:睡眠矢
:火傷矢
:千里眼
:速射【矢】
状態:警戒
「【番人モンスター】?」
「ウェン君早く逃げよう!【番人モンスター】って言うのはそのダンジョンを守っているモンスターのことなんだよ!森が騒がしくなったから奥から出て来ちゃったんだ!」
「いや、スキルに千里眼がある。ゲームが分からない私も千里眼くらいは分かる……アイツは多分動きを先読みしてくる。だからここから逃げられるのは一人だけだ。」
私はふところから【星座の夜の華】を取り出してライカちゃんの手に握らせる。
「ライカちゃん。これを持って逃げるんだ。そうだな……この先を真っ直ぐ走れば村に出ることができるはずだ。」
「ウェン君は?」
「私は、コイツと少し手合わせして頃合いを見て逃げます。大丈夫です。必ず帰ってくるので。さぁ早く走ってください!」
ライカちゃんは少し不安な顔をしたが、力強くうなずいて私の指さした方向へ全力で走った。フォレストキーパーはライカちゃんに向かって矢を構えるが、もちろん私はそれを許すはずもない。小石を投げてこちらへ視線を向ける。そして、転生前と同じように両ひざをつきフォレストキーパーへ礼をする。
「あなたの相手は私だ。……夢想拳掌流 宮元 無蔵もとい、ウーウェン・アレクサンダー・テンプルトン……森の主へ手合わせ願う!」
立ち上がって拳を構えるとフォレストキーパーは金切り声を上げて周りにいたモンスターを追い払って私と一対一の場面を作った。矢を携えるとそのまま速射してくる。そのすべては毒の矢だと考えていいだろう。私は矢をすべて避けて距離を詰める。
「なかなか、良い腕前だ。しかし、矢で射られるほど遅くはない。」
拳が届く距離まで近づくことができるとそのまま懐に入り込み一撃で決める。
「夢想拳掌流:鬼灯撃ち!!」
琉球空手の腰の使い方。中国拳法の力加減。この二種類を合わせた正拳突きの名称である。転生前は「音速を超えた拳」「光の拳」など言われたが、基本を反復練習すればそれを超えることはたやすいと私は考える。フォレストキーパーのみぞおちへ拳がめり込むとそのまま大きく吹っ飛ぶ。胸が隆起するということはまだ生きている証拠だ。さすが森の主だ。数分もしないうちに起き上がるとフォレストキーパーは口角を下げてそのまま踵を返して私の背を向けて森の奥へと消えていった。
「……ひとまず、追い払えたのか?それなら私も帰るとしよう…」
齢12の体にはとても負担がかかる。とても疲れたな。だんだんと瞼下がってくる。体から力が抜けてやがて私は地面に伏せてしまった。
「ま、ずい……でも、眠い……」
そのまま私は瞳を閉じてしまった。
用語解説【番人モンスター】
各ダンジョンに必ずいるモンスターの名称。ダンジョンに生息しているモンスターレベルの平均値を大幅に超えるレベルをしておりスキルも多数所持している。ダンジョンの均衡が崩れるとどこからともなく現れて均衡を崩した対象と一対一の戦闘に持ち込み勝敗が決まるまでマークされ続ける。勝利すればまれにレアアイテムを落としていく。死なないために負けたときは素直に負けを認めてダンジョンの奥へ姿を消す。
ダンジョン解説
ウェンの村の近くの森──【ディープフォレスト】
「初心者向けダンジョン」の一つ。毒、麻痺、睡眠、火傷、混乱などの状態異常を学ぶために利用されることが多い。三つある初心者ダンジョンの中でも難しい部類に入る。このダンジョンでのクエストをクリアできれば初心者卒業だ。