最強老人、転生する
宮元 無蔵100歳と8ヶ月は今、自宅の床にて息を引き取ろうとしていた。周りには道場の門下生が円となって囲んでおり穏やかな視線を送っていた。病に倒れたわけではない、精神を病んだでもない、ただ突然にその時が来ただけである。無蔵その生涯を学んだ武術夢想拳掌流に注ぎ込み結婚はおろか恋すらもしない生涯を送ったのだ。しかし、当人は満足している。息子は目の前に顔を並べている門下生10名がいるから子孫は残さずともその志は引き継がれている。強いて言えば、まだ見ぬ世界の強者との手合わせをすることであった。だがしかしそれはもう叶わぬ夢となってしまったのだ。無蔵は下がる瞼を必死に押し上げ死にすらも勝利をしようとしている。しかし、倒れて数時間、無理だと悟った無蔵は眠いような口調で口を開いた。門下生たちは最愛の師の最後の言葉に全員で顔を近づけてその言葉を耳に入れ心に刻もうとする。
「まだ見ぬ強者と、手合わせを…」
無蔵はそのままゆっくりと瞼を閉じて、眠るように息を引き取った。これが史上最強の武闘家の最後である。その生涯は傍から見れば修羅そのものだろうが、非常に心が踊り毎日が充実していたであろう生涯だ。最後まで武人として道場に立っていた無蔵の最後は物静かで春に吹くそよ風のようなのであった。
物語はここから始まる────。
心地の良い風がこめかみを撫でる感触で無蔵は意識を覚醒させる。自分は椅子に座っており、目の前には初恋の女の子の顔、師匠の顔、門下生たちの顔を代わる代わるに回転させる人物がいた。その人物は微笑みながら無蔵を賞賛し祝う。
「夢想拳掌流 宮元 無蔵段位、おめでとう。君は素晴らしい実績を残した。夢想拳掌流の伝承その道場の守護、己が師の志の継承、それを金儲けに使わずにやり切る。それよりももっとすごいのは、生涯100年の無病息災だ。これは人類で誰も成し遂げなかった偉業と言っても過言ではない。」
人物の賞賛に無蔵は首をかしげて前に乗り出す。その際に自分の体を見ると最盛期の頃であろう30代ころの肉体を見渡す。
「私の他にも100年生きた者は山ほどいるであろう。それに、私は初恋の子を見殺しにした。なぜ私だけなんだ?」
「…理由は二つ。まず一つ。数ある100歳超えの人たちは己の意思がかなり薄くなっている者が多い。ギネスだが、なんだが知らんが周りが延命を希望している。それは生きていると言えるのか…管だらけの身体に生気のない顔、自分のやりたいことができているのか問いたくなる……そして二つ目。無病息災だよ?君、大けがも大病もなかったでしょ。記憶にないだけで記録にはあるからさ。この二つが理由だ。」
「100歳を超えて無病息災だった者もいるはずだ。」
「彼らは大体が病気で生涯の幕を閉じている。いわゆる「惜しい!」ってとこだ。102歳だろうと、寿命で生涯の幕を閉じた者はいない。何かしらの疫病に身体が蝕まれて幕を閉じているんだよ。君はね、意外とすごいことをしているんだ。分かるね?神であるボクが言っているんだから。」
無蔵は最後の言葉を聞いて目の前の人物がやっと”神”であると認識した。今更跪くのもおかしいと思った無蔵は無礼を覚悟で口を開く
「神様とはこんなにもおしゃべりだったのだな…仏のように無言か、つるっぱげの長ひげかと想像していたんだがな。」
「はははっ!それでも間違いじゃない。君が思うボクを見るといい……いや、そうじゃないんだ。本題はそこじゃない……ボクがいいたいのはね、君に死後特典をあげようと思ってここに呼び出したんだ。」
「死後特典とな?それは何でしょう?」
「死後特典…数ある特典の中でも君のような無病息災で生涯を終えた者だけに与えられる特権だよ。一部を除いていろんなことが選べる…今の意識を保ったまま死後の世界で暮らしたり、あの時の苦い思い出を正していたらその後の人生が華やかになっていたかの確認、そして、若者があこがれる異世界転生で俺TUEEEで始める新たな人生…神になること、神に使える者になること以外は基本なんでもできる特権だよ。」
「俺TUEEEとかは知らんが、そうですね…あの時の苦い思い出を正しては見たいとは思いますね…人生の結末は変わるのですか?」
「いや、変わらないね。」
「いや、そんなはずは……初恋の子を助けていれば私は子孫くらいは残せるはずです。」
「試しに特権使ってみるかい?いや、試しはダメだな……結末を教えてあげようか、それくらいは特権なしでもできるよ?」
「……教えてほしいです。」
神は淡々と少し違う無蔵の人生を語り始める。初恋の女の子を救ったとしても結婚まではいかず、最後の光景に彼女の遺影が映るだけの変化である。無蔵はなぜその子と結婚できないのかも質問する。神はそれにも淡々と答えて無蔵を黙らせた。
「簡単にまとめるとあの子は、私のことが好きではなかった……と?」
「そうさ。君が好きでもその子が君を好きとは限らない…結局、その子は武とは無縁の人が好きだったってだけさ。でも君とその子はいい感じの友達になってはいるよ。さて、どうする?」
「現世に100歳のまま生き返ることはできないのですか?」
「無理だね。今こうしてボクとおしゃべりをしている間にも現世で君は骨壺の中に納まっているよ。君は灰のまま生き返ることになるがそれでもいいのかな?」
「……それなら、私の残された道は……」
「さぁ?神になりたい神に使える者になりたい以外なら何でもいいよ?」
試しに死後の世界で暮らすとしたらどうなるかも質問もした。もちろん、暴力は禁止で昔の武人とかも魂の花として記憶を保管されているので死後の世界には名もなき一般人だらけだと神は語った。数分……現世では五年が過ぎようとしていた時、ふと神の発言を思い出す。
「……異世界転生もできると言っていたが……」
「現世に転生してもいいよ。ただ今とは全く真逆の人生を送るかもしれないし、現世の転生には数百年はかかる。」
「いや、異世界に転生とやらでいいです……その詳しく聞いてもよろしいか?」
「いいともさ。異世界転生…君のいた世界とは全く別次元の世界への転生だ。その世界には君の体験したことのないような体験が待っていることだろう。ってとこだね。」
「最後に転生できる世界はしてできるのですか?」
「細かくは無理だけど…大体イメージに付随する世界に転生させることは可能だよ。」
今まで30代の肉体だった無蔵はその肉体を死後直前100歳の肉体に戻る。しかし、それは諦めではなく、その世界への期待で最盛期以降後退期の自分の姿を思い出したのだ。
「では、要望は一つだけ……私を手こずらせるほどの強さを持つ者がいる異世界へ転生させてくれ。」
神は無蔵の武人の視線に心が躍りながらその要望を聞き入れた。無蔵の体に触れると光り輝きだんだんと消えていった。
「そうそう、言い忘れてたけど…君のその記憶は10歳まで封印されたままだ。10歳になったら急に思い出すから気を付けてね♪」
そして、最強の拳は異世界へ転生したのだった。
最強老人、転生する。