Episode.8 工房、街に根付く
森での死闘から数日。私たちは街に戻り、すぐに工房の修復と強化に取り掛かった。
――いや、修復どころじゃない。新設備を入れすぎて、地下酒場の跡地だった工房は、すでに未来都市の研究所みたいな様相になっていた。
「ネルフィ様……」
アルスが呆然と立ち尽くす。
「この、壁に組み込まれた魔力循環パイプ……常識を超えております。しかも、廃熱すら再利用とは……」
「でしょ? これなら電力と冷却を同時に賄えるんだ。効率最高!」
私は胸を張る。
広間の片隅には自動加工機が並び、ギルドでも見たことがない最新式の魔導鍛造炉が稼働している。床には搬送用レールが走り、試作品を運ぶ無人ゴーレムが忙しなく動いていた。
街の人たちが見学に来たときは、目を丸くして「何だここは……」と口をそろえていた。まあ、普通の10歳が作る環境じゃないって思うよね。
「ぷるるっ!」
ラムはスライム体をローラー代わりにして、床の清掃を手伝ってくれていた。汚れを吸収しては分解し、つるつるに磨き上げる。
「ありがと、ラム。ほんと便利だなぁ」
「……ネルフィ」
背後から声がして、振り返るとレオンが立っていた。戦闘の時の険しい顔じゃなくて、どこか優しい表情を浮かべている。
「この工房……すごいな。街の人たちが噂してる。『未来の発明工房ができた』って」
「え、ほんと?」
胸が弾む。
「うん。子供たちが目を輝かせてた。……ネルフィ、あんたは希望を作ってるんだ」
まっすぐな瞳で言われて、顔が一気に熱くなる。
「そ、そんな大げさな……私はただ、作りたいもの作ってるだけで……」
「それでも、あんたは誰よりもすごい」
レオンの言葉に、私は返す言葉を失ってしまった。
◆ ◆ ◆
工房が街に馴染んでいく一方で、私はギルドから次々と依頼を受け始めた。
魔獣の素材を精製する装置の開発、街の防衛用に小型魔導砲の改良、さらには生活用の便利道具まで。
ギルドの依頼掲示板には、いつしか「ネルフィ工房に相談」と書かれる紙が増えていった。
でも、繁盛すればするほど、敵も増える。
裏通りの悪徳商人が「あの小娘を潰せ」と囁き、競合の工房が「ギルドと癒着してるんじゃないか」と陰口を叩き始める。
そして――街の陰には、腐蝕帝国の影が静かに潜んでいた。
◆ ◆ ◆
その夜。
酒場の廃墟を改造した工房の屋上で、私は夜風に当たりながら設計図を広げていた。
星空の下で鉛筆を走らせていると、隣にレオンが腰を下ろした。
「ネルフィ、休まなくていいのか?」
「んー……まだいける。考えてると楽しいし」
「……本当にすごい奴だな」
そう呟くと、レオンは私の隣に座り込んで夜空を見上げた。
少しの沈黙。
私は勇気を出して、ぽつりと尋ねる。
「ねえ、レオン。……私がやってることって、無駄じゃないよね?」
「無駄どころか……誰よりも意味がある。俺が保証する」
レオンは真っ直ぐな声で答えてくれた。
心臓が跳ねる。
ああ、やっぱり――この人となら、私はどこまででも進める気がする。
◆ ◆ ◆
だが、その頃。
腐蝕帝国の玉座の間では、十二の玉座に影が集い、冷酷な兄が低く笑っていた。
「弟と、その少女……街に根を張ったか。ならばこちらも、根を伸ばすまでだ」
闇は確実に、ネルフィ工房へと忍び寄っていた。