Episode.7 影を引く鎖
閃光と轟音が収まった時、森には焦げた臭いと倒れ伏した刺客たちの姿が広がっていた。
電磁封鎖網に絡め取られた者、ラムに捕食されかけて意識を失った者、レオンの剣に倒れた者……いずれも戦意を喪失している。
「はぁ、はぁ……やった……」
私は膝に手をつきながら、息を整えた。全身が汗で濡れ、心臓が早鐘を打つ。
魔導具の稼働時間はギリギリ。ここまで押し切れたのは、仲間のおかげだ。
「ネルフィ、大丈夫か?」
レオンが駆け寄ってきて、私の肩を支えてくれる。彼の手は大きくて、温かい。
「……うん。まだ立てるよ。ありがと、レオン」
見上げた彼の瞳に、ほんの少し安堵が浮かんでいるのを見て、私は胸が熱くなった。
「ネルフィ様、敵の首領格がまだ――」
アルスの警告。
振り返れば、長身の男が立ち上がっていた。鎧は焼け焦げ、仮面の下から覗く顔は痩せ細り、瞳は闇色に濁っている。
「……さすが、腐蝕帝国の血を継ぐ王子と、その……妙な娘。だが……まだ、終わらぬ……」
男の手が地に触れ、腐蝕が一気に広がっていく。大地が黒く溶け、木々が悲鳴のように崩れ落ちた。
「くっ……!」
「ネルフィ、下がれ!」
レオンが前に出る。しかし、私は一歩も引かなかった。
「――ラム!」
「ぷるるっ!」
ラムが跳び上がり、腐蝕の波を受け止めるように全身を広げた。表面がじゅうじゅうと焼けただれるが、それでも飲み込み、分解し、無効化していく。
「ラムは、私が作った最高の相棒なんだ。……あんたなんかに負けない!」
私は最後の魔導具――圧縮陽光弾を起動させ、男の頭上に投げ放った。
白い閃光が炸裂し、夜の闇を切り裂く。
「ぐっ……あああああ!」
男は悲鳴を上げ、影の中へと崩れ落ちていった。残っていた刺客も、それを合図に撤退していく。
静寂が戻る森。
私はその場に座り込み、深く息を吐いた。
「ネルフィ……すごかった」
「……いや、全然だよ。死ぬかと思った」
そう答えると、レオンは苦笑して、そっと私の髪を撫でた。
その仕草に胸がきゅっと締め付けられる。
――ああ、だめだな。こんな状況なのに、私の心は彼に惹かれてしまっている。
◆ ◆ ◆
その頃、腐蝕帝国ヴァルガルド――漆黒の玉座にて。
黒い大理石の広間に、十二の玉座が並んでいる。その一つに腰掛けるのは、軍事を統べる冷酷な将軍にして、レオンの兄。
「……弟が動いたか。そして、その少女も」
報告を聞き終え、彼は薄く笑った。
「面白い。腐蝕の十二柱に仇なす存在……いや、取り込む価値がある」
影の中から女の声がした。艶やかでありながら、冷たい響き。
「その少女――ネルフィ、だったかしら? ふふ……興味があるわ。兄弟たちの中には、あの子に“惹かれる”者も出るでしょうね」
玉座の間に、不吉な笑いが響き渡った。
ネルフィを巡る運命の鎖は、確実に帝国の中枢へと伸び始めていた――。