Episode.5 帝国の影、迫る
市場での騒動から数日。工房の改造は順調に進んでいた。
私とレオン、アルス、ラムの四人は汗を流しながら設備を整え、最新式の炉や測定装置を次々と導入していった。
「ネルフィ様、この魔導炉……元は軍用の規格です。まさかこんなものを十歳で扱えるとは」
「ふふん、誰が作ったと思ってるの? 過去の私の発明よ」
アルスが呆れ気味にため息をつくのを見て、私は笑ってしまった。
工房の中は、街の人が見れば腰を抜かすほどの異様な設備で埋め尽くされつつあった。
高出力の魔導精錬炉、半自動の符術刻印機、転送式保管庫。
資材を運び込む業者たちは皆、怯えた目でこう呟く。
「……こんな設備、王国の軍でも揃えられねぇぞ」
だが私には遠慮なんてない。
「私の工房は最高でなくちゃ意味がないの。いつか世界を変えるんだから」
レオンが私の横で微笑み、静かに頷いた。
「俺はネルフィの夢を守る。そのために剣を振るう」
その時だった。
遠く離れた腐蝕帝国ヴァルガルドの黒き城砦――。
十二本の漆黒の玉座に、帝国の王子王女たち“腐蝕の十二柱”が集っていた。
巨大な円卓の中心には、揺らめく水鏡が置かれている。そこには市場で私が盗品商を暴いた光景が映し出されていた。
「ほぅ……小娘にしては骨があるな」
鋭い目をした女が口元を吊り上げる。冷酷な軍事担当、第二王女イザベル。
「しかも……弟レオンハルトが傍にいるとは」
別の椅子で、仮面をつけた男が低く笑った。
「特許をすべて握る発明家か。あれほどの才覚を我ら帝国に従わせられれば……覇業は揺るがぬ」
第三王子アドリアン、帝国の財務卿。
水鏡を見つめながら、長髪の青年が冷たく言い放つ。
「だが、あれは王国に根を下ろそうとしている。芽を出す前に摘むべきだ」
軍務卿イザベルの兄であり、冷酷と恐怖で軍を支配する第一王子グラディウス。
その瞳には、一瞬だけ奇妙な光が宿った。
「……だが、妙だな。なぜか心を惹かれる。あの少女に」
兄妹たちが互いに視線を交わす。そこには野心と疑念と、わずかな熱が入り混じっていた。
やがて会議を統べる帝の声が響く。
「ネルフィ・アウルディーン……必ず捕らえよ。必要ならば国ごと滅ぼせ」
――その命が下された瞬間、街に潜む帝国の刺客たちが動き始める。
静かな日常に、暗い影が忍び寄ろうとしていた。