Episode.4 街に潜む影
ギルドで初依頼を済ませて数日。私たちの工房は最低限の稼働を始めていたが、まだまだ設備も物資も足りない。
だから今日はレオンとアルス、ラムを連れて街へ出て、資材の買い出しをすることになった。
「ネルフィ様、リストはこちらに。必要な魔導鉱石と金属、それに符術用のインクは必須です」
黒猫の姿をしたアルスが、執事めいた落ち着きで紙を差し出してくる。
「はいはい、ありがとアルス。これ全部買うには……だいぶかかるわね」
財布を確認しながらため息をつくと、隣のレオンが胸を叩いた。
「気にするな、ネルフィ。足りなきゃ俺が稼ぐ」
その顔はやっぱり犬みたいに真っ直ぐで、思わず笑ってしまう。
「ふふっ、頼りにしてるわ、レオン」
市場に足を踏み入れた瞬間、鼻をつく鉄と油の匂い。人々の喧騒の中に怪しい声が混じる。
「お嬢ちゃん、そこの鉱石が欲しいんだろ? 特別に安くしといてやるぜ」
振り返ると、いかにも胡散臭い商人が笑っていた。背後にはゴロツキ風の男たちが三人。明らかに仕組まれている。
アルスが尻尾をピクリと立てて警戒する。
「ネルフィ様、あれは正規ルートではありません。恐らく盗品です」
「ふーん、そう」
私はちらりと露店の鉱石を見て、口元を緩めた。
「ねえおじさん、それ、ヘリオス・コングロマリット製の魔導精錬炉を使わないと精錬できない鉱石よ。市場に出回るはずがないわ。つまり盗品。でなきゃ偽物」
「なっ……!」
商人の顔が引きつる。周囲の客たちがざわつき始めた。
「それに……この鉱石、本物なら魔力反応がもっと安定してるはず。証拠を見せてくれる?」
私は懐から小さな測定器を取り出した。もちろん、私自身が昔開発した“携帯式魔力スキャナ”。
装置が光り、鉱石が偽物だと証明する。
「こ、こいつっ……!」
商人が舌打ちし、後ろのチンピラたちが棍棒を構える。
「子どものくせに調子に乗るな!」
レオンが前に出た。
「ネルフィに指一本触れさせるか!」
鋭い眼光でチンピラを威圧するが、彼らは酔ったように突っ込んでくる。
その瞬間。
「ラム、お願い!」
「ぷるっ!」
私の肩に乗っていたスライム、ラムが飛び出した。小さな体が空中で膨らみ、チンピラの武器を一瞬で絡め取る。
「うわっ!? な、なんだこりゃぁ!」
「やめろ離せーっ!」
ラムは得意げにぷるぷる震えている。
「いい子ね、ラム」
観念した商人は青ざめ、周囲の衛兵に取り押さえられていった。人々は拍手し、私たちに視線を向ける。
「すごい……あの子、ギルドの新人じゃなかったか?」
「噂通り、天才だってのは本当だったのか」
私は胸を張って笑った。
「ふふん、当然よ。私はネルフィ・アウルディーン。知恵と技術でこの街を変えてみせる!」
――しかし、その光景を屋根の上から見下ろす影があった。
漆黒のマントを纏った男。鋭い瞳が、私をじっと見据えている。
「……あれが噂の少女か。第十三王子が寄り添う相手……なるほど」
呟く声は冷たく、背後に潜む気配が重々しい。
腐蝕帝国ヴァルガルドの斥候。
ネルフィという名は、ついに帝国の耳に届き始めていた。