Episode.3 地下酒場の工房、始動
選んだ拠点は街外れに放置されていた地下酒場の廃墟だった。
カビ臭くて床は抜けそう、壁もひび割れだらけ。普通なら誰も近づきたくないような場所。けれど、私にとっては最高の素材だった。
「ネルフィ様、本当にこの場所を……?」
黒猫姿のアルスが首をかしげ、金色の瞳を細める。
「ええ。隠れるには最適だし、広い地下空間は工房にぴったりよ」
私はそう答えると、床に魔力を流し込んだ。
次の瞬間、酒場の石床全体に錬金術式が走り、青白い光が広がっていく。ひび割れた壁が音を立てて再構築され、黒ずんだ床は研磨されたように輝き出した。
「……おいネルフィ、これ、建物が生き返ってるみたいだぞ」
レオンが半歩引いて呟く。
「正確には、魔力による再生よ。これで半永久的に崩れることはないわ」
私はさらりと答えたが、レオンの顔にはまだ驚きが残っていた。
私は続けて、巨大な魔力炉を中央に据えた。炉の周囲には多重魔法陣を刻み、錬金術式が自動で循環するよう調整する。虹色の光が空間を跳ね回り、耳障りなはずの唸り音が、不思議と心を高揚させる。
「ネルフィ様、この規模の設備は……工房ではなく研究都市レベルかと」
アルスが執事口調で冷静に指摘してくる。
「いいじゃない。どうせなら周囲が引くくらいの工房にしたいの」
そう言い切ると、アルスは尻尾を揺らして小さくため息をついた。
次に、私は自動補助作業台を展開した。作業する者の体調を感知し、過労になると強制的に休ませる仕組みだ。
レオンを座らせてみると、補助アームが彼を軽く拘束し、栄養水を差し出した。
「な、なんだこれ!? お、俺は囚われたのか!?」
「違うわよ。あなたの体調を守るための補助よ」
「……子供扱いされてる気がするんだが」
そうぼやきながらも、彼の頬はうっすら赤い。
その横では、スライムのラムがぷるぷる震えながら、設置した専用プールに身を沈めている。魔導液に満たされたその場所は、進化のための培養槽でもあった。
「ぷるる!」
「ええ、あんたも大事な仲間よ。しっかり食べて強くなりなさい」
私が声をかけると、ラムは嬉しそうに弾んだ。
仕上げに、自動防衛結界と錬金ゴーレム生成システムを組み込む。侵入者を感知すれば即座に黒鉄のゴーレムが現れる仕組みだ。試験運転で姿を現したゴーレムに、レオンは思わず剣に手をかけた。
「おいネルフィ、こいつ……完全に軍用兵器だぞ!」
「セキュリティって言った方が聞こえはいいでしょ?」
「いや、聞こえだけじゃ済まないんだが……」
そうして、酒と血の匂いが染みついていた地下酒場は、誰もが目を見張るような**最新鋭工房《アウルディーン工房》**へと姿を変えた。
「これで準備は整ったわ。ここから私の――いえ、私たちの未来が始まるの」
そう宣言すると、レオンが真っ直ぐに私を見つめ、そっと手を握ってきた。
「なら……俺はその未来を一緒に守る」
その言葉に、胸の奥が熱くなり、私は小さく頷いた。