Episode.1 追放と天才少女
会社を追われたその日、私は街の大通りを歩いていた。
手には小さな鞄ひとつ。中身は最低限の生活費と、研究ノート、そして――ラムを生成するための試験管数本。
「ネルフィ様。お気持ちは……」
「落ち込んでないよ、アルス」
黒猫の姿をした執事精霊アルスが、私の横で静かに歩いている。燕尾服が場違いに見えるのに、不思議と彼が隣にいると安心する。
「……悔しいですか?」
「悔しいよ。でもね、アルス。私はただの子供じゃない。天才だ。だから必ず――あの大企業なんて見返してやる」
そう呟くと、アルスの金色の瞳が小さく揺れた。
◆◇◆◇
街を歩いていると、不思議と人の気配が薄い小道へ迷い込んだ。
そこにあったのは、朽ち果てた木製の看板。
《酒場「黄昏の地下室」》
階段を降りると、暗く埃っぽい空気が広がる。
カビ臭い石壁、壊れた椅子、放置された酒樽。だが……私にはその空間が光って見えた。
「ここよ、アルス」
「ネルフィ様?」
「この地下室を、最新式の工房にするわ。アウルディーン工房はここから始まるわよ」
私は拳を強く握った。
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しかし問題は資金。
資材も人手も必要だ。
そこで思い出したのは――街の冒険者ギルド。
「素材と金は、冒険者として稼ぐわよ」
「……ネルフィ様が冒険者に」
「研究も生活も、資金がなければ成り立たないでしょ?」
そう言ってギルドの門を叩いた瞬間――。
「……お前、子供じゃねぇか」
「嬢ちゃん、登録する気か?」
受付の職員や冒険者たちがざわめいた。だが私は真っすぐ前を見据える。
「ネルフィ・アウルディーン。ハンターとして登録をお願いします」
――そのとき、ギルドの奥で静かに立つ影に気づいた。
漆黒の髪、冷たい青の瞳。だがその眼差しの奥に、燃えるような熱を秘めた少年。
彼こそ――レオンハルト・ティア・ヴァルガルド。
腐蝕帝国の呪われた第十三王子であり、後に私の人生を大きく変える存在。
運命の出会いが、ここから始まった。