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妖精のいたずら

作者: 咲良るい

「おっつかれさまでしたー」


勢いよく職場のドアを開け出口まで一直線

帰り間際に仕事を押し付けるのを回避…!


「レナ、まだ残ってたか!これも片付けて…って、何だその顔」

「1分1秒でも早く帰りたいんですよ」

「わかった、わかった。明日でいいから」


渾身の嫌な顔をした結果、解放してもらえたが明日の仕事が増えた。文句を言う時間も惜しいので、抗議せず職場を出る。


「アイツ、ここ最近帰るの早いけど、何か知ってるか?」

「さー?まぁ、いいんじゃないですか?仕事は終わらせてるわけだし」


帰りがけ上司と同僚から質問が飛んできたが全力で無視。不思議がられるのも無理はないとは、我ながら思う。今までは、仕事が趣味!みたいな働き方をしていたのだ。定時で帰る時は、上司から命令された時のみ。それが今や定時きっかりに上がることが多いのだ。私だって他の人が同じことをしたら不思議に思うだろう


「ただいまー!」

「お疲れ様です。ちょうどご飯できました」

「うちの子優秀すぎる。崇め奉らなきゃ」

「はいはい、いいから手洗ってきてください」


私が早く帰る理由は彼だ。彼の名前は、ライ。

3ヶ月前、彼は突然現れた。

そろそろ寝ようかと身支度を始めたら、突然太陽のように眩しい光が部屋の中を照らし、収まると彼が部屋にいたのだ。プラチナブロンドに青い瞳とモデルのような容姿の彼が突然現れ、ライも突然知らぬ部屋、知らぬ人を目の前にお互い時が止まったようにしばらく動けなかった。

事情を聞き、「妖精のいたずら」にあったのだろうと思った。この国には、「妖精のいたずら」という説明できないことが度々起こる。妖精のいたずらに巻き込まれた人には幸せが訪れると言われているので、みんな一度はどんなものか体験したいと思っている出来事だ。

ライも気づいたら、この場にいたので何かのキッカケでいたずらに巻き込まれたのだろう。彼の話を聞くとここから1年ほどかけて行ける隣国出身ということがわかった。このまま1年かけて、国に戻るという選択肢もあったが、魔術師曰く「妖精のいたずらに巻き込まれた場合、下手に動かない方が良い」との事で私の家に居候することとなった。幸いにも部屋は余っていたのと、補助金が出たので問題なく過ごしている。


「今日のご飯も美味しそう」

「今日はデザートもありますよ。おまけしてもらえたので」


ライは私より5つ下なので、弟といる感覚だ。まだ学校に通ってる年齢だが、事情が特殊なので学校には通っていない。ただ居候するのは悪いと、家の事をやってくれている。私がライの歳だと、考えられないくらい働き者だ。ライが心配ということもあるが、一人暮らしが長かったので、誰かが家にいる事が嬉しくて早く帰ってきてしまう。新しく犬を飼った友人が同じことを言っていた時は、そんなものなのか?と疑問だったが、今ならその気持ちがわかる。あの時は疑って悪かった。


「ライは…」


何故ここまで家事が得意なのだろう、と思ったが個人的な事を聞いていいものかと言葉が出ない。ライは突然ここに飛ばされた。家族の事を聞いてもいいのだろうか…


「なんですか?」

「いやー、今度の休みどこに行こうかなーって」

「それなら、ストックしてる物が色々無くなりそうだったので買いに行くのがいいかなって。リストアップしておきますね!」

「助かる!買出しして、美味しいもの食べて帰ろ!」

「楽しみにしてますね」


ライが来てから、毎週末何かしら予定がある。平日も充実しているので、楽しい日々が続いている。妖精のいたずらに巻き込まれると幸せか訪れるとはこういうことなのか、と納得した。


――――――――


待ちに待った休日!天気は雲一つない晴れ。買い物にはピッタリだ。

一通り買い物を済ませ、カフェで一休み。好きなものいいよ、と伝えたけど飲み物しか選ばないので、私が食べたいという理由でアフタヌーンティーセットを選んだ。3ヶ月も一緒にいれば、彼が甘いもの好きというのは何となくわかっていた。


「このチョコケーキ美味しいですね。あ、フルーツタルトも美味しい!」


普段は大人っぽいが、口いっぱいにスイーツを頬張って笑う姿は年相応の少年だった。


「やっぱりここのスイーツは最高…」

「レナさん、ここにきたことあるんですか?」

「前に友達とね!買わなきゃいけないものも買ったし、次はどうしようか?」

「このあとですか?えーっと…」


帰るものだと思っていたのか、言葉に詰まっている。このくらいの年の子は反抗期で口を聞いてくれないか、遠慮なくやりたい事を言うと同僚のマダム情報だったが、ライの場合どちらも当てはまらない。私は他人だし遠慮が抜けないのはしょうがないかもしれないが、3ヶ月も一緒にいるので、そろそろ遠慮なしでわがままを言ってもらいたい頃だ。


「あれ?レナじゃん」

「あ、リズ!デート?」

「えへへー」


最近彼氏ができたと一緒に出かけることが減ったリズとバッタリあった。職場で見る姿とは違って緩く巻いた髪に、花柄のワンピースを着ている。


「彼氏かと思ったけど、違う、よね?親戚の子?」

「んー、そんなとこ」


ライのことはあまり人に言うなと釘を刺されているので、誤魔化す。


「最近退勤早いから、彼氏かと思ってて、今がそのデート中かと思ったら…」

「ご期待に添えずすまんね」

「すねんなって……あ、キミ!このひとめっちゃ稼いでるから、色々おねだりしちゃいな」

「もう!ライに何言ってるの!ほら、彼氏呼んでるよ!」

「あ、ほんとだ!また明日ねー!」


会計を済ませたリズの彼がこちらの様子を伺っていたので、救いとばかりに彼女に伝えた。くるっと振り向いて笑顔で去った彼女に、明日は質問攻めにされるかもしれない。


「ごめんね、急に」

「もしかして、レナさん、恋人います?僕がきてから、ずっと一緒に過ごしてもらってるけど、迷惑かけてないですか?」

「迷惑だなんて、思ってないよ!仕事が恋人みたいや生活だったけど、ライがきて今まで以上に楽しいよ!これからも…」


ずっと一緒にいたい


言いかけて、言葉を飲み込んだ。

ライは突然ここに飛ばされてきたから、突然元いた場所に帰るのだ。それに、帰りたいと思ってるかもしれないのに私が未練がましい事を言って気にしてしまったら、居づらくなってしまう。


「レナさん?」


言葉を待つように、キョトンとした顔で名前を呼ばれハッとする。次どこ行こうか、と誤魔化しながら、湧き出たモヤモヤを忘れ去った。


――――――――


「あー!楽しかったー」

「僕も楽しかったです」


あの後、ブラブラと散策をし、ご飯を食べて帰宅した。1日遊んだのは久しぶりで少し疲れたが、楽しかったので心地いい疲れだ。


「荷物持ってくれてありがと!助かったよー。とりあえず、そこら辺においてもらってあとで片付けよー」


「えっ…!?」


突然ものが落ちる音と、戸惑いの声が聞こえ振り向けばライの身体が透けていた。


「なんで…?」


わかってる。きっと、元の場所に戻るんだ。

ライにとっては喜ぶべき事なのに、悲しさが込み上げてくる。


「レナさん!」


ほとんど透けていても声だけはハッキリ聞こえた。

声にハッとして顔を上げる


「レナさん!レナさんと過ごした日々、楽しかったです!また会いに来ますから!」


言い終わらないうちに、ライの姿が見えなくなった。

さっきまでそこにいたのに、来た時と同じように突然消えてしまった。たった3ヶ月だけど、ライと過ごした3ヶ月は楽しすぎた。人には言えない関係だったが、ずっと続いてほしいと思っていた。いつか元いた場所に帰ってしまうとわかっていたが、こんなすぐに帰ってしまうなんて.


「なんで、ちゃんとお別れっ、言えてない…」


状況を理解したら涙が止まらなかった。

会いに行こうにも隣国に住んでることしかわからない。どの辺りに住んでいるのか、会いに行っても大丈夫かなんで聞いておかなかったのか。会える可能性が限りなくゼロに近い…

私の泣き声だけが響く、ずっと住んでいたこの家が、とても広く、静かに感じた。

妖精のいたずらに巻き込まれると幸せになる、というがその代償があるのではないか。今、彼がいない生活に突然なるというのは、あまりにもひどい仕打ちではないか…

そう思わないと耐えられないほど、この別れは私にとっては辛いものだった。



――――――――――


「すっかり遅くなったなー」


あれからライと連絡が取れるわけもなく、ただただ時間が過ぎた。

家に帰ってもライがいないのが寂しく、すぐに仕事ばかりするようになった。引越しも考えたが、もしかしたらまた…と期待してしまい引っ越せずに一年が経とうとしている。


「そろそろ諦めるべきかなー」


いつまでも引きずってないで、そろそろ諦めるべきだと思うのに踏ん切りがつかない。家に帰ったら、またライが笑顔で「おかえり」と迎えてくれるのではないかと期待してしまう。きっと、ライが別れ際に『また会いに来る』と言っていたからだろう。そんなことはないと思いながら家のドアを開けた


「レナさん!」


「ライ…?」


「引越してなくてよかったー。こんな遅くまでお疲れ様です」


名前を呼ばれ振り向くと、ライがいた。

でも、一年前と比べ、身長がかなり伸びており、骨格もがっしりしている。一年前は5歳下と言われても違和感なかったが、今の風貌は同い年か少し年上といった方が正しい。


「本当にライなの?」


不安そうだった彼の表情が、一気に笑顔になった。


「はい、俺です。見た目、あの時と比べて随分変わってますよね。説明させてください。どこかまだやってるお店ないかな…」

「ライならいいよ、うちに入って。話聞きたいから」

「ありがとうございます。それじゃぁ、お言葉に甘えて…」


ライの見た目が変わったので気を使ってくれたのだろうが、この時間に空いているお店を探すのは難しい。日を改めるよりも、早く話が聞きたくて家に招いた。

久しぶりに2人分のお茶を淹れることが、なんだか嬉しかった。


「俺、レナさんと会った時は年下だったけど、今はたぶん同じ年くらいだと思います」

「えっ、どういうこと?たしかに、見た目は一年しか経ってないとは思えないくらい変わってるけど…」


ライの話をまとめると、一年前私の家にやってきた時は15歳だったが、今は20歳だという。5年前のライが妖精のいたずらで、一年前にやってきたのだという。そして、ライが元の時間軸に戻った日、隣国で働いていた19歳のライが突然15歳に起こった出来事について鮮明に思い出したのだという。そこから、もう一度私に会いたいと思い、記憶を頼りに会いにきたとのことだった。


「そんなことが…15歳の時、ここにきていた間行方不明って扱いだったの?」

「それが、戻ったタイミングが、こっちにきた時から進んでなかったんです。なので、行方不明にもなってなくて…むしろ、レナさんと過ごした記憶はあるものの、鮮明には思い出せなくて…楽しかった記憶だけ残ったって感じだったんです」

「そうだったんだ」

「全部を思い出して、改めてお礼が言いたくて会いにきてしまいましたが、迷惑ではなかったですか?」

「そんなことないよ!私もずっとライに会いたかったの!でも、隣国のどこにいるかもわからなくてどうすることもできなくて…」


「レナさん、別れ際に俺が言ったこと覚えてますか?」

「えっと、また会いにくる、だよね?」


自分が勝手にそう思いこんでいたんじゃないかと急に怖くなったので、恐る恐る答えた。


「だから、俺会いにきたんですよ。15歳の時は、色々大変で何も希望持てなかったんですけど、レナさんと過ごした記憶が支えになってたんです」


彼の顔を見ると、大人びているが、どこか幼さが残る顔に懐かしさを感じた。


「辛いこともあったけど、あの楽しかった記憶をちゃんと思い出したいと願い続けていて、この思い出を作ってくれた人に絶対お礼を言うんだって思い続けてきたんです。だから、一年前ちゃんとレナさんのこと思い出せたの嬉しかったんですよっ」


目尻に溜まった涙を袖で拭いながら、続けた。


「でも、あの時の俺みたいに覚えてなかったらどうしようって、ずっと不安で…さっき、思わず声かけたけど、レナさんが名前読んでくれるまで、本当に怖かったんです」


「だから、最初不安そうだっんだね。私、ライが帰ってからもずっと覚えてたよ。それで、諦められなくて、思い出が残るこの家にいるのは寂しかったけど、引越さなくてよかったー」


嬉しいけど、大人になったらライと対面するのは、なんだか恥ずかしくて、不思議な気分だった。でも、またこうやって会えればいいなと思う。ライが今どういう仕事をしているのか、どういう生活をしているのかわからないので、言葉にしていいか迷ってしまう。


「レナさん、また俺と楽しい思い出作ってください」


そんな迷いを打ち消すかのように、ライが力強く言葉を発する。


「こっちこそ、お願いします」


迷いのないその言葉が嬉しく、私もすぐに答えた。

辛いこともあったけど、結果としてライに再会できた。これから先も楽しい思い出が作れる気がする。

彼が消えた時、幸せが訪れるには代償が必要なんだと思った。あの一年の色褪せた日々がそうなのだろうか…


妖精のいたずらに巻き込まれた人は幸せになれる。

そんな予感を今度こそ感じた夜だった。


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