8.トメ子、自作のものが伝説のアイテムになる
食堂に入ると、すでにロイ様が牛乳を飲みながら待っていた。
私たちが姿を見せると、ジトっと目を細めてこちらを睨む。
「おはようございます!すみません、ちょっと手間取っちゃって。あら、おめかしして、今日はお出かけですか?」
「は?んなわけねーだろ。学校の制服だよ。時間ないんだから早く朝飯出せっての。…って、何でこのへぼ野郎がいるんだよ」
あらら…朝からピリピリムードね。
でも、こんなことでひるむ私じゃないわよ!
「今日はクレメンス様と一緒に朝食をいただきます!家族は揃ってご飯を食べるものですから!」
私がきっぱりそう告げて、渋るクレメンス様の背を押して席に座らせる。
そしてそのまま二人の正面、ちゃっかり私の席もテーブル中央に陣取った。
広くて立派な食堂だけど、こういうのは距離感が大事なのよ。
家族は顔を見て食べるものなの!
険悪な空気の中、料理人さんたちが朝食を運んできてくれる。
目の前に並んだ“和食”に、二人ともやや面食らっている様子。
「これ…トメ子さんが作ったんですか?」
「ええ、私の故郷の味です。美味しいですよ!」
恐る恐る、ご飯を一口運ぶクレメンス様とロイ様。
どちらも無言で咀嚼している――ああもう、緊張する!
「…で、お味はいかがでしょうか?」
「……悪くはない、です」
「……まぁ、不味くはないけど…」
「何よその歯切れの悪さ!素直に『美味しい』って言ってもバチ当たらないわよ!」
むむ、思春期男子ってほんと素直じゃないわね…。
まあ、英樹もそうだったわね。反抗期真っ只中は「うめー」とか絶対言わなかったっけ。
さて、二人が口を動かしている今がチャンス!
食事の場は心のガードも緩むのよね。よーし、ここからは情報収集タイムよ!
まずはロイ様から!
「ロイ様って、学校では苦手な科目とかあるんですか?」
「は?あるわけないだろ。俺には才能があるからな。勉強なんてしなくても、大抵のことはできるんだよ」
はいはい、さすが魔王の血ね、生まれ持ったものが違うのね。
でも、そんな態度で本当にうまくやれてるのかしら?
「さすがです〜!きっと交友関係もお広いのでしょうね。お友達とはどんな遊びをなさるの?」
「パン買わせたり、ちょっと話したり?あとは、下の連中がマッサージしてくれるな」
遊びじゃなくて“使ってる”じゃない!
周囲が気を遣ってるだけで、ロイ様は誰とも“対等”な関係を築けていないのでは…?
「もう時間だ。行くわ」
ロイ様はそう言って、さっさと食堂を出ていった。
でも、お皿は全部空っぽ。なんだかんだ完食してるじゃない!
「…ロイの学校生活って、そんな感じなんだな」
隣で静かにスプーンを置いたクレメンス様がぽつりと呟く。
「…あの態度だと、本当の友達なんて、たぶんいないんだろうな…」
その声は、驚くほど静かで、ほんの少しだけ寂しそうだ父と子の
「クレメンス様、ロイ様の学校のこと、ご存じなかったんですか?」
「……あいつの学校の話なんて、今日初めて聞きましたよ」
やっぱり、普段からほとんど会話してないのね……。
うーん、まずは“お互いを知る”ところから始めるべきかしら。
会話が苦手でも、体を動かせば少しは距離が縮まるかもしれない。
一緒にお出かけとか、定番の父と子の遊びでもしてみたらどうかしら?
――たとえば、キャッチボールとか!
うちでも昔、正蔵さんと英樹がよく公園でキャッチボールしていたっけ。
「休みの日は恒例行事です」って顔して、黙々と投げ合ってたわね~。
気づけば夏の終わりには、二人して真っ黒になっていたのよ。ふふっ。
ロイ様とクレメンス様も、ああいうふうに自然と笑い合えるようになればいいのに――
よし、次のお休みに「父と子の愛のキャッチボール大作戦」として公園にでも出かけてみようかしら!
こうして朝食は終わり、私は約束通りゲーム機を返却。
受け取ったクレメンス様は「ありがとうございます」と一言だけ言うと、光の速さで部屋にこもってしまった。
……ほんと、この“ゲーム脳”なんとかしてほしいわね。
「ところでルークさん、クレメンス様って何か苦手なこと、あるかしら?一応夫婦だし、把握しておいた方がいいと思って!」
さて、国王様に宣言した通りクレメンス様の弱点を探るわよ!
私が何気なく尋ねると、ルークさんは少し苦笑しながら答えた。
「苦手なことだらけですよ。昨日お話しした“女性恐怖症”のほかにも、“あがり症”、“極度のコミュ障”、“手先の不器用さ”に加え、“自信がなくて、すぐ逃げようとする癖”があります」
「…多くない!?むしろ“得意なこと”はあるの?…あ、ゲームとか?」
思わず突っ込まずにはいられなかった。
聞けば聞くほど“魔王”に向いてなさすぎるじゃないの!!
「ですが――」
ルークさんはふっと表情を和らげて、続けた。
「それでも、誰よりも優しいお方です。幼い頃、人間の子どもが誤って魔族の村に迷い込み、ケガをした時、国境を越える危険を冒してでも、その子を人間の病院に届けたことがあるんです」
「えっ、王族なのに自ら…?」
「はい。民衆や臣下が危険に犯される方が嫌だったのでしょう。ですから、クレメンス様は優しすぎるが故に“冷酷な判断”が恐らく出来ないのです。前魔王様が“クレメンスには王の器がない”と仰っていた最大の理由もそこでした」
なるほどね…。
確かに結婚式のとき、初対面の私をかばってくれたのも、あの優しさの表れだったのかもしれないわね。
――優しすぎる魔王か…。
まったく、放っておけない性格してるわね。
そうなると、益々人間を襲っているとは思えないわ…。
別の誰かが人間界に危害を加えているんじゃないかしら?
――さて、ひと段落したところで、報告ね!
⸻
「えーっと…あーあー、こちらトメ子、こちらトメ子。国王様、応答せよー」
「…その妙な呼び出し方、やめてもらえます?どうしましたか」
あ、やっぱり変だった?でもこういう時って、何て呼ぶのが正解なのよ!
呆れ顔の国王様に、私は手短に現状を報告した。
クレメンス様の弱点、うちの特製梅干しが“伝説級アイテム”になってるかもしれない件。
「……特製のものが伝説級のアイテム……。確かにこの世界には存在しない成分が含まれているかもしれません。異世界由来の品が、スキルと混じって何らかの“バグ”を引き起こしている可能性もありますね」
「バグ!?え、それってヤバいやつ!?」
「はい。くれぐれも扱いにはご注意を。特に、伝説級のアイテムを“自由に取り出せる”と知られれば、悪意ある者に狙われかねません。慎重に行動してください」
「了解したわ…このことは隠しておいた方が良さそうね…」
「……それと、魔王討伐の件ですが、聞けば聞くほど、魔王が“人間を襲う存在”には思えなくなってきました。――とはいえ、油断は禁物です」
国王様が声を潜めて続ける。
「これはあくまで噂ですが……マカロ帝国のさらに北に、“死の島”と呼ばれる場所があります。太古の魔神が封印されているとも、そこから邪悪な気配が漂っているとも言われていて。もし異変があるとすれば、その島と魔王との関係を疑うべきかもしれません」
「“死の島”…?」
「ええ。何かあればすぐ知らせてください。調査、引き続きお願いします」
「わかったわ、ありがとう国王様。……ところで、マカロ帝国ってどこ?」
「トメ子さまが今いる国ですよ。魔族世界の中心に位置する最大規模の国家で、そこの王が代々“魔王”の座につくんです」
「……ちょっと!それ、もっと早く言ってくれなきゃ困るわよ!!魔族のどこの国にいることすら知らなかったなんて、スパイ失格じゃない!」
バッ――
通信が切れ、鏡の表面がスッと曇るように光を失った。
「……ちょっと!今の絶対、聞こえてたでしょ!?逃げたわね、あのおっちょこちょい国王様!」
次会った時は、しっぺ返しよ!
――それにしても死の島、ねえ…。
何だか、魔族の“裏側”に触れられそうな気がするわ。
何とかして行けないかしら?