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7.トメ子、異世界人に和食を振る舞う


案内された私の部屋に入ると、そこは目を疑うような豪華な空間だった。

深紅のカーペットに、ひとりでは持て余すほど大きなベッド――この部屋に私の自宅が入っちゃいそうよ…。


「ふう……」


ベッドに思いきりダイブして、仰向けのまま天井を見上げる。

今日という一日を、自然と振り返っていた。


――何て濃い日だったのかしら。


異世界転生して、気づけば魔王の“お嫁スパイ”として魔王城に送り込まれ、現れたのは生意気盛りの王子に、筋金入りの引きこもり魔王。


で、なんやかんやあって、今じゃ家族仲の修復係。


「……こんなんで私、本当に魔王討伐なんてできるのかしらね……」


ひとりごちながら目を閉じかけたその時――


「おーい……おーい……」

「……ひっ!」


不意に聞こえた声に、全身の毛が逆立った。

え、なに!?幽霊!? やめてよ、そういうのホント無理!!

虫とか、ちょっと怖いおじさんとかなら慣れてるけど……

幽霊とか怪談とかホラー系はダメなのよ~~!


「トメ子さま!返事をしてくださいよー!」


……えっ、私の名前?

混乱しながらあたりを見渡すと、声はどうもポケットの中から聞こえているようで。

慌てて手を突っ込むと、先ほどバウム王国を出るときに渡された手鏡が光を放っていた。

覗き込んでみると、鏡の中には国王様の顔!


「え?国王様!?なによ、そっちから連絡できるのね!?最初に言っておいてよ!」

「ふぅ……無事でよかった。こんな時間になっても報告がないので、転生者だとバレて追放されたか、討たれてしまったのかと心配していたのですぞ」

「ちょっと!縁起でもないこと言わないでよ!まあ……危ない場面がなかったとは言わないけど…」

「ところで、トメ子さま。魔王城の様子はどうですか?」

「そうねぇ……ちょっと陰気臭いわね。もっと明るいインテリアにして、お花でも飾ったら雰囲気変わりそう!」

「……いえ、そういう話ではなくてですね。もっとこう……魔王の情報とかですね?」

「ああ、そっちね。もう、超ヘタレよあの魔王!部屋に引きこもってゲーム三昧、まるでニート!しかもコミュ障で幼い王子との仲も最悪!大学生の頃の“ちょっと拗らせた息子”って感じね」

「は、はあ……で、王子もいたのですね? それは想定外です。危険因子だ」

「危険因子っていうか……あの子も相当ワガママよ。ザ・反抗期!って感じで、こっちの言うことまるで聞かないの。好き嫌いも多いし、将来が心配だわ」

「……性格の話はいいのです。で、肝心の魔王討伐の進展は?」

「……うーん、正直、まったくつかめてないわ。というかね、あのヘタレ魔王が本当に人間を襲ってるようには見えないのよ。まるで実害ゼロ。むしろ、ただの迷惑なオタクよ」

「うーん…イメージとだいぶ違いますな……ですが、油断は禁物ですぞ。演技の可能性もありますからな。引き続き、慎重に調査を進めてください」

「わかったわ。明日から、弱点でも探ってみるわ」


そう言った瞬間、鏡の中に映っていた国王様の姿はふっと消え、手鏡はただの普通の鏡に戻った。


「……とはいえ、どうしたものかしらねぇ」


あの魔王が本当に人間に危害を加えてるようには思えないわ。

むしろ、こっちが面倒を見てあげないと生きていけなさそうなレベルよね…。


「とりあえず明日から調査開始よ!何だかスパイっぽくなってきたわ!……世継ぎの話は、そのうち考えるとして……」


向こうも私のことを本気で好きで結婚したわけじゃないし。

そもそも、私も本気で“嫁”になる気はないからね。


「……もう眠い。今日は考えるのやめっ」


そうつぶやいて、大きすぎるベッドにくるまり、私は目を閉じた。


***


「みんな、おはよう! さあ、朝ごはん作るわよ!」

「おはようございます、トメ子さま。早朝から本当にありがとうございます……って、まだ6時半ですよ!?元気すぎませんか…私たち、眠くて目が開きません……」


調理場にいた料理人たちに声をかけると、皆あくびまじりに振り返った。

でも私にとっては、これでも十分“寝坊”なのよ!


だって、80歳のころなんて朝5時にはもう起きて編み物をしていたんだから。

今日は6時に起きたのよ?むしろ寝過ごした方だわ!


やっぱり若い体っていいわねえ……多少の夜更かしでもぐっすり寝られるし、腰も痛くない!


「で、今回は何を作ってくださるんですか?」

「フフフ……まあ、楽しみにしてなさい!」


そう言って、私は「ちょっと手を洗ってくるわね」と冷蔵庫の裏へ回る。

ここなら、誰にも見られずにスキルが使えるわ。


白米は昨日の分で朝食には足りそうだからOKっと。

問題はそう、アレよ!


(なるべくスキルの使用は見られないようにしないと……国王様の言う通り正体がバレたら最悪釜茹での刑ってこともありえるかも…)


私はそっと手を合わせ、小声で呟く。


「……梅干しとお味噌を取り出し」


すると目の前に、うちで使っていたスーパーで安売りしていた白味噌とちょっと甘めの、ふっくらした田中家特性梅干しが現れた。


この梅干し、私のおばあちゃんの代からずーっと家で漬け続けてきた特製品。

市販じゃ絶対に出せない味なのよ。酸っぱすぎず、ほのかな甘みが絶妙で……。


これで準備完了よ!


「お待たせ。卵と塩と野菜はあるかしら?」

「はい、こちらにどうぞ!野菜は適当に選んで持ってきますね!」


なんて頼れる料理人さんたちなの!指示が通じるって、本当にありがたいわ。


「よーし、それじゃあ卵焼きからいきましょう!」


——と、渡された卵を見るやいなや、思わず固まる。


「うわっ、なにこれ……紫!?しかもデカっ!」


私の知ってる卵の倍はあるじゃない…。一体何の卵なのかしら…。きっと…魔獣よね…。

ま、まあ考えるのはやめましょう。異世界のことは、異世界に任せる!


恐る恐る割ってみると、中身はオレンジというか……ほぼ夕焼け色。濃い!

これ本当に大丈夫なのかしら…。


……とりあえず塩をパラリ。慎重にかき混ぜて、フライパンに流し入れる。

卵焼き用のフライパン以外で作るのは初めてだからどうなるかと思ったけど、案外何とかなるものね!


くるくるっと巻いていって——はい、完成!


「おおっ、きれいな色!なんだか宝石みたい…」


味はともかく、見た目は上々よ!


次はお味噌汁!

持ってきてもらった野菜をチェックすると、うん、もうカオス。

見た目ほうれん草っぽい葉物と、玉ねぎっぽい…何かを選んでみたけれど。


「……えっ、この玉ねぎ……顔みたいな模様あるけど、目の錯覚よね?よね?」


うん、大丈夫。信じる者は救われる。

本当はわかめとお豆腐が欲しいけど、今日のスキル使用はあと1回しかできないし…ぐっと我慢!


ザクザク刻んで鍋に投入。

グツグツと煮えてきたら、取り出した白味噌を投入!


「ふわぁ〜〜、いい香り!」


まさか異世界の魔王城で、こんなにも日本の香りに癒やされるとはね…。

最後に器に盛り付けて、完成!


トメ子特製・異世界で作る日本の朝ごはん!

卵焼き、梅干し、白米にお味噌汁。


「できたわ!ふぅ…7時半になんとか間に合ったわね!」

「わあ〜っ!本当に美味しそうです!」

「卵ってこんな風に巻けるんですね…初めて見ました!」

「この赤い丸いのと、茶色いスープは何ですか?」

「これは“梅干し”と“お味噌汁”。どっちも私の故郷の定番なのよ。…ちょっと味見してみる?」

「いいんですか!?やった!いただきます!」


料理人さんたちが、一斉に頬張る。

私もちょっとドキドキ……口に合うかしら。


「う、うまいっ!お味噌汁、体に染みわたりますね!」

「ホーレ草と顔ネギって、普通はクセが強くて扱いづらいんですけど…これは美味しく食べられますね!」

「ほんと!味が濃いから、どんな野菜も包み込んでくれる感じ!」

「卵も塩加減抜群だ!こんな食べ方があったなんて!!」

「……な、なんだこの赤いやつ!?すっぱっ!でもご飯が進むっ!!」

「クセになる酸っぱさ…噛んでるうちに、ほんのり甘くなってくるのが不思議です!」


ふふっ、よかった。みんな気に入ってくれたみたいね。

異世界でも、和食は通用するってわけね!


……あ、そうだ。

お味噌のラベル、あとで剥がしておかなくっちゃ。“白味噌”って思いっきり日本語で書いてあるものね。


「なんだか梅干しを食べたら、急に力が湧いてきました!」

「本当だ…さっきまであんなに眠かったのに、嘘みたいだ!!」


えっ?

酸っぱさで目が覚めるのはわかるけど、力が湧くって…そんな栄養あったかしら?


ちょっと気になって、試しに“鑑定”スキルを発動してみる。



《料理人:リョウ》

・力:+100

・魔力:+100


《特製梅干し》

太古より田中家に伝わる、時空を超越した発酵食品。食べた者に活力と魔力を与えるが、あまりに強力なため「梅干しの神」として一部信仰の対象に。

【効能】

・HP/MP全回復

・一時的に全ステータス2倍(5分)

・「酸っぱ顔」付与(表情筋が勝手に動く)

・まれに過去の田中家のおばあちゃんの幻影が見える(※害なし)



「……はぁ!?なにこれ!?」


梅干しが信仰対象!?これはまさに伝説のアイテム扱いじゃないの!!


どういうこと!?

おばあちゃん直伝の梅干しが!?

いや確かに、甘酸っぱくて美味しいけど、神って何よ!


…ついでにお味噌も見てみる。

うん、こっちはまあ…普通ね。“良品”扱い程度。


もしかして、“我が家特製”のものが伝説のアイテムにでもなるの!?

それか熟成しすぎて世界線を超えたとか…?え、どういうことなの??


一人でパニックになっていると、背後から調理場のドアが開いた。


「失礼します。トメ子さま。ロイ様がすでに食堂にてお待ちです。朝食のご準備をお願いします」

「あっ、ええ…了解よ、ルークさん!」


思考を切り替える。まずは仕事よ!


「あの…クレメンス様は?起きてきそう?」

「…起こしに行ったのですが、『あと5分…』を、先ほどからずっと繰り返しておりまして…。やはり、あの方にとっては今が熟睡タイムのようで…」

「なるほどね。だったら私が起こすわ!」


ぴしゃりとフライパンと伸ばし棒を両手に装備する私。

寝坊助対応なら、任せなさい。私は“朝の戦場”を何十年もくぐり抜けてきた女よ!


「ト、トメ子さま!?その武装はいったい…!?暴力はいけませんよ!!」

「まぁまぁ。黙って見てなさい、ルークさん。これは“愛の目覚まし”よ!」


ルークさんの困惑をよそに、私は勇ましくクレメンス様の部屋へ突撃。

中では、クレメンス様が大の字になって爆睡中。よだれまで垂らして、まるで幸せな子どもみたいじゃない。


しかし、甘やかしは毒!

寝坊助は叩き起こすしかないのよ!


「クレメンス様~~!朝ですよ~~!!」


\ カンカンカンッ!!! /


全力でフライパンを伸ばし棒で連打!!

部屋中に鋼鉄の打撃音が響き渡る。目覚まし時計ならぬ、目覚まし地獄の鐘!


「な、なんて音だ……!?耳が……っ!」


ルークさんは耳を押さえて震えていたけど、そんなことはお構いなし!

クレメンス様、さあ、起きるのよ!


「う、うるさい……やめろってば……」

「やめてほしかったら起きてください――!朝ごはん食べないならゲーム返しませんよ――!!」

「だあああああっ!起きる!起きればいいんだろ!!」


布団の中でジタバタしながら、ようやくクレメンス様が立ち上がる。

いい返事だわ!


「はい、おはようございます!顔洗って食堂まで行きましょう。朝ごはん、できてますよ!」


ぶすっとした顔で「……おはようございます」とだけ呟くクレメンス様。

不機嫌モード全開だけど、そんなの慣れっこよ。英樹も毎朝そんな顔してたわ!


それにしても、自室に洗面台完備って…さすが魔王城!どんだけ快適仕様なのよ。


「トメ子さま、すごいです……。まさか、あんな原始的な方法があるとは……。夢にも思いませんでした。しかも、クレメンス様を起こせたのは、前魔王様と貴女だけです」

「えっ!?史上2人目なの!?」


なにそれ快挙じゃない!


それにしても、魔王城の人たち、クレメンス様に甘すぎない?

原始的な方法って…要は“母の鉄拳制裁”よ?

魔法ばっかりに頼ってるから、こういう地味な強制力を知らないのねぇ…。


しばらくして、洗顔を終えたクレメンス様が登場。

ボサボサの寝癖、くたびれたジャージ、そして寝ぼけまなこ…これだけ見るとただのダメ息子ね。


「んー……眠い……」

「はいはい、行きますよ。ロイ様は既にお待ちですから!」


そのまま一緒に歩き出す。

さて、この一家(?)に、ようやく“団欒の朝食”は訪れるのかしら――?


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