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3.トメ子、王子と会う


私がポカンとしていると、すぐ隣でルークさんが小声で耳打ちしてきた。


「……あのお方は、魔王様の甥にあたるロイ様です。魔王様の兄・ロード様のお子様なのですが、ロード様はある日突然、消息を絶たれてしまい…それ以来、ロイ様は魔王様と共に暮らしておられるのです」


なるほど、事情ありのご家庭ってわけね。

でもさ、それ、事前に聞きたかった情報よ!?

こんな睨まれてる場面でサラッと出すの、ちょっと遅くない!?


案の定、私たちのコソコソ話にロイ様の視線がより鋭くなっていく。


「おい、ルーク。この女は何者だ?」

「ロイ様、どうかご安心を。この方は魔王様のご意向で花嫁候補としてお迎えしたトメ子さまでございます」

「……はあああ!?ってことは人間の女じゃねーか!だったらなおさら、魔王城に入れるわけにはいかねぇだろ!!人間なんて嫌いだ!!!」


な、なにぃ~~!?

いきなりスパイ作戦、大ピンチの大炎上じゃないの!!

ここはまず、好印象を与えるのが先決よね!


「初めまして、ロイ様。私は田中トメ子と申します。どうぞよろしくお願いします」


にっこり。どう?

これが私の必殺、ベテラン主婦スマイル☆よ!

これで八百屋さんや魚屋さんに何度値引きしてもらったか!


……ん?

あれ?なんか、とっても引かれてるわよ?

っていうか、ちょっと後ずさってる!?


おかしいわねえ……ロイ様って立場的には“王子様”だろうから、礼儀正しい方が印象いいと思ったのに。まさか、こっちの世界じゃ礼儀正しい挨拶って地雷だったりするの!?


もっと打ち解けようと思って、一歩近づいた、その時。


ピュンッ!


──え?今、何か頬をかすめたような……?

恐る恐る手を頬にやると、血がついてる。


ちょ、ちょっと待って!?これ、流血してない!?


慌ててロイ様の方を見ると彼は、まさに私に向かって、氷柱みたいなものを第二弾として投げる寸前だった。


「……帰れよ」


し、信じられない……!

ロイ様、これ殺意ありの攻撃じゃない!!


ちょっと頬かすっただけで済んだから良かったものの、当たってたら入院どころか初日で人生終了コースよ!?


こんな歓迎初めてだわ……いろんな意味で!!


「トメ子様!?」


後ろでルークさんが焦った声を上げて、私とロイ様の間に割って入ろうとしたけれど──


「少し待って、ルークさん」


私はそう言って手で制した。

だって、あの子──ロイ様の顔が、どこか怯えているように見えたから。


よく見ると手だって、震えてるじゃない。


さっきの氷の攻撃も、本気で傷つけるつもりだったのか、もしかしてパニックになって反射的に出たものだったのか…。私には、後者のように思えた。


そういえば、あの子は“人間が嫌い”って言ってたっけ。

そりゃあそうよね。ずっと魔族と人間は敵対しているみたいだし…。

もしかしたら、ただの偏見じゃなくて、何か理由があるかもしれない。


しかも、親御さんが突然行方不明になったって……。

小さな体で、きっと抱えきれないほど大きな孤独を背負っているのね。


……なんだか、昔の私を思い出すわ。

老人ホームにいた頃、ぽつんと独りでいた、あの時の私。


あの頃の私が、何を求めてたか──わかってる。

誰かに、「一緒にいてほしい」「話を聞いてほしい」──それだけだった。


よし、ここは一つ、“人生80年、主婦歴50年の知恵”を見せてやるわ!

さっそくスキル発動しようかしら!


「お手玉を取り出し!」


唱えると、ふわりと光が舞って、手のひらに懐かしい感触。

おばあちゃんが作ってくれた、田中家特製のお手玉が現れた。

すごいわ!本当に自宅にあるものが取り出せたわ!!


「……お、お前、それ……なんだよ、その魔法……!?まさか、その球で俺を攻撃する気か!?」


びくっと後ずさるロイ様。ううん、そうじゃないのよ。


「違いますよ。これは“お手玉”と言って、私の故郷で子どもたちが遊ぶ道具なんです」


優しく微笑んで、私はお手玉をひとつ手の甲で転がして見せた。

落とさず、くるりと回って、ぽんっともう一つを投げて──


「ロイ様が警戒してしまうのも、きっと理由があるんでしょう?だから、まずは…一緒に遊んでみませんか?ほら〜、こうやるんですよ〜!」 


私はお手玉を軽やかに放り投げて、指の上でくるりと回したり、頭の上でポンッと交差させたりして見せた。

最初は「何だこいつ…」って顔をしていたロイ様も、次第に目をまんまるくして、お手玉の動きをじっと見つめ始めた。


──いい反応!


「……それ、どうやって回すんだ……?」


きたー!!興味持ってくれた!!


「教えますよ!」


満面の笑みで答えると、後ろから控えていたルークさんが「ここは玄関ですので、よろしければあちらの木陰で」と、気を利かせてくれた。

ナイスアシスト、さすが執事!その気配り、五つ星よ!


私たちは移動して、ちょうど良い木陰の芝生に腰を下ろした。

ロイ様の手にお手玉を渡しながら、私はふと思い出す。


──老人ホームにいた頃の私は、本当は誰かと一緒に遊びたくて仕方がなかったの。

でも、頑固というイメージが付いてしまっていて、つい素直になれなかった。

きっとこの子も同じ。素直じゃないだけで、ほんとは誰かと繋がりたいんじゃないかしら。


「…それにしてもロイ様、意外と不器用なんですね」

「う、うるさいっ!コツさえ掴めば、すぐにできるんだからな!人間は黙ってろ!!」


お手玉がぽすっと地面に落ちる。

ロイ様の手つきはぎこちなくて、ちょっと笑ってしまうくらいだった。

顔を真っ赤にして強がっちゃって。ふふ、かわいいじゃない。


「ロイ様は、普段から魔法で何でも済ませてしまいますからね。こうして“手”で何かをする機会、ほとんどないんです」


ルークさんがやんわり補足してくれる。

そういうことね。よしよし、ゆっくり慣れていきましょう。


──孫って、こんな感じなのかしら。

英樹は結婚しなかったから、孫のいる暮らしなんて想像もできなかったけれど、もしもいたらこんなふうにわちゃわちゃしてたのかもね。


……なんて、しみじみしていたら──


「…あの、お楽しみ中すみません。そろそろ、魔王様にご紹介を……」


ルークさんが、少し気まずそうに声をかけてきた。


はっ!!!

すっかり忘れてた!!!魔王様と会うんだったわ!!!


「すぐに行くわ!!ロイ様、また遊びましょうね!!お手玉は、そのまま差し上げます!」


パッと立ち上がり、ロイ様の手にお手玉を渡して、私はルークさんと一緒に城の中へ。

ロイ様は、ぽかーんとしたまま手の中のお手玉を見つめていた。


──さあ、いよいよ魔王様とご対面よ……!



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