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2.トメ子、嫁スパイになる


「では、これよりトメ子様を魔王の花嫁として送り込みます!」

「……はあ!?ちょっと待って、ちょっと待って!私、勇者よね!?なんで敵の嫁になる必要があるの!?」

「敵を倒すには、まずはその懐に飛び込むのが常道――いわゆる“スパイ作戦”です」

「スパイ!?よりにもよって嫁スパイ!?…でも何だか面白そうね…」


国王様の説明によると、実は私の他にも異世界転生してきた“元・勇者候補”たちが過去に何人もいたらしい。それぞれ個性的なスキルを持ち、魔王討伐に旅立っていったようだけど……。


「しかし魔王城への道のりはあまりに険しく、誰一人として到達できませんでした。それどころか、途中で温泉宿に引きこもる者、農業に目覚める者、果ては異世界アイドルデビューする者まで現れ、全員目的を忘れてしまったのです」

「みんな第二の人生楽しんでいるのね…羨ましいわ…」

「そこで我々は考えました。最初から魔王城に送り込めばいいのではないかと」

「発想が極端すぎるのよ!!」

「ですが、そう簡単に潜入できるはずもなく……我々も手をこまねいていました。そんな折、魔王が“人間の女を花嫁として差し出せ”と要求してきたのです!」

「え、それ普通に人質要求じゃない…?」

「…ま、まあ…花嫁として迎えようとしているみたいなので、そこまで待遇は悪くないと思います…。しかし、見た目に対する要求が非常に厳しく、クリアする者がなかなかいませんでした」


国王様によると、見た目の条件は以下の要件。

・ふわふわのピンクヘアが似合う癒し系美女

・雪のように白い肌

・どこまでも澄んでいるエメラルドグリーンの瞳

・身長157㎝前後の痩せすぎず太りすぎていない体型


「そこに届いたのが、新たなる転生者出現の報せ。そして我々は、次の転生者を魔王の要求している見た目になるよう祈ったのです。そこで現れた貴女を見て、我々は確信しました。“願いは叶った。これはもう、トメ子さましかいない!”と!」

「……ってことは、この私のナイスバディと美貌が、魔王の理想通りってわけね?」

「……ええ、まさにその通りです」

「なによその魔王。中身より見た目重視?面食いにもほどがあるわよ!人は中身が重要なのよ!…ていうか、なんでわざわざ人間の女性?普通、魔族から選ぶでしょ!?」

「それが……どうやら新しい魔王は、“ちょっと変わった趣味”をお持ちのようでして……」


変わった趣味…なんか変な魔王様ね…。


「……でもね。私には正蔵さんっていう、心に決めた人がいたのよ。三年前に亡くなっちゃったけどね」


国王は真剣な顔でうなずいた。


「ですから、魔王を倒していただければそれで構わないのです。なにも本当に結婚生活を送っていただきたいわけではないのです……どうかお願いします。人類の未来のために!」


トメ子は小さく息を吐き、胸を張った。

そう言われると断れないじゃないの!


「……まあ、ここまで来たら引き受けるしかないわね。女に二言はないわ!!」

「ありがとうございます!では早速、引き渡し地点へ転送を!」

「ちょっと、え?今から!?心の準備が…!!」


国王様は小さな手鏡を差し出しながら言った。


「この鏡で、私といつでも連絡が取れます。では、トメ子さま、どうかご武運を!」

「いやちょっと!?ちょ、ちょっと待っ――!!」


国王様がスティックのようなものを振ると、目の前が真っ白になり……気がつくと、そこは不気味な森の中だった。


「……っ、さむっ!! なにここ!?空気が湿ってるし暗いし、なんか視線感じるし!!」


ざわっ、と茂みが揺れる。

どこかでギィィと鳴く不気味な鳥の声。うっすらと漂う腐葉土の臭い。


ここは何なのよー!?もう、早速国王様に文句言ってやらないと!!


「ちょっと国王様!?こんな場所にか弱いレディを放り込むとか、どうかしてるでしょ!!」

「そこは“闇の森”です。人間界と魔族界の境界地帯にあたります。本来であれば立ち入り禁止ですが、今回は魔王との合意により、ここが“引き渡し場所”になっているのです。少々薄気味悪いですが、もうしばらく我慢を…」

「少々どころじゃないわよ!これじゃホラー映画のロケ地じゃないの!!」


国王様と言い合っていたそのとき、突然、目の前に黒い突風が吹き荒れた。


「ちょ、ちょっと!? なによ今の!?」


思わず身をすくめたけど、どうやらこれが……お迎えってやつかしら?

風が止むと、そこに現れたのは、身長180センチくらい、栗色のふわふわヘアのナイスガイ。

スラッとしてて、なんだか見覚えある顔立ち……。


「……え?え?西城秀樹!?いや、似てるだけ!?」


ちょっとタイプなんだけど!?

でもよく見ると、耳がピンと尖ってる。あぁ、これが魔族なのね。


「貴女が、魔王様の花嫁候補ですね」


彼はそう言って、私に丁寧なお辞儀をした。


「私は魔王様の執事、ルークと申します。……うん、条件はすべて完璧にクリアしてますね。さすがです。では、魔王城へご案内します」

「ど、どうも…田中トメ子です…」


……ちょっと、そんな真面目な顔で褒めないでよ。照れるじゃないの。


ルークさんは手をひらりと動かすと、どこからともなく馬車が現れた。

あら、見た目は毒リンゴみたいだけど、どこかカボチャの馬車っぽさもあってファンタジー感あるじゃない!


でも近づいてびっくり。馬じゃない……なにこれ……ブヒブヒ鳴いてる!?

やっぱりそこは魔族なのね!?引いてるの、魔獣だわ!!


見た目はブタとクマを足して割らなかった感じ。

可愛くは……ない!! けどファンタジーってこういうもんよね。


「瞬間移動だとご同行できないので、こちらで向かいましょう。道中、お話ししたいこともありますし」


そう言ってルークさんが馬車…ではなくて魔獣車に乗り込む私の手を、スッと取ってエスコートしてくれた。……うん、ナイスガイに優しくされると、やっぱりドキドキするわね!!


「この度は、魔王様のわがままに応えていただきありがとうございます。立場上、人質のような要求にはなりましたが、女王様候補の方に対して、無礼を働くつもりはございません。どうかご安心を。我が城の客人として、心から歓迎いたします」

「……ありがとうございます」


丁寧な言葉に、思わず背筋を伸ばしてお辞儀してしまったわ。

ふふ、国王様の読みは当たってたみたいね。

“人質”とは言っても、乱暴されたり冷遇されたりはなさそう。


「フフ、トメ子さまは女王様候補。もっと砕けた言葉遣いで構いませんよ。ひとつ、確認します。貴女は……転生者でしょうか?」


きたッ!!これは絶対、“勇者”かどうかを探ってる質問よね!

ここで「はい、異世界転生しました!」なんて正直に答えたら、スパイ作戦は一巻の終わりだわ!!


「い、いえ……ただの一般人です…」


口が震えて片言になっちゃったけど、何とか言い切った。

ルークさんは「変わったお名前だったので、疑いましたが、安心しました」と、ほっとした顔。


──よ、よかった!バレなかったみたいね!!

てか、名前言う時、もっと警戒していればよかったわ!


「あの…なぜ魔王様は、人間の女性を花嫁に希望されたのかしら…?」


これ、私ずっと気になってたのよ。普通、魔族の中から選ぶもんじゃないの?


「……実は、魔王様は女性恐怖症なのです」

「えぇ……」

「学生時代、同級生に告白したのですが、それはそれは、見事にフラれてしまいまして……。以来、親族と従者以外の女性を受け入れられなくなってしまったのです。それで、人間の女性なら何とか大丈夫かもしれないと、希望を見出した次第でございます」


な、なるほど……。


つまり、魔王様はヘタレ男子ってことね。

まあ、その同級生が相当な毒舌だった可能性もあるけど。


「女性恐怖症はわかるとして、見た目の条件が異常に厳しかったのは、どうして?」

「……それはですね。魔王様が最近ハマっている、あるゲームの影響かと」


ルークさんが少し言いにくそうに口を開いた。

ゲーム…?


「最近、魔族の間では『モンスターアドベンチャー』──通称『モンアド』というゲームが大流行しておりまして。自分好みのアバターを作り、仲間と協力してモンスターを倒すゲームなのですが…」


私の元居た世界でも似たようなゲームが流行していたわね。

そういえば、若いヘルパーたちも「お前はレベルが高い」とか「一緒にクエストしに行こうぜ」とか休憩時間に話していたわ。


「……魔王様は現実世界の女性に苦手意識がある反動で、ご自身の“理想”をすべて詰め込んだアバター女性を作り上げてしまったのです。やがてそのアバターに心酔し、『この人と結婚したい』とまで言うようになりまして……」


な、なるほど。

話を聞けば聞くほど、魔王様って筋金入りのオタクじゃないの。

想像してた「圧倒的強さとカリスマを兼ね備えた魔王」からどんどん遠ざかっていくわね……。


「それで、そのアバターに似た女性を探していたから見た目の条件がやたら厳しかったわね。……ていうか、そもそもなんで結婚しなきゃいけなかったの?」

「魔王様ともあろうお方が、いつまでも独身でフラフラしていると民衆からの信頼にも関わる、という前魔王様の助言がございまして、さすがに魔王様も逆らうことは出来ず、渋々婚活を始めたというところでございます」

「つまり、“推し”を現実に召喚して無理やり結婚しようとしてるわけね……いや、それただのオタク暴走じゃない!」


そんな話をしているうちに、魔獣車がゆっくりと止まった。

いよいよ魔王城に到着したらしいわ。


さあ、どんな魔王様が待っているのかしら……。

意を決して馬車から降りると──


「……お前、誰だよ」


扉の前に立っていたのは、仏頂面の少年。

目つきは鋭いし、態度もめっちゃ不機嫌そう。


──いや、待って。キミが誰!?

なんで魔王様じゃなくて、10歳くらいの思春期男子みたいな子が出迎えてるのよ!!

ま、まさかこの子が魔王様!!?



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