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1.トメ子、異世界転生する


「はあ…もうダメだ…。俺、魔王なんて向いてなかったんだよ…」

「しっかりおし!そんな弱気でどうするんだい!」


はあ…。まさか魔王がここまでヘタレだとは思わなかったよ…。


「おい、クソババア!邪魔だ、どけ!」

「……クソババア!?」


はあ…。まさか王子がここまで生意気だとは思わなかったよ…。


私はいろいろあって、今は魔王の嫁として、王子と魔王と一緒に暮らしている。

「夢の宮殿暮らし、ラッキー!」なんて軽〜く考えて嫁いできたけど…まさかこんなに大変とはね…。


「トメ子さま……魔王も王子も、わがままばかりで申し訳ありません……」

「いいのよ!人生80年、主婦歴50年!その意地、見せてやろうじゃない!」

「おお……!さすがトメ子さま!なんと頼もしい!」


そう、実は私は異世界転生してきた、80歳のおばあちゃん。

そもそもなんでこんなことになったのか。

話は、2週間前にさかのぼる──。


***


2週間前 某老人ホームにて


「ちょっと田中さん!また階段でラウンジまで来たんですか?足が悪いんだから、階段は使わないでって言ったじゃないですか!」

「フン!年寄り扱いするんじゃないよ!ほっといて、あっち行きな!」


田中トメ子、80歳。

老人ホームに入って、もうすぐ一年。

去年、転んで右足を骨折したとき、息子の英樹に「一人だと危ないから」って言われて、渋々入居することになった。

全く、私はまだ一人で生活できるってのに。


英樹のやつ、まるで私がもう歩けなくなったみたいな言い草して…。

失礼しちゃうわよ。


施設の職員は、毎日のようにパズルやお絵描き教室に誘ってくる。

「ボケ防止にどうですか?」って、あんた、それ本気で言ってるの?

こっちはまだそこまでボケちゃいないわよ!


そんなもん、逆にボケそうだわ。

年寄り扱いする人間と、それを素直に受け入れてる連中なんかと、仲良くする気はさらさらないの。


「田中さん、またヘルパーさん困らせてるみたい。ほんっと頑固ね、困った人だわ…」

「仲良くもしたくないけどね。旦那さんも三年前に亡くなったんだっけ?」

「息子さん、一度も見たことないわよね。どうせあんな意地っ張りな母親の面倒見るのがイヤで、施設に押し込んだんでしょう?」


……全部、聞こえてるわよ。

まったく、デリカシーのかけらもない連中!

ラウンジの隅でひそひそ話していた三人組を、にらみつけながら言ってやった。


「……何か言ったかしら?」


そしたら、三人ともビクッとして、「い、いえ〜!?な、なにも〜!」って苦笑いして、そそくさとラウンジから出ていった。


──フン。いい気味だわ。


私が年寄り扱いされるのって、本当に腹立たしいわ。

まだ意識はしっかりしてるし、普通に接してくれればいいのに。

なのに、ちょっと足が悪いだけで、「はいはい、ご老人はこちら」って。まるで私が壊れ物みたいじゃないの。


こんな連中と一緒じゃなかったら、私だってもっと若々しく見えてたはずよ。

まったく……この空気のせいでシワが増えるわ。


はあ……なんで、こんなことになっちゃったんだろうねぇ……。

英樹も、全然顔を見せないし。

忙しいのは分かってるわよ。でもね、たまには「元気?」くらい言っても罰は当たらないでしょ。


本当は、こんな意地悪な態度とるつもりなんてなかったのよ。

でも一度「頑固なババア」ってイメージがついちゃうと、今さらどう振る舞っても変に思われそうで……。分かってるの、自分でも。頑固で、こじらせてるって。

でも、どうにもならないのよ。年を取ると、どんどん素直になるのが難しくなるわね…。


昔は違った。もっと元気で、パワフルで、お節介だったけど……それでも周りの人は笑ってくれてた。

今じゃ、誰もかれも私を避けるようにして……私も、つい不機嫌になっちゃって。

ほんと、どうしてこんなふうになっちゃったのかしらね。


……はぁ、なんだか憂鬱ね。

せっかくラウンジまでご飯を食べに来たけど、やっぱり部屋に戻ってひと眠りでもしようかしら。


階段?使うなって言われてるけど、さっきだって降りられたんだから、大丈夫に決まってるでしょ!

むしろ今、昇りきってやるわよ……一気に!


一段、また一段。

ふう……まだ半分くらいね。ちょっと息が上がってきたけど、まだイケるわ。


──そのときだった。


「あれ?なんか眩しい……?」


急に窓から太陽の光が差し込んできて、視界がぐらっと揺れる。

あれ……?足元が……あ、やだ、ちょっと……!


──まずい、落ちる!!


足が痛くて、踏ん張りが利かない。

体が傾いて、手すりに手が届かない……!


「し、死ぬ……!?ちょっと待ってよ……!」


こんな……こんな後悔だらけで死ぬの?

英樹にも会えていないし、あのラウンジの子たちにも本当は……!

もっと素直に、優しくできたかもしれないのに……!


──もし、生まれ変われるなら。


みんなに囲まれて、必要とされる人になりたい。

ちゃんと笑って、ちゃんと怒って、でも、ちゃんと愛されるような……。

そんな人生、もう一回だけ……!


***


──気がつくと、見知らぬ場所に立っていた。


大理石の床。豪華な天井画。遠くに見える金の玉座。

え……ここ、どこ?

死んだんじゃ……?あ、もしかして……ここが天国……?


「勇者様!お待ちしておりました。どうか、我がバウム王国を魔王からお救い下さい」

「えっ、勇者?今、誰が呼ばれたの……?私?えっ、私なの!?」


混乱しながらあたりを見回すと、私と同じくらいの年に見える王様っぽい恰好をした老紳士が、にっこりと微笑みながらいきなり手を握ってきた。


──え、ちょっと待って。まさか、これが天国流のナンパってやつ!?


まあ…私も若い頃は湘南の浜辺で男たちを一網打尽にしてきたけど……まさかこの歳になってもイケるなんて。私もまだまだ捨てたもんじゃないわね。


「気持ちは嬉しいけど、私には正蔵さんっていう、心に決めた男がいるの。だからごめんなさいね」


相手の老紳士は目を丸くして、しかしすぐに慌てて首を振った。


「い、いや、違いますぞ!ナンパではありません!あなたは異世界転生をして、この国を救いに来てくださった勇者・トメ子さまではありませんか!?」

「……へ?異世界転生……??」


まるで漫画のセリフみたいな言葉に、ぽかんとする私。

しかし彼は真剣そのものの顔で語り始めた。


なんでもここは〈バウム王国〉と呼ばれる、人間と魔族が対立している世界なんだとか。

そして目の前の老紳士はバウム王国の国王様らしい。

長らく人間と魔族の対立は睨み合いが続いていたんだけど、最近になって魔族の活動が活発化し、魔獣が村や街を襲う事件も頻発。

そして原因は、おそらく最近現れた新たな“魔王”にあるとされているらしい。


「そこで我々は、古の召喚の儀を行い、魔王に立ち向かえる“勇者”を異世界よりお招きしたのです!」


……え?それ、私のこと?本当に??

「勇者」って、あれでしょ?剣と魔法でモンスター倒して、世界を救うってやつ。


ちょっと待ちなさいよ。私、今年で八十歳よ?

ヒザは笑うし、腰は湿布だし、最近は靴下履くだけで一苦労なのよ!?


国王様の話によると、この世界では「異世界転生者」が勇者として選ばれるらしい。

彼らはこの世界の住人とは違って、〈魔法〉ではなく〈スキル〉と呼ばれる能力を与えられるのだとか。

しかも、そのスキルはこの世界には存在しないタイプの力で、圧倒的な魔力を持つ魔族に対抗できる唯一の手段として考えられているらしい。


「なるほどね〜、私は生まれ変わったってわけね!……そういえば、なんだか体が軽いし、足の痛みも消えてる!」

「ええ、そうですとも!その全身鏡をご覧になってください」


差し出された鏡の前に立って私は思わず息を呑んだ。


……え!?だ、誰よこの美人!?

桜色のふわふわ髪に、パッチリした瞳。

どこを見てもシワひとつない、色白でつやつやの肌……。

そして服装もいつの間にか、白いワンピースになっていた。


「……べっぴんじゃないの〜!! 若い頃を思い出すわ!」


鏡の前で、気づけばポーズを決めまくっていた。

オードリー・ヘップバーン。だっちゅ〜のポーズ。マリリン・モンローのスカートふわ〜。


全部キマってるじゃない!

うふふ、やだ私、世界救う前に自分が救われちゃってるんじゃないの!?


鏡の前でポーズをキメていると──


「……コホン」


突然、背後から控えめな咳払いが聞こえた。


ハッ!

やだ、私ったら国王様の存在をすっかり忘れてたわ!!


慌ててクルリと振り向くと、国王様が少し引きつった笑顔で続けた。


「……では、トメ子様に与えられたスキルについてご説明いたします」

「えっ、もう与えられているのね!?」

「ズバリ、その名も『取り出し』!一日三回、自宅にあった物を三つまでこちらの世界に取り寄せることができます。発動の際は、『○○を取り出し!』と唱えてください」

「……え、それって、例えば冷蔵庫に入ってる味噌汁とか?」

「……はい、理論上は可能です」

「え、それで魔王倒せるの?自宅に武器らしいものは息子が使っていたバットぐらいしかないんだけど…」

「し、心配は無用です!発想次第ではどんな武器よりも強力なスキルとなるはず……!」

(まあ、魔王倒すのには役に立たないとしても、私の生活を豊かにするのには役立ちそうね)


「そして、異世界転生者には共通で『鑑定スキル』が与えられます」

「鑑定?」

「はい。これは相手や物の“能力”や“正体”を見抜く力です。転生者だけしか使えない特別なスキルとなります」

「なるほどねぇ。よくわからないけど、それは便利そうね」


国王様はそこで一礼し、神妙な面持ちで言った。


「勇者トメ子さま。どうか、この世界を救っていただけませんか?」


……ええい、やったろうじゃない!

困っている人を放っておけないわよ!!


なんたって私は見た目は20歳くらいでも、人生80年、主婦歴55年の経験はそのまま残っているわ。

それに、せっかく生まれ変わったんだもの。

ついでに存分に楽しんでやるわよ!



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