第22話 不可解
初めてのスパーリングは怖い反面楽しかった。
打たれる恐怖に立ち向かいそれを紙一重で躱すのを繰り返すうちに、いつの間にか周囲の音が消えていた。
でもレイカさんの呼吸はよく聞こえたし、汗の一粒一粒が良く見えた。
もっと集中すればレイカさんの心臓の鼓動や筋肉のきしむ音まで聞こえたかもしれない。
そう思えるほどレイカさんのことが良く分かった。
怖かったけど、今までの人生で一番命が煌めいた瞬間だったと思う。
ただ楽しかった。
ずっとこの時間が終わらなければと思った。
次のパンチをもっとギリギリで避けたい。
早く次!
もっと打ってきて。
「ラスト20! あゆみ、避けてるばかりじゃなくて少しは反撃しろ」
総さんの声が聞こえて不意に引き戻される。
え? あと20秒しかないの?
あと20秒で終わっちゃうの?
もっと続けたかったなぁ。
……っとそうだよね。私も攻撃しないと練習にならないよね。
避けるのが楽しくてつい忘れてた。
あと20秒あればワンチャンある。
レイカさんの練習になるように最後くらい反撃しなくちゃ。
その私の意思が伝わったのか、レイカさんの警戒レベルが上がった。
でもレイカさんも攻めなきゃだよね。
だって私、全部避けてたし。絶対当ててやるって顔してるもん。
集中だ。
今までやってきたことに一つ加えるだけ。
避けた後にパンチを繰り出す。ただそれだけ。
——ドックン、ドックン——
——ドックン、ドックン——
この緊張感がたまんないな。
レイカさんは細かいフットワークで攻撃のタイミングを掴ませないつもりなんだろう。
でも、今の私は何か絶好調なんだよね。
再び時間が間延びしたみたいにゆっくり流れて見える。
レイカさんの足に重心がのる。
来る。
私はジャブが繰り出されるよりも前に左斜め前に踏み込んでそれを避けた。
至近距離でボディが空いている。
そこにそのまま右拳を突き入れた。
「がはっ……」
——ビィィィィィィィィィィ——
ブザーが鳴り響く。
レイカさんはその場に蹲っていた。
気が付くといつもと同じように時間が流れていた。
「はぁ、はぁ」
やった……出来た。
グローブの中の拳を握りしめる。
「レイカ、大丈夫か?」
総さんがリングに飛び込んでくる。
あれレイカさん。まだ蹲ってる。
「あゆみ、お前は気にしなくていい。けどまさか、レイカの心配をすることになるとはな……」
まだ頭が興奮してぼーっとしてる気がする。
蹲ってるのがレイカさんで、立ってるのは私。
あれ、でも私は超初心者でレイカさんはプロなのに……。
これってどういうこと?
『あゆみが勝ったということです』
勝った? 何で?
私は超初心者で勝てるわけないのに……。
そもそも運動は得意じゃないのに……。
勝てるわけないじゃん……。
あれ?
でも私の方が強かったってこと?
意味が分かんない。
訳が分からないまま総さんに指示されて私はリングを降りた。
「おう、すげぇな。嬢ちゃん。あれで初心者っていうのは詐欺だろ」
訳が分からないままボーとしてたら見知らぬオジサンが話しかけてきた。
「すいません。どちら様ですか?」
「ああ、これは失礼。俺はこのジムの会長をやってる大崎だ」
あ、会長さん。
「初めまして。花咲あゆみです。よろしくお願いします」
「おう、よろしくな。しかし、どう見たってアトム級だよな……」
「アトム級って何ですか?」
「女子の階級で一番下の階級だよ。確か46キロくらいだったかな。それ以下の階級だ。お前さんどう見たって40キロなさそうだもんな」
「そうなんですね。じゃあアトム級だと思います。体重は40キロ無かったと思うんで」
久しく体重計には乗ってないから詳しくは分かんないけどね。
「で、そのアトム級を遥かに下回るド素人が、フライ級でプロボクサーのレイカを一発KOとはな。体のキレだけじゃねぇ。見かけによらず規格外のパワーまで持ってるとは驚きだ」
「? ……ありがとうございます。でも私運動は苦手なほうなんでちょっとピンと来ませんけど……」
「ん? お前さん『武道家系を極める』って総に言ったんじゃねぇのか?」
「はい、確かに言いましたけど。それは『リンク』の話で……ここに来たのも『武道家見習い』になるためだったんです。体育の成績は普通以下でしたよ」
「まぁ、理由は何でもいい。今までがどうだったかは分からんが自信もっていいぞ。お前さんは間違いなく世界を獲れる素質をもってる」
「私が? ……世界を獲れる? 冗談ですよね?」
何言ってるのこの人、そんなの冗談だって流石に分かるよ。
「いや、大真面目だ。ちょっと説明してもいいか?」
「はい。······いいですよ」
まぁ、聞くだけ聞いておこう。
「ボクシングってのはな。攻撃も防御も技術が必要だ。そして技術ってのは反復練習と経験によって蓄積されていくんだよ。『こう来たらこう受ける』『こう防御されたらこう攻める』そういうシミュレーションを頭の中で何度も繰り返しながら練習することによって理に適った攻撃・防御を身に着けていく。防御に関しちゃ『咄嗟の攻撃に目をつぶらない』といった体の反射を克服することも含まれる。そういった訓練を積んでいくと、余分な思考をせずとも体が勝手に反応してくれるようになるわけだ。ここまでは分かるか?」
「はい、まぁ」
練習すれば強くなるってことかな?
「そういった技術・経験を積み上げていくと攻撃の起こりをみて次来るパンチを予測できたり、相手と自分の体勢や状況からからどんなパンチが繰り出されるか瞬時に判断できるようになる。そしてそれに瞬時に対応出来るようになる。それを脳の最適化と言う」
「脳の最適化……ですか。初めて聞きました」
ヤバい小難しい話になってきた。
こういうのは苦手だな。
「おう、少し勉強になったろ? それでだ。これは俺の持論だが攻撃よりも防御の方が高度な技術が必要だ。攻撃はどう攻めるか考えてから攻撃できるが、防御は相手が攻撃してきた瞬間にどう反応するか判断しなきゃならないからな」
あ、それは分かる気がする。
「それは何となく分かります。最初は防御の仕方が分からなくて一杯一杯でしたから」
「そうなのか。俺が見始めた時には既に余裕でパンチを躱していたように見えたぞ」
「いえ、全然ですよ。でもスパーリング中に成長しているのは実感できました。なので楽しかったです」
「それは良かった。まぁ、俺が言いたいのはだ。何の訓練もしていないド素人のお前さんがプロのレイカの攻撃を全部避けてたってことだよ」
そう言われるとよく分かんなくなる。
何でそんなこと出来たんだろ?
「そうですね。私も不思議です。私運動も苦手で超ド素人なのに……」
「つまりそれは……お前さんが『技術が無いにもかかわらずレイカを圧倒した』ってことだ」
えっ?
余計に意味が分かんない。そんなことあり得るわけがない。
「えっと······何言ってるかよく分かりません」
「おい……そこは分かってくれ。そもそもの地力が違うってことだよ。お前さんが何故自分は運動出来ないと思ってるのかは分からんが、瞬発力、動体視力、スタミナ、運動センス、全て並みの女子よりも飛び抜けてる。軽く世界が狙えるくらいな」
世界? 世界チャンピオンてこと?
さっきも同じこと言ってたけど······。
「そんなことって……」
「お前さんには期待してるぞ。ジムとしても全力でバックアップさせてもらう。だから一緒に世界を目指そうや」
「……はい。頑張ります」
全然意味が飲み込めないまま返事をする。
その返事を聞いて会長さんは満足したのか去っていった。
何か自分のことなのに現実味がない。
私が……本当に?
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