久々の実家
照りつける強い日差し。ジリジリと煩い蝉の音。別に都会に住んでいて味わうことのないものではない。しかし、慣れ親しんだ筈の潮の香りでさえも新鮮に感じる。
「暑いなぁ……」
思わず声に出してしまう。毎日エアコンの効いた部屋にいると日差しに弱くなるというのは本当だったようだ。昔に比べて随分と白くなった肌がヒリヒリと痛む。日焼け止めぐらい塗っておいた方が良かったかなぁ。
この島には何もない。車なんて走ってないし、コンビニはないし、娯楽施設など当然あるわけがない。しかし、島の住人はそれを不便などとは思ったことがない。当の俺も島を出るまで別に島の暮らしに不便さを感じたことなど一度もなかった。
初めて都会というものに足を踏み入れた時の驚きは今でも覚えている。
聳え立つビル、迷路のような道路、何処も彼処も人でいっぱいで目が回った。
初めてできた友達にはいろいろと世話になった。常識知らずな俺を面倒見てくれたアイツはなにをしているのかなぁ……
そんなことを考えながら我が家へ向かう。港からは歩いて15分ぐらいだっただろうか。毎日電車の乗り降り程度でしか歩かない俺の足には随分堪える。日差しの所為もあって頭も少しくらくらする。
「家、どうなってるのかなぁ……」
歩きながら呟く。何せ10年誰も住んでない家だ。酷いことになっているに違いない。残っているのかも怪しいくらいだ。
(もし家がなかったら何処に泊まろうか)
そんなことを考えているうちに家に着く。
「――え」
思わず声をあげてしまった。
家が残っている。
しかも綺麗に。
誰かが掃除をしてくれていたのだろうか。庭の草や植木を見ても、明らかに人が管理している痕跡が残っている。とはいっても10年も経っているから家自体はかなり草臥れてきているが……
「――ただいま」
一応声をかける。もしかしたら掃除をしてくれてる人が中にいるかもしれない。
返事はない。
今はだれもいないようだ。
部屋の中も綺麗だった。でも家具なんかは殆ど残ってない。家の中はすっからかんだった。
誰がやってくれたかは分からないが有り難い。もし家が無かったら最悪野宿も考えていた。一応寝袋は持ってきたから出来なくもない。一応こんな島で暮らしていたから外で寝るのにも抵抗はないからな。ただ人の目は気になるけど……
一通り荷物も片づけた。島の人に挨拶でもしに行くかな。俺の家は人の多く住んでいいる場所からは少し離れている。両親が静かな場所で暮らしたかったらしい。別に、島の中心地に行ってもそこまで煩くはないと思うのだが。そもそもこの島は人口が少ないからな。島に住んでいる人の名前は大体分かるレベルだ。
島の人達への挨拶は思ったよりも恙無く終わった。殆どの人が「大きくなったねぇ」などと俺の成長を喜んでくれた。俺としては突然消えた理由などを聞かれると思ったのだが、少し安心した。お土産で買ってきた菓子折りを渡すと皆喜んでくれた。
ただ、家のことについては皆知らないようだった。
なんだかんだ挨拶に時間がかかってしまい家に着いた時にはもう夕暮れ時だった。
(何時だろう)
無意識のうちに左腕を確認する。腕時計のない腕をみてはっとさせられる。
社会人になってからよく時間を気にするようになってしまった。今だって何も考えずに時間を確認しようとした。別に何時だろうと関係ないのに。
――それにしても
「きれいだなあぁ」
この島には日の光を遮るビルなんてないから夕焼けがはっきり見えてとても綺麗だ。
気づくと俺は夕焼けの綺麗なあの場所に来てしまっていた。少し高いところから島の様子を一望できるこの場所。まあ言ってしまえば家の近くにある唯の丘の上だが。
「――――ねぇそこのお兄さん」
夕焼けに見とれていた俺は急な声掛けに驚いて後ろを見た。
そこには制服を着た少女が立っていた。年齢は高校生ぐらいだろうか、いや中学生にも見える。幼い顔立ちの割には長く綺麗な髪が妙な大人らしさのようなものを放っており、何とも言えない不思議な様子の女の子だった。
「夕陽を見てたの?」
少女は首をかしげて訪ねてくる。長い髪が夕日に照らされ、眩しい程に輝いている。
「ああ」
少女に見とれていた俺は素っ気ない返事をしてしまった。俺がおどおどしていると少女は驚いた顔をした。
「ここを知ってる人が他にもいるなんて驚いた。ここは私だけの秘密の場所なのに」
彼女の言葉にはっとさせられる。
『秘密の場所』か――
確かにここは俺とアイツ――いや、「香」との秘密の場所だったな。
楽しんで頂けましたら幸いです。