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愛慾の魔女  作者: 髪槍夜昼
最終章
99/112

第九十九話


「会うのは二度目だな、始まりの魔女」


空に浮かぶ魔女マルガを見上げながら、エルケーニヒは呟く。


「ずっと引き篭もっていたくせに、最近は随分と働くじゃないか。部下を全部失って焦っているのか?」


「………」


挑発するようなエルケーニヒの言葉に、マルガは一切反応しなかった。


帽子の下から覗く眼は、無感動に地上を見下ろしている。


「…行け」


「ア…アァ…」


代わりに、魔王の骸がカタカタと動き始めた。


ひび割れた歯が動き、言葉を紡ぐ。


「『モルス・ノクス・エクセルキトゥス』」


「ッ! お前…!」


骸が紡いだ言葉に、エルケーニヒは顔を憤怒に歪める。


その魔法はエルケーニヒの魔法。


生前、四聖人との戦いで使用したエルケーニヒの切り札だ。


魔王から放たれたマナに呼応し、大地が黒く染まる。


谷底のように暗い地面から、無数の死者が這い出てくる。


先日のマギサ襲撃で犠牲となった人々。


その成れの果てだ。


「アアア…ッ!」


魔王の手の動きに合わせ、死者の軍勢が一斉に襲い掛かる。


狙うのは当然、エルケーニヒとエリーゼの二人だ。


「『フィールム・リガートゥル』」


しかし、その軍勢はエルケーニヒから放たれた糸によって絡め取られた。


「『ヴィルベルヴィント』」


そしてそれに合わせるようにエリーゼは剣を振るう。


動きを止めた死者の軍勢は、一太刀で霧散した。


「その程度の黒魔法で俺の真似か? 片腹痛い」


エルケーニヒは馬鹿にするように笑みを浮かべた。


一度に大量の魔法は強力だが、元になる死体が弱すぎる。


魔道士でも戦士でも無い市民を何人も操った所で無力だ。


「死体が弱ければ、死人形も弱くなる。黒魔道士の常識だぜ、素人が」


「アアアアアア…!」


エルケーニヒの挑発が通じたのか、魔王は獣のように叫ぶ。


残った死者達が崩れ、黒いマナとなって融け合う。


やがてそれは一つの骨の巨人となった。


「デカくなれば勝てるとでも?」


エルケーニヒは片手を地面に翳す。


魔王の魔法の影響でこの場には大量の黒いマナがある。


それを掻き集め、己の魔法として解き放つ。


「『ニゲル・ラディウス』」


エルケーニヒの手から放たれた黒き閃光は骨の巨人の頭部を貫き、跡形も無く蒸発させた。


「はははは! 最初は気に食わなかったが、自分との戦いも良いものだな! そこに居る俺が放つマナを利用すれば幾らでも強力な魔法が撃てる!」


何せ、あの魔王が放つのは正真正銘エルケーニヒ自身のマナだ。


吸収しやすいに決まっている。


「そら、もう一発…!」


再びエルケーニヒの手から黒き閃光が放たれる。


その狙いは魔王ではなく、それを操る魔女マルガだった。


「………」


自身に迫る閃光を見ても回避することすらなく、マルガはその光の中に呑み込まれていった。


「やった…?」


「…どうだろうな」


光が消え、マルガは姿を現す。


その身体には傷一つ無く、服に焦げ目すら無かった。


「…この程度で終わるとは思ってなかったが、服すら無傷なのはどういう理屈だ?」


「………」


顔色一つ変えず、無表情のままマルガはエルケーニヒを見つめる。


「…このまま復活されても、面倒か」


独り言のように呟き、マルガは手にした杖をエルケーニヒへ向けた。


「『マエロル・スタトゥア』」


(この魔法は…!)


マルガの杖から放たれた石の矢にエルケーニヒは見覚えがあった。


貫いた個所から肉体を石に変えていく呪い。


前に一度受けた石化魔法だ。


直接触れるのは危険と判断し、エルケーニヒは糸を使って振り払う。


「石の棺に石の矢! お前が得意とするのは石魔法か!」


「…違う」


「な…!」


その声は、エルケーニヒの背後から聞こえた。


驚くエルケーニヒの腕をマルガの手が掴む。


「私が操るのは『時間』だ。永劫不変。変わることの無い石像となれ」


マルガが触れている部分からエルケーニヒの身体が石へ変わっていく。


「この…!」


エルケーニヒはそれを振り払おうと掴まれていない方の手で糸を放つ。


鋭利な糸は刃のようにマルガの全身を切り刻む。


だが、


(効か、ない…!)


先程と同じだ。


皮膚も服も、一切傷付くことが無い。


(時間停止…! コイツ、自分の肉体の時も止めているのか…! 攻撃を受けてから再生しているのではなく、そもそも攻撃が通っていない…!)


時が止まったマルガの身体には変化が起きない。


どんな攻撃を受けても、どれだけの時が経とうとも、永劫不変だ。


マルガは石像のようにびくともしない。


その手からは逃れられない。


段々と、エルケーニヒの身体は物言わぬ石へと変わっていく。


エルケーニヒとマルガの戦いは、マルガの勝利だった。


「させない…!」


しかし、これは二人だけの戦いでは無かった。


黒剣を握り締めたエリーゼは、それをマルガへと振り下ろした。


何か勝算があった訳じゃない。


ただ目の前で殺されようとしているエルケーニヒを見て、身体が勝手に動いただけだった。


「………」


黒い刃がマルガに触れる。


否、時に守られたマルガの肉体は、エリーゼの刃を弾いた。


魔女殺しの呪いは発動せず、エルケーニヒの死は避けられない。


「…ッ!」


その筈だった。


身体が刃を弾いた瞬間、マルガは初めて顔色を変えた。


目を見開くマルガの頬に小さな亀裂が走る。


瞬間、マルガはエルケーニヒから手を離し、ひび割れた自身の頬を抑えた。


そしてエリーゼから逃れるように、二人から距離を取る。


「大丈夫、エルケー!」


「…ああ、助かった」


そう答えながらもエルケーニヒの顔には疑問が浮かんでいた。


今、何故退いた。


時が止まっているのなら、エリーゼの『ニグレド』も無意味な筈。


発動していたにしても、腐ることなく、身体がひび割れたのは何故だ。


「………」


情報が少なすぎてマルガの魔法が分からない。


だが、一つだけは分かる。


「…どうやら、あの魔女も不死身って訳じゃないようだな」


勝機は、見つかった。

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