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愛慾の魔女  作者: 髪槍夜昼
最終章
98/112

第九十八話


「アンネリーゼ…!」


「…戻ったのですか」


急いで訪れた二人を、アンネリーゼはベッドで横になったまま迎えた。


見た所、身体に大きな傷は見えないが、随分と顔色が悪い。


その痛ましい姿にエリーゼは顔を悲痛に歪めた。


「…すみません。私の力が及ばないばかりに、街にも、人にも、多くの犠牲が…」


目に涙を浮かべて己の無力を嘆くアンネリーゼ。


その身体からは殆どマナを感じなかった。


一体どれだけの人間の傷を癒し続けたのか。


マナが枯渇し、ベッドから起き上がることが出来なくなる程に。


「謝罪は不要だ。それより、何があったか教えろ」


「………」


アンネリーゼは無言でエルケーニヒの顔を見つめた。


その視線の意味に気付き、エルケーニヒは舌打ちをする。


「…が、出たのか」


「はい…」


アンネリーゼは静かに頷いた。


「恐らく、死人形ゾンビだったと思います。意識を一切感じなかった」


「だろうな。俺の魂はここにあるんだ。幾ら死者とは言え、魂を二つに増やすことは出来ない」


マギサを襲った魔王は当然エルケーニヒではない。


エルケーニヒでは無いが、魔王エルケーニヒであることも間違いではない。


ここに居るのはエリーゼの力で呼び出されたエルケーニヒの魂。


だとすれば、マギサを襲った魔王とは…


「…俺の肉体の方か。魔王の骸。それが、マギサを襲った奴の正体だ」


「エルケーニヒの肉体…」


千年前に四聖人に滅ぼされた魔王エルケーニヒの遺体。


それを何者かが見つけ出し、黒魔法で死人形に変えたのだろう。


「…魔女か」


「はい。魔王の骸と共に『偏愛の魔女』もマギサに現れました」


八百年前から生き続ける始まりの魔女。


魔王を使役する黒魔法を会得していても不思議ではない。


「最強の魔王と最強の魔女の二人か。よく無事だったな」


「いえ、都市を破壊したり、人々を殺していたのは魔王だけで、魔女の方は見ているだけでした」


アンネリーゼは思い出すように呟く。


「どうも、あの魔女にとっても何か想定外のことがあったようで、魔王を制御できていなかったように見えました」


「制御…」


「結局、都市の半分の人間を殺した所で共に去っていきました…」


悔し気にアンネリーゼは唇を噛み締める。


半分。たった半分だ。


アンネリーゼが都市を守る為に死力を尽くしておきながら、守れたのはそれだけ。


しかもアンネリーゼは魔王に勝てた訳じゃない。


あの魔女が魔王の制御に成功していれば、アンネリーゼは殺されていた。


「…どう思いますか? あなたは私より黒魔法に詳しいでしょう?」


「そうだな」


アンネリーゼからの情報を頭の中で整理し、エルケーニヒはその魔法を推測する。


「本来魔法ってのは自分のマナだけで発動するものだ。死者を使役する黒魔法も変わらない。死体の骨と肉にマナを流し込み、人形のように操る」


「………」


「だが、その死体が魔道士だった場合は、少し事情が変わる」


コンコン、と自身のこめかみを指で叩きながらエルケーニヒは告げる。


「己のマナだけでなく、その死体に宿るマナも使うことが出来る。蘇った死体は、生前と同じ魔法が使えるってことだ」


恐らく、偏愛の魔女の狙いはそれだったのだろう。


魔王エルケーニヒのマナ。


死体を蘇生することで、自身のマナを遥かに超えるマナをその死体から盗み取ったのだ。


そしてそのマナは魔女を生み出す為に使用された。


そこまでは既にエルケーニヒが推測していたことである。


「しかし、使役魔法ってのは本来己より弱い存在を従える為の魔法だ。己のマナを超えた存在を操ろうとすれば、当然それは反発する」


「だから、制御できなかったの?」


「何と言っても俺様だからな。魔女如きに使役されるなんて御免だったのだろう」


ただマナを汲み取るだけではなく、ある程度の自由を与えてしまったこともマズかったのだろう。


置物のように最低限のマナしか与えていなかった魔王の骸に戦う為のマナを注いだことで、反抗する力も与えてしまったのだ。


「今頃俺を鎮めるのに苦労しているだろうよ。はははは、ざまあ」


エルケーニヒは心から愉しそうに嘲笑った。


己の肉体を好き勝手されていることが相当不快なようだ。


「…それで、お前のマナはどれくらいで回復するんだ?」


「最低でも、三日は掛かるかと」


「そんなに…」


弱ったアンネリーゼを見つめ、エリーゼは悲し気に呟く。


完全に枯渇してしまったマナは、簡単には戻らない。


アンネリーゼは三日と言ったが、実際はそれ以上掛かるだろう。


「…まあ、幸いと言うべきか。偏愛の魔女以外は全部倒した。その魔女もしばらくは俺の身体に振り回されて都市を攻撃は出来ないだろう。その間にゆっくり…」


エルケーニヒがそう言いかけた時、呼吸が止まるような重圧を感じた。


重苦しく、息苦しく、そしてどこか懐かしい感覚。


黒いマナだ。


大気を汚染する程の濃いマナが、都市中に広がっている。


「…おいおい、嘘だろ」


早すぎる。


まさか、もう従えたと言うのか。


「…お前はここで寝てろ。俺達がやる」


「だけど…!」


ベッドから起き上がろうとするアンネリーゼを止め、二人は外へ出た。


薄暗く染まった空。


その中心に、二つの影が浮かんでいた。


一つは三角帽子を被った灰色の髪の魔女。


もう一つは、ボロボロの布を纏っただけの髑髏。


白骨化した手足には亀裂のように赤い線が走り、血管のように脈動している。


窪んだ眼孔と口の中には、燃え盛る炎が見えた。


「…くそが」


変わり果てたその姿を見て、エルケーニヒは忌々し気に吐き捨てた。

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