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愛慾の魔女  作者: 髪槍夜昼
最終章
96/112

第九十六話


白き聖女とは個人の名ではない。


聖典教会に見出された白きマナを宿す少女達がそう呼ばれる。


殆どの人間がマナを持たないこの時代、教会に選ばれた奇跡の聖女。


世間的にはそのような認識だが、実際は魔王を倒す為の道具に過ぎない。


その証拠に、既に六人の白き聖女が死亡しているが、教会によってその事実は隠されている。


白き聖女は一度も負けることなく、魔王と戦い続けていることになっているのだ。


それは人々の希望を守る為、何より教会の威信を守る為。


『グラーティア・エクレーシア』


しかし、今回の七人目は今までとは違った。


今までの聖女達とは比べ物にならないマナを宿し、魔王の軍勢にも劣らない素質があった。


その事実に教会も期待を抱き、彼女に従者を与えた。


一人は赤き騎士『ゲオルク』


一人は青き賢者『ヴァレンティン』


一人は緑の薬師『ヘレネ』


いずれもこの時代には珍しいマナを宿す人間であり、魔王を倒す為に立ち上がった魔道士だった。


正義の心を宿した彼らはすぐに意気投合し、共に魔王と戦う仲間となった。








『はぁ…はぁ…はぁ…!』


『くそっ、もう百体は倒したぞ! いつになったら終わるんだ!』


ヘレネが呼吸を荒げながら膝をつき、ヴァレンティンが苛立ちを隠さずに叫ぶ。


二人の前には、視界を埋め尽くす程の死人形の群れがあった。


腐臭を漂わせながら、青褪めた死体達は錆びた武器を握り締める。


『もう少しだけ、耐えて下さい!』


『分かっている!』


白き聖女の言葉にヴァレンティンは舌打ちをしながら答える。


死者の軍勢はヴァレンティン達を狙っているのではない。


戦い続けるヴァレンティン達の後方、多くの人々が住む都市を狙って行進しているのだ。


都市の住人は殆どが戦う力の無い一般市民だ。


この死者達に殺させる訳にはいかない。


『よりによってゲオルク君が居ない時に仕掛けてくるなんて…!』


『…偶然とは思えない。アイツの不在を知った上で襲ってきたのだろう』


ヴァレンティンは苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべる。


四聖人のリーダーは白き聖女だが、最も強いのは赤き騎士ゲオルクだ。


磨き上げた剣技と赤魔法を組み合わせた力は、魔王とも渡り合うことが出来た。


『ここで私達を先に殺しておくつもり…?」


『…チッ』


ヴァレンティンは大きく舌打ちをして、死者の軍勢を眺めた。


『おい、魔王! わざわざアイツが居ない時を狙うなど、随分と余裕が無いのだな! そんなにアイツが怖いのか!』


最悪の現状を打破する為、ヴァレンティンは挑発するように叫ぶ。


姿は見えないが、これだけの軍勢だ。


流石の魔王も近くに居なければ操ることが出来ない筈。


『…心配せずとも、お前達を殺した後にあの騎士も同じ場所に送ってやる』


死者達の陰から、魔王エルケーニヒは姿を現す。


しかし、その顔にはいつもの悪童のような笑みは浮かんでおらず、冷酷な表情を貼り付けていた。


『いい加減うんざりなんだよ。マナを持たない者に生きる価値は無い。聖典教会も、他の有象無象も、魔道士以外は皆殺しだ』


エルケーニヒの眼がヴァレンティンを射抜く。


冷ややかな殺気と敵意が込められていた。


『この俺の寛容も今日までだ。同じ魔道士とは言え、邪魔をするならお前達も殺す』


本気だった。


これまでも手加減をしていた訳では無いのだろうが、今日のエルケーニヒには本気の殺意があった。


言葉通り、魔道士以外の人間を皆殺しにすると言う意思があった。


『モルス・ノクス・エクセルキトゥス』


エルケーニヒの身体からどす黒いマナが吹き出す。


黒きマナが大地を侵食し、地面を埋め尽くした。


それは地獄の顕現。


奈落で苦しむ亡者の群れのように、黒く染まった地面から次々と死者が這い出てくる。


三重魔法トリプルスペルだと…! そんな、有り得ない…!』


『有り得ない? お前の常識で俺を語るなよ』


呪文スペルを組み合わせることが出来るのは二つまで。


それが魔道士の限界であり、常識であった


だが、その常識は魔王には通じない。


この世で唯一、エルケーニヒだけが複合魔法ダブルスペルより上の魔法を使うことが出来る。


『グラーティア・エクレーシア』


アルベドの杖を握り、白き聖女は新たな結界を発動する。


純白の結界は起き上がった死者を滅ぼし、黒い雨を浄化していく。


『まだです! まだ、私達は負けていません』


『…ハッ、お前一人で防げる数など、とうに超えている』


滅ぼされた死者の背後から、濁流のように死者の群れが襲い掛かる。


その死者達も結界に触れた瞬間に消滅するが、その度に聖女の顔が険しいものに変わっていく。


『いつかの逆だな。結界を解いて降伏するなら、命だけは助けてやるぞ?』


『お断り、します…!』


歯を食い縛り、滝のような汗を流しながらも、白き聖女は結界を解かない。


全身を剣で貫かれるような激痛。


皮膚を火で焙られるような苦痛。


耐え難い痛みを受けながら、それでも聖女は諦めない。


『…結界を解け。死にたくは無いだろう?』


『私なんかの命よりも、大切な物があるのです…!』


白き聖女に迷いは無かった。


己の命よりも、殆ど会ったことも無い人間の方が大切だと。


高潔だった。


あまりにも清廉だった。


痛々しい程に。


『馬鹿が! まだ分からないのか! お前は特別な存在だ! あの弱く、醜い人間共とは違う! どうしてあんな雑魚共の為に生きる! どうして自分の幸福を望まない!』


『あの人達の幸福が、私の幸福だからですよ』


少女のような無垢な笑顔を浮かべ、聖女は言った。


私欲が無い訳では無い。


ただその欲の形が違っただけ。


人々の笑顔が、己の幸福だった。


例えその輪の中に、自分の姿が無かったとしても。


『トルレンス・グロブス』


『ッ!』


結界の中から放たれた水の砲弾が、死者の軍勢を吹き飛ばす。


エルケーニヒとは比べ物にならないが、それでも強力な魔法であることには変わりない。


『よく言った! それでこそ私達の聖女だ! 人々の為に生きてこその四聖人! 人々の為に戦ってこその我々だ!』


『わ、私も最後まで戦うわよ!』


ヴァレンティンとヘレネはそれぞれが得意とする魔法を使って死者の軍勢を攻撃する。


その力は青き賢者、緑の薬師と呼ばれるに相応しい。


しかし、


『所詮それも、俺には及ばない…!』


魔王エルケーニヒは文字通り、桁が違った。


その身に宿すマナは無尽蔵で、死者の軍勢は限りが無い。


勝敗は揺るがない。


この三人ではエルケーニヒには勝てない。


そう、三人では…


『イグニス・ラーミナ』


瞬間、死者の軍勢の半分が炎の中に消えた。


『あ…!』


『…遅いぞ!』


ヴァレンティン達の顔に希望が浮かぶ。


地を埋め尽くす程の死者を蹴散らしながら、赤き騎士が現れる。


『ゲオルク…!』


『待たせたようで、すまない』


最後の騎士が駆け付ける。


ここに四聖人が全て集結した。


立ち向かうのは魔道士達の王。


その戦いは後に神話に刻まれ、御伽噺のように魔王は英雄に滅ぼされたのだった。

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