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愛慾の魔女  作者: 髪槍夜昼
五章
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第九十四話


「…礼を言うよ、ありがとう」


「やめろ」


戦いが終わった後、頭を下げるヴェルターにエルケーニヒは軽く手を振った。


「理由はどうあれ、お前の女をぶっ殺したのは俺達だ。礼なんか言うな」


頭では分かっていても、心とは複雑な物だ。


今まで騙されていた。


ただ利用されていた。


シャルロッテは残忍な魔女であり、ヴェルターはただの道具としか思われていなかった。


それを知った上で、それでもヴェルターはその死を悲しんでいた。


「惚れた弱みってやつだろう。愛だの恋だのと言った感情は呪いみたいな物。一度掛かれば、そう簡単には消えないものだ」


「…そうだな」


悪童のような笑みを浮かべるエルケーニヒに、ヴェルターは苦笑を浮かべた。


協会で忌み嫌われる黒魔道士。


魔女すら圧倒する魔王は、存外人間臭い奴のようだった。


「だが、いつまでも引き摺る訳にはいかない。俺は、この都市の教区長なんだからな」


「教区長ヴェルター…」


「ヴェルター、で構わない。教区長と呼ぶのはこの混乱を収めてからでいい」


不器用な笑みを浮かべ、ヴェルターは言った。


ヴェルターと同じ呪いを掛けられていた人々は嘆き、悲しみ、苦しみ続けることだろう。


しかし、それこそが自分で考えることを忘れ、魔女に全て委ねてしまった罰。


乗り越えなければならない。皆も、ヴェルターも。


「期待している。だが、俺達は見届けている暇は無くてな」


「あ、そうだった。ヴェルターさん、通信機を貸して欲しいのだけど」


「…そう言えば、最初はそんな話だったな。門番から話は聞いている」


元々ヴェルターは門番からエリーゼ達の事情を聞き、協力するつもりだったのだ。


アンネリーゼと連絡を取る為に通信機を貸すことなど、何の問題も無い。


だが、都市を救って貰った礼としては少々軽すぎるような気もした。


「確か、君達はマギサへ戻りたいんだったな?」


「そうだが」


「この都市の発展にシャルロッテが関わっていることはもう知っているだろう? シャルロッテの知識によってウェネフィカの魔法技術は、魔道協会とも異なる独自の発展を遂げている」


数多の魔法を奪ってきたシャルロッテの協力を得ていたのだからそれは当然だろう。


辺境故に魔道協会にも魔法技術が伝わらず、一部の分野に於いて超えていても不思議ではない。


もしかしたらシャルロッテは、いずれ狂信者となった者達を率いて魔道協会に戦争を仕掛けるつもりだったのかもしれない。


「…まさか、転送魔法か?」


「いや、流石にそこまでは……だけど、それに近い物は作ることが出来た」


ヴェルターは視線を部屋の外に向けた。


「魔法の馬車がある。疲れ知らずの馬のクリーチャーが引く馬車だ。アレに乗れば七日ほどでマギサまで辿り着くことが出来るだろう」


「そんな貴重な物を、貸して貰えるの?」


「足りないくらいだ。好きに使ってくれ」


そう言ってヴェルターは年相応の若々しい笑みを浮かべた。


エリーゼはエルケーニヒと顔を見合わせた後、大きく頷く。


「有り難く、使わせてもらう」


「そうしてくれ。さて、まずは通信機の用意だったな…」








「やっと見つけた。ここってボロイくせに無駄に広いよなー」


コツコツと石の床を靴で踏み締めながら、ヴィルヘルムは言う。


ワルプルギスの夜の本拠地である朽ち果てた神殿。


その中を歩き回り、ようやく目的の人物を見つける。


「いつまでそうしているつもりだ? ザミエル」


そこに居たのは、変わり果てたザミエルだった。


顔には爪で掻き毟った傷跡があり、髪もぐしゃぐしゃに乱れている。


「ヒッ…! ヴィ、ヴィルヘルム…?」


怯えたように肩を跳ねさせる姿に、かつての面影は存在しない。


まるで臆病な幼子のようだ。


「顔の傷、もう治ったんだな。他の魔女に比べて再生能力が低いとは言え、魔女は魔女か」


ザミエルの顔を眺め、ヴィルヘルムは呟く。


逃げ帰ってきたばかりの時はもっと酷かった。


エリーゼに殴られた跡が顔にハッキリと残り、正直痛々しかった。


心はともかく、体の傷は全て癒えたようだ。


「知っているか? マルガの奴、お前のことを切り捨てようとしているんだぜ?」


「…ッ!」


「役に立たない駒は要らねーってよ。このままだとお前、殺されるぜ?」


「…ボ、ボクは…」


「………はぁ」


ヴィルヘルムはザミエルに聞こえるようにため息をついた。


ここまで言われても、ザミエルはまだ怯えたままだ。


たった一度の敗北は、ザミエルの心を折ってしまった。


二百年以上生きて来て、初めて自分の魔法が通じなかったんだ。


ショックを受けるのも無理はない、とは思うが。


さてどうしたものか、とヴィルヘルムはらしくないため息をつく。


「…どうして」


「あ?」


「…どうしてあの時、ボクを助けたの?」


恐る恐るザミエルは視線をヴィルヘルムへ向けた。


その眼には恐怖だけではなく、興味が宿っている。


「………」


あの時、とはエリーゼに殺されかけた時だろう。


ヴィルヘルムにザミエルを助ける理由は無かった。


彼女に見捨てて、石棺を使って逃げることも出来た。


にも拘わらず、わざわざ彼女を助けた理由は…


「マルガに殺されるリスクを避ける為。俺のことをボッチ扱いした魔王への意趣返し。まあ、色々理由はあるが、一番は俺とお前は友達だからだ」


「…?」


「おいおい、不思議そーな顔すんなよ。本気で傷付くぜ」


一方的な友情ほど悲しいものは無い。


わざとらしく肩を竦め、ヴィルヘルムは苦笑を浮かべる。


「ガキが言うようなお友達って意味じゃねーぞ? 要は、同類だ。俺と同じくらい残酷で、俺と同じくらい冷酷。世界を壊すことでしかこの世界で生きられねー。俺とお前は、そう言うものだ」


「………」


「少し殴られたから、何だ? 俺なんか両手を斬り落とされたんだぜ? 罪? 罰? そんな言葉は知らねーな。何で俺が、そんな物の為に我慢しなければならない?」


「………」


「俺達は自由だ! 協会も、魔王も、マルガだって、俺らを縛れねー! 心臓が止まるその瞬間まで! 好きなよーにやれば良いんだよ!」


人間の中に生まれた異端。


異常であるが故にずっと孤独を感じていたヴィルヘルム。


ザミエルが一目見てヴィルヘルムを気に入ったように、ヴィルヘルムもまたザミエルのことを気に入っていたのだ。


「俺達は世界で二人ぼっちの破綻者だ」


「…二人、ぼっち」


その言葉を繰り返しながら、ザミエルは起き上がる。


ザミエルの口元が、僅かに吊り上がった。


「…マルガに縛られない? そんな大声で叫んで、きっと聞こえているよ」


「それは困ったな。俺の転送はマルガ頼りだ。奴に睨まれたら逃げることすら出来ねーよ」


「そうだね。困った困った」


ニヤリと笑みを浮かべ、ザミエルはヴィルヘルムの手を両手で握った。


ザミエルの身体が周囲の風景ごと歪んでいく。


手を握る、ヴィルヘルムも共に。


「お前…自分以外の生物は転送できないんじゃなかったのか?」


「その筈だけど……何でだろうね?」


調子を取り戻したザミエルは愉しそうに笑う。


「二人ぼっちのキミだから、ボクの一部みたいに思えるのかもね?」


「ああ、納得」


瞬間、二人の姿は歪みの中に消えた。

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