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愛慾の魔女  作者: 髪槍夜昼
五章
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第九十三話


この世には不幸な人間と幸福な人間が居る。


運命のような物だ。


どれだけ努力しようとも、不幸な者は不幸であり、人生を変えられない。


そんなことは生まれた時から理解していた。


『………』


私は、ある貴族の末妹として生まれた。


母親はその家に仕えていた下女。


所謂、妾腹の子と言うものであり、正妻の子である姉達とは本来立場が違った。


『お嬢様は本当にお美しい』


『ええ、二人の姉も美しいが、彼女の美貌には敵わない』


しかし、私は不幸では無かった。


妾腹の子でありながら、私は誰よりも美しく成長した。


腹違いの姉達も、その母親も、誰も私の美しさには勝てなかった。


『…シャルロッテ。貴女は、幸せになりなさい』


私を生んだ母は、そう言って惨めに死んだ。


分かっている。私は母とは違う。


私は決して、不幸にならない。


『最近、お嬢様をあまり見かけませんね』


『具合が悪いと言うことですが、どうしたのでしょう?』


それは、十五の誕生日を迎えた日のことだった。


私は未知の病に冒された。


呪いと言っても良いかもしれない。


身体が、老いていく呪いだ。


常人の十倍以上の速度で身体が老化していく。


一年経つごとに、肌には深い皺が刻まれ、頭髪が白く染まる。


私の美貌が失われていく。


『…違う。違う違う! こんなこと、私に起きる筈がない…!』


鏡に映る自分を睨みながら私は呪いを吐く。


私は不幸じゃない。不幸になんてならない。


私が幸せなんだ。幸せにならないと。


私は…幸せに…


『やっぱり、所詮は妾腹の子よね』


『―――』


『血が呪われているのよ。お父様に捨てられて自害した母親と同じ。一時とは言え、この家で暮らせたことを感謝するべきね』


雑音が聞こえた。


呪いが始まってから、父親に閉じ込められていた暗い小屋の中に響く声。


私を蔑み、見下し、嘲る声。


私は、私は、私は…


『お前、魔女になる気は無いか?』


暗い闇の中に、光が見えた。


その手を掴むことに、躊躇いは無かった。


『ああ! 私の顔! 私の身体! 全部、元に戻った…!』


涙を流しながら私は元に戻った顔に触れる。


これが魔法。これが魔女の力。


身に刻まれた呪いなど初めから無かったかのように、私は元の美貌を取り戻していた。


『…魔女は成った時点で、肉体の時が止まる。お前の肉体は年老いた状態で固定されている。今のお前は奪った生命力で若さを保っているに過ぎない』


私の恩人、マルガレーテ様はそう告げる。


『その若さを保つつもりなら、定期的に他者から生命力を奪う必要がある』


その視線の先には、干乾びたミイラのような死体が二つ転がっていた。


私のことを嗤いに来た女共だが、今はもうどうでもいい。


もう二度とあんな醜い姿になりたくない。


その為なら、どうでもいい奴らが何人死のうと興味は無い。


『…ああ、それと私の目的を伝えておこう。完全なる死者の復活だ。お前達には、その為に必要な大量のマナを集めて貰いたい』


『死者の、復活…』


『…お前にも再会したい者は居るか? そうであれば、その願いも叶えてやるぞ』


『…私は…』


家族にはもう会いたくない。他の人達にも。


ただ…


『…お母さん』


もし叶うなら…


『お母さんに、会えたら…』


私を、褒めてくれるだろうか。


綺麗になったって、言ってくれるだろうか。


こんな私を、愛してくれるだろうか?








「ああああ…! やめ、て…! やめて…!」


ボロボロとシャルロッテの身体が崩れていく。


化粧が剥がれ落ちるように、その身からマナが霧散する。


白く美しかったその皮膚に皺が走り、急速に老化していく。


「これは…」


「…化けの皮が剝がれた、って所か」


少しだけ憐れむようにエルケーニヒは呟いた。


その姿を見て、薄々察したのだろう。


シャルロッテが他者を殺してまで守りたかった物を。


「嫌だ…! 嫌だ嫌だ嫌だ! 見ないで、私を見ないで…!」


瞬く間に老婆のような姿に成り果てたシャルロッテは、己の顔を手で隠す。


死ぬことよりも、その醜い姿を見られることを恐れるように。


その手に、亀裂が走っていく。


体内に取り込んでしまった『ニグレド』は、シャルロッテの身体を内側から破壊した。


魔法自体を破壊されては命の残数も関係ない。


致命傷だ。もう長くは持たないだろう。


「…苦しみを長引かせるのは、趣味じゃないな」


エルケーニヒは指先から糸を伸ばす。


マナの殆どを失ったが、死に掛けの魔女に止めを刺すくらいは出来るだろう。


「ロッテ」


介錯するべく糸を放とうとした時、シャルロッテの前に誰かが立った。


影が落ち、シャルロッテは恐る恐る顔から手を離す。


「…ヴェルター、様」


「………」


糸で塞がれた傷口を抑えながら、ヴェルターは膝を突くシャルロッテを見下ろす。


困惑、不安、と言った表情は浮かんでいるが、どう言う訳か怒りや憎しみの感情はなかった。


「はは…はははは! よりによって貴方様のようなつまらない男に、見られて死ぬなんて…! 見下していた相手に、見下されて…! ははは! 人間だった頃と、何も変わらない…!」


「………」


「…嗤って下さいよ。蔑んで下さいよ。こんな醜い姿が本性だったって! 綺麗な姿も言葉も全て嘘で! 本性は誰よりも醜い魔女だったって!」


シャルロッテの手足が崩れ落ちる。


顔にも亀裂が走り、今にも崩壊しそうだった。


「…それでも俺は、君を愛していたよ」


ヴェルターは皺だらけになったシャルロッテの手を握り締め、そう告げた。


「……………は」


くしゃり、とシャルロッテの顔が歪む。


母は、私を一人残して勝手に死んだ。


あの家の者達は誰一人として私を愛してはくれなかった。


私が欲しかったのは、


本当に、欲しかったのは…


「…嘘つき」


シャルロッテは泣きそうな顔でその手を振り払う。


同時に、その身体が完全に崩壊した。

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