第九十話
「ロッテ…!」
ヴェルターは思わず声を上げた。
全身を糸で切り裂かれ、無残な姿になった恋人。
あまりの光景に怒りすら忘れて絶望する。
突然夜になったかのように視界が暗くなり、その場に膝をついた。
「………」
血の付いた糸を操りながら、エルケーニヒは肉片となったシャルロッテを睨む。
普通の魔道士なら全身を切り裂かれて生きていられる筈がない。
だが、今までの魔女との戦闘経験からエルケーニヒは確信していた。
まだ終わりではない。
ワルプルギスの魔女が、この程度で終わる筈がない。
「…捻れろ」
「ッ!」
瞬間、エルケーニヒの身体が動かなくなった。
見えない巨人に捕まれているかのように手足が動かず、ギチギチと音を立てて肉と骨が捻れていく。
「ぐ、が…ッ! ハッ…何だこの魔法は…? 俺の知らない魔法とは、やるじゃないか…!」
「―――」
「…だが、それより気になるのは、その身体だ。どうやって再生した?」
エルケーニヒは全身から伝わる激痛に耐えながら呟く。
その目の前には、当然のようにシャルロッテが立っていた。
先程まで全身がバラバラだったことが嘘のように、その身には傷一つ無い。
「…酷いことをしますね。この服、気に入っていたのに」
そう言ってシャルロッテは悲し気に自分の血で汚れた服を見下ろす。
肉体は再生されても服に残った傷はそのままでボロ布になっている。
「服どころか、肉体も刻んだつもりだったんだがな」
「…もう潰れなさい」
グッ、とシャルロッテはその手を握り締める。
それに合わせて、エルケーニヒの全身に掛かる負荷が増した。
ブチブチと言う音が響き渡り、エルケーニヒの身体が見えない何かに握り潰される。
「『シュタイフェ・ブリーゼ』」
その直前、隙を突くようにエリーゼが突貫した。
黒く燃える剣を構え、エルケーニヒに集中していたシャルロッテに迫る。
魔女殺しの剣を見て、シャルロッテの顔に焦りが浮かぶ。
「…近付くな!」
「な…」
ゴッ、と突風が吹き荒れ、エリーゼの身体が反対側の壁まで飛ばされた。
壁に打ち付けられて倒れ込むエリーゼの姿に、シャルロッテは僅かに安堵の表情を浮かべる。
「不死身だと言うのなら、何を恐れている?」
「!」
その声が聞こえた瞬間、シャルロッテは咄嗟にその場から飛び退いた。
直後、シャルロッテの立っていた場所を鋭利な糸が切り刻む。
「何故躱した? 死んでも再生できるのに、どうして死ぬことを恐れる?」
エルケーニヒの眼がシャルロッテを射抜く。
その魔法の性質、限界を見極めんと解析する。
「何かしらの制限があるのだろう。例えば……回数制限とか」
「…潰れろ!」
グチャリ、とエルケーニヒの左腕が握り潰される。
赤黒い肉片と化した自分の腕を気にも留めず、エルケーニヒの視線はシャルロッテを見つめる。
「マナを奪う能力。回数制限の蘇生……なるほど、そう言うことか」
先程エルケーニヒが魔法を見破った時、シャルロッテはマナを奪ったのではなく、譲って貰ったと告げていた。
その命ごと譲って貰った、と。
シャルロッテが他者から奪えるのはマナだけではない。
命すらも奪い取り、自分の物として蓄えることが出来るのだろう。
「他者を誑かし、命までも吸い殺す能力。魔女と呼ぶに相応しい魔法だ」
「死んでなどいません。皆、生きていますよ。私の中で、ね」
その時、シャルロッテは笑みを浮かべた。
今まで浮かべていたような嘘臭い綺麗な笑みではなく、まるで肉食獣のような獰猛な笑み。
その眼に映る全てを食い物としか認識していないような、残忍な笑みだった。
「それで? 今まで喰ったのは何人だ? 十人? 百人? もっとか?」
「…それを聞いて、何の意味があるのですか?」
「ハッ、決まっているだろう」
そう言ってエルケーニヒも笑った。
シャルロッテに負けない程に邪悪で残忍な笑みを浮かべた。
「その数だけお前を殺すだけだよ。命の蓄えが無くなれば、お前は死ぬだろう?」
「………」
ゾクリ、とシャルロッテの背筋に悪寒が走る。
全身の血が凍り付くような殺気。
息が止まりそうな程に濃い黒いマナ。
その感覚に、シャルロッテは覚えがあった。
(…コレは、マルガレーテ様と同じ…!)
シャルロッテが敬愛する存在。
この世で唯一己と同等以上だと認めている神の如き存在。
目の前の男は、そのマルガレーテに匹敵する程の力を放っていた。
その事実に、シャルロッテは不快感を顔に浮かべる。
「…私、貴方様が嫌いです。死んで下さい」
「奇遇だな。俺もそうだ」
互いに敵意と殺意をぶつけ合い、戦闘が再開された。




