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愛慾の魔女  作者: 髪槍夜昼
五章
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第八十九話


「行きますよ…」


シャルロッテの白魚のような右手が開き、エルケーニヒへと向けられた。


「燃えなさい」


カッ、とその手が赤く輝き、燃え盛る炎が放たれる。


赤い獅子を模した炎は燃える前足を振り上げ、エルケーニヒへ飛び掛かった。


「赤魔法…!」


「ハッ、遅い!」


エルケーニヒは黒いマナを纏い、地を蹴る。


炎の獣を回避しながら、そのままシャルロッテへ肉薄する。


「凍りなさい」


それに対し、シャルロッテは左手を振るった。


同時に、地面から凍てついた蛇が形成される。


全身が氷で出来た蛇は大気を凍らせながらエルケーニヒを足下から狙った。


「チッ!」


エルケーニヒは床に亀裂が走る程に踏み込み、天井に届く程に跳躍する。


地を這う氷の蛇を躱し、それでも勢いは止めずに頭上からシャルロッテへ迫った。


閉じなさい(・・・・・)


だが、それはシャルロッテに阻まれた。


突如出現した光の檻にエルケーニヒの身体は包まれ、動きを封じられた。


「白魔法まで…!」


エリーゼは思わず声を上げる。


赤魔法、青魔法、それに加えて希少な白魔法まで。


この魔女は一体幾つの魔法を習得しているのか。


「黒き魔王は白き聖女の力の前に敗れる。神話の通りです」


祈る様に目を閉じ、シャルロッテは呟く。


勝敗は決した。


その命を奪うべく、炎の獣が爪を振り上げている。


黒魔道士であるエルケーニヒはこの白魔法から逃れられない。


ただ炎に焼かれ、処刑されるだけだ。


「…片腹痛い」


瞬間、光の檻が内側から破壊された。


「『ダエモン・ブラキウム』」


檻から飛び出した青褪めた悪霊の腕が炎の獣を握り潰す。


その腕が纏う冷気は炎すら凍てつかせ、獣は跡形も無く消滅した。


「この程度の白魔法で白き聖女を語るな」


冷ややかに告げ、エルケーニヒは容赦なく悪霊の腕を振り下ろした。


シャルロッテを叩き潰すべく下ろされた腕は、教区長室の椅子と机を砕き、床に亀裂を走らせる。


「………」


しかし、エルケーニヒの表情は険しいままだった。


腕から伝わる手応えが無い。


いつの間に回避したのか、シャルロッテは無傷のまま部屋の隅に逃れていた。


「身体強化まで…! どうしてそんなに魔法を…」


「………」


違う、とエルケーニヒは内心呟く。


エリーゼの疑問は尤もだが、それよりも重要なことがある。


この魔女は…


(呪文を唱えずに魔法を…!)


複数の魔法を操ることは別におかしなことじゃない。


極めて稀だが、三種以上のマナを持つ魔道士も居ない訳では無い。


しかし、それでも呪文は絶対だ。


どれだけ高位の魔道士だろうと…否、高位な魔道士だからこそ魔法は複雑化し、呪文が重要になる。


強力な魔法を操る為に呪文は不可欠。


例外があるとすれば、周囲のマナそのものを操るエリーゼ。


若しくは…


(…魔石に込めさせた他者のマナを使用した(・・・・・・・・・・)と言うハインリヒ)


エルケーニヒの眼がシャルロッテを射抜く。


その身から溢れる様々な色のマナを。


「…お前、他人のマナを奪うことが出来るのか?」


エルケーニヒは己の推測を口にした。


そう考えれば、全ての辻褄が合う。


周囲のマナを操るエリーゼと、他者にマナを込めさせた魔石を利用したハインリヒ。


その両方の悪い所だけを合わせたような方法。


「…奪う、とは愛の無い言葉ですね」


自分以外のマナを奪い取り、意のままに使用する能力。


慈愛の名とは不釣り合いな、強欲で悪辣な魔法。


「譲って貰っただけですよ、その命ごと」


「は…」


シャルロッテの魔法は魅了ではない。


他者を誑かすのは自前の話術。


その魔法は魅了なんかよりも、もっと醜悪な物だった。


絵の具をぶちまけたように様々な色が混ざり合い、一つの黒を構成しているマナ。


それこそがシャルロッテの本質を表していた。


何十、何百もの人間を弄び、その全てを奪い取って生き続ける魔女なのだ。


慈愛とは名ばかり。


その本当の名は『自愛』の魔女。


自分だけを愛する誰よりも醜い魔女。


「…人のことは言えないが、お前は死んだ方が世の為だ」


「!」


その時、シャルロッテは己の身に違和感を感じた。


見えない何かに縛られ、身体が動かない。


「悪党の長話を、素直に聞くべきじゃなかったな」


そう言ってエルケーニヒは指を軽く引いた。


鋭利な糸が黒く染まり、シャルロッテの身体を走る。


「『フィールム・インテルフィケレ』」


瞬間、シャルロッテの全身がバラバラに切り裂かれた。

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