第八十四話
「私はシャルロッテと申します。お察しの通り、ワルプルギスの魔女です」
静かな雰囲気の飲食店にて、シャルロッテは上品に頭を下げる。
その顔に浮かんでいるのは穏やかな表情だ。
ドロテーアのような敵意や、ザミエルのような悪意も無い。
この女は、他の魔女とはどこか違う雰囲気を放っていた。
「…エリーゼよ」
「エルケーニヒだ。よろしく」
「エリーゼ様とエルケーニヒ様ですね。よろしくお願いします」
頭を上げ、笑みを浮かべるシャルロッテ。
「それで聞いても良いか? どうして魔女が人間の都市で暮らしているんだ?」
「それは、そんなに可笑しなことでしょうか?」
エルケーニヒの問いに、シャルロッテは逆に問いかける。
「私達魔女も、元は人間だったのです。ただ人の身であることに耐え兼ね、魔女と呼ばれる存在に堕ちてしまった弱い女なのです」
「………」
その言葉にエリーゼは以前垣間見た魔女達の過去を思い出す。
シャルロッテの言葉は事実だった。
魔女にも魔女に成り果てる理由があった。
生まれながらの化物ではなく、彼女達も元は心ある人間だったのだ。
「…私達が『愛』の異名で呼ばれていることは知っていますか?」
「魔女の二つ名でしょう? 協会ではそっちの名前の方が有名だけど」
「そうです。この名は私達の本質を表した物。どれだけ悪魔のような存在に成り果てようとも、私達は愛を捨てることが出来ない」
カラン、とシャルロッテの手の中で氷水の入ったグラスが揺れた。
「母親の温もりを求める『渇愛』…奪われた家族を取り戻そうとする『眷愛』…他者を見下しながらも繋がりを求める『寵愛』」
一つ一つシャルロッテは同胞の愛を口にする。
全てエリーゼが出会ってきた魔女だった。
「そして私は『慈愛』…愛を求めることに、人も魔女も関係ありません。愛を以て接すれば、私達は手を取り合うことが出来るのです」
高名な聖女のように、シャルロッテは己の想いを告げる。
その言葉は美しく、その笑みは神々しさすら感じた。
「手を取り合う? まさか、本気で人間を襲わないと言うつもり?」
「そもそも、何故魔女は人間を襲うのでしょうか? 私達にとって、人間は脅威ではありません。魔女が人を襲うのは、その魔女がかつて人に傷付けられ、人を憎んでいるからでは無いでしょうか?」
「………」
「であるのなら、私に人を傷付ける理由はありません。私は人を心から愛していますし、彼らも私を愛してくれています」
「………」
エリーゼは困惑した顔でシャルロッテの顔を見つめる。
本気、なのだろうか。
今までの魔女が皆、剥き出しの害意を向けてきた為、反応に困ってしまう。
エリーゼは魔女が憎い。両親を殺した魔女を心から憎んでいる。
だが、この魔女は、シャルロッテはエリーゼの両親を殺した本人ではない。
こうして誰も傷付けることなく、和解を求める魔女まで殺すことが本当に正しいのだろうか。
魔女と言うだけで問答無用で殺すと言うのなら、それは自分を処刑しようとした魔女狩り隊と何も変わらないのでは無いだろうか。
「…?」
その時、迷うエリーゼの頭に大きな手が置かれた。
「純粋なのはお前の良い点だが、他人の言葉に感化され易いのは悪い点だな、エリーゼ」
「エルケー…」
「シャルロッテ、と言ったか?」
エルケーニヒはシャルロッテへ告げる。
「人を愛していると言うのなら、どうして人を虐殺する他の魔女達を止めない?」
「…彼女達の悪行には私も心を痛めています。特に、ザミエル様の犠牲になった可哀想な人達のことを思うと胸が張り裂けそうに…」
「そうやって可哀想可哀想と涙を零すだけか?」
ニヤリ、と挑発するような笑みを浮かべながらエルケーニヒは言った。
「お前の愛する人々と言うのは、この都市の人間だけなんだろう? 自分を愛してくれない人間なんてどうでも良いもんな?」
「…悲しいです。どうしてそんなに酷いことが言えるのですか?」
「俺は酷い人間だからだよ」
悪辣な笑みを浮かべるエルケーニヒと、悲し気に顔を歪めるシャルロッテ。
傍から見ればエルケーニヒの方が悪人に見えるような光景だった。
「お前達は、ワルプルギスは一体何を企んでいる? 人を虐殺したり、人の都市を支配したり、何が目的でこんなことをしている?」
「…私達の目的…いえ、悲願は一つだけです」
席から立ちながらシャルロッテは告げる。
「『大切な人を蘇らせたい』…そんなことを、夢見る乙女のように信じているのですよ」




