第八十三話
「随分と栄えているんだな。辺境の都市とは思えない」
街並みを眺めながらエルケーニヒは呟く。
流石にマギサに比べれば劣るが、街を歩く人々には活気があった。
強固な壁に守られている安心感からか、大通りには多くの人間が家族で買い物を楽しんでおり、笑顔も多かった。
更に、住人の中には杖を提げた者達が警邏しており、治安の維持を行っていた。
「当然だ。このウェネフィカはマギサにも劣らぬ都市だと自負している」
少し自慢げに胸を張りながらアルバートは言う。
「昔はこの都市も他の都市と変わらず、治安も良くなかったが、ここ数年で劇的に発展し、今のウェネフィカとなったのだ」
「優秀な教区長なのね」
感心したようにエリーゼを呟いた。
アンネリーゼから聞いていた話と随分と違う。
都市を守る強固な壁に魔道士の警邏隊。
これだけ完璧に都市を治めている教区長も中々いないだろう。
「いや、ヴェルターさんがと言うよりは…」
「こんにちは。アルバート様」
アルバートがそこまで言いかけた時、言葉を遮るように女の声が聞こえた。
三人の視線が女の方へと向く。
「そちらの二人は初めまして、ですよね? 別の都市の方でしょうか?」
そう言って柔和な笑みを浮かべるのは、女神のような美しい容姿の女だった。
清貧を表したような清楚で質素な布の服に身を包んでおり、服装自体は地味な印象を受ける。
派手な装飾品など何も付けていないのに、どこか高貴な雰囲気を受ける女だった。
「ッ!」
その美しい容姿に見惚れるよりも速く、エリーゼは右手に黒剣を出現させる。
「何、そのマナ…!」
剣を突き付けながらエリーゼは警戒と困惑を顔に浮かべた。
エリーゼの眼は対峙した者のマナを見抜くが、今は目の前の光景が信じられなかった。
赤、青、緑、白。
ありとあらゆる色のマナが女の中で混ざり合い、黒と言う一色を形成している。
様々な絵の具をぶちまけたような不気味な黒だった。
長年多くの人間のマナを見てきたエリーゼでも、こんなことは初めての経験だ。
訳が分からないが、一つだけ分かる。
この女は、魔女だと言うことが。
「「「無礼者!」」」
その時、剣を突き付けるエリーゼの首に無数の杖が触れた。
周囲を警邏していた魔道士達が一斉に駆け寄り、エリーゼを殺気立った目で睨んでいた。
辺りの人々も犯罪者を見るような目でエリーゼを見ている。
まるで、この場でおかしいのはエリーゼの方だと言うように。
「聞いて! この人は、魔女で…」
「それがどうした! シャルロッテ様は確かに魔女だが、我らの恩人である!」
「…え?」
エリーゼは呆然とした表情を浮かべる。
アルバート達はエリーゼが言うまでも無く、この女が魔女であることを知っていた。
知った上で、それを害そうとするエリーゼに敵意を向けているのだと。
「…皆さん、落ち着いて下さい。私は大丈夫ですから」
その時、シャルロッテは宥めるように声を上げた。
「で、ですが、この女は…」
「外の方が私を敵視するのは仕方がありません。彼女は私のことを何も知らないのですから。無理解は争いの元です。初めて会う者にこそ、愛を以て接しましょう」
聖女のような笑みを浮かべてシャルロッテは告げる。
アルバート達が杖を下ろしたことを確認してからエリーゼへと視線を向けた。
「あなた様も。どうか私の話を聞いて下さい。相互理解こそ人間の本質。今は憎しみを抑え、武器を下ろして下さい」
「………」
「…今は従った方が良さそうだな。エリーゼ」
「…分かってる」
エルケーニヒの言葉に頷き、エリーゼは黒剣を消した。
「ありがとうございます。早速事情を説明したい所ですが、ここは人が多く、あなた様も落ち着かないでしょう。場所を移しましょうか」
そう言って無防備に背を向けてシャルロッテは歩き出す。
どうやら、本気でエリーゼと争う気は無いようだ。
(…どんな物が出るかと思えば、予想以上の物が出てきたな)
その背中を追い掛けながらエルケーニヒは心の中で呟く。
(にしても、シャルロッテ様か。教区長であるヴェルターはさん付けだったのに…)
薄々この都市の力関係を理解しつつ、エルケーニヒはシャルロッテの背を見つめた。




