第八十二話
「見えてきたな、アレがウェネフィカか?」
エルケーニヒは遠目に見える都市を眺めながら呟く。
「…そうみたい。私も来るのは初めてだけど」
地図を確認し、エリーゼは頷いた。
大陸の北部都市。
魔道協会の本部からは遠く、所謂辺境だが、寂れた雰囲気は無かった。
それどこか、都市を囲むように高い壁と頑丈そうな門が存在し、どこか物々しい雰囲気すらある。
「…想像していたのと少し違うな。ここは地味な教区長が治める平凡な都市じゃなかったのか?」
「その筈だけど…」
魔女狩り隊の本拠地だったヘクセならともかく、辺境都市のウェネフィカにコレは物々し過ぎる。
魔女の襲撃に備えて都市の護りを固めたのだろうか。
しかし、アンネリーゼの話を聞く限り、協会に無断でこんなことをするような行動力がヴェルターにあるとは思えなかった。
「止まれ! そこの二人、何者だ!」
その時、見上げるほど高い壁の上から声が聞こえた。
鎧に身を包んだ男達が壁の上からエリーゼ達に杖を向けている。
「私は協会所属のエリーゼよ! 身分証もあるわ!」
エリーゼは懐から一枚の紙を取り出し、見えるように掲げた。
「…確認する! そこを動くな!」
警戒した表情を崩さないまま、見張りの一人が壁から下りてくる。
魔法を使ってエリーゼ達の前に着地し、身分証を受け取った。
(…コイツ、結構マナが多いな)
身分証を確認する見張りを眺めながらエルケーニヒは考え込む。
魔女やヴィルヘルムに比べれば弱いが、人間にしてはそれなりの強さだ。
上に居る人間達もこの男と同じ強さだとすれば、全員集まれば魔女の襲撃も防げるかもしれない。
ただの自衛にしては戦力が高すぎる。
魔女と戦うことを想定していた魔女狩り隊と同等以上だ。
「…確かに、本物のようだな。ウェネフィカに何の用だ?」
「魔女の魔法が原因で、マギサからここまで飛ばされてきたの。教区長アンネリーゼと連絡が取りたいから教区長ヴェルターに会えないか伝えてくれない?」
「…少し待っていろ」
そう言って見張りの男は杖を掲げた。
「『ウォークス』」
パチン、と杖の先端が青い光を放つ。
小さな球状の青い光は壁を超えて都市の奥へ飛んでいった。
「ヴェルターさん、門番のアルバートです」
「!」
(通信の魔法…? 通信機も無しに…?)
それを見てエリーゼは思わず目を見開く。
通信の魔法は本来、非常に高度な魔法だ。
アンネリーゼであっても、他の都市と連絡を取るには専用の道具を必要とする程だ。
(…テオドールの音魔法と似ているな。効果範囲は恐らくこの都市だけか)
エルケーニヒは興味深そうにアルバートの魔法を眺める。
ブルハでの戦いの時、テオドールも似たような魔法でエリーゼ達と連絡を取っていた。
アレはテオドールのオリジナル魔法だと言っていたが、他の魔道士が同じ発想を得ても不思議では無いだろう。
だが、テオドール曰く、協会では直接ダメージを与えない魔法は低く評価されると聞く。
あまり人気の無い音魔法を都市を守る者達に習得させ、門の見張りをさせると言うのは協会では考えられない発想だ。
「…ヴェルターさんはお前達にお会いになられるそうだ。ついてこい」
アルバートはそう告げると、壁の上に居る者達に合図を出した。
強固な門が魔法によってゆっくりと開いていく。
「さあ、入れ」
(…この感覚は、結界か)
エルケーニヒは無言で開かれた門に触れる。
ただ頑丈なだけじゃない。
門の上から何重もの魔法が掛けられている。
エルケーニヒでさえ破壊するのに苦労しそうな強固な防護魔法。
しかもこのマナの感触は、白魔法だ。
(アンネリーゼがマギサに展開していた白魔法に似ているな。だが、聞いた話では白魔法は希少でアンネリーゼ程の白魔道士は他に居ないらしいが…)
「おい、モタモタするな! ヴェルターさんを待たせるんじゃない!」
「エルケー、行くよ」
アルバートとエリーゼに言われ、エルケーニヒは渋々門から手を離した。
(さて、何が待っているのか)




