第八十一話
「まずはウェネフィカに向かおうと思う」
「…大陸北部にある都市、だったか? 真っ直ぐマギサへ向かわなくて良いのか?」
エリーゼの提案にエルケーニヒは呟く。
地図を見る限り、マギサの方角は東だ。
わざわざ北へ向かい、その都市に寄る理由があるのかとエルケーニヒは首を傾げる。
「大陸の主要都市には通信機があるの。それぞれの教区長が連絡を取る為の物よ」
「なるほど。それを借りて、アンネリーゼに連絡を取る訳か」
「ええ、きっと心配しているだろうし、ナターリエを倒したことも報告したいから」
エリーゼがザミエルに誘拐されてからアンネリーゼとは一度も連絡を取れていない。
過保護なアンネリーゼのことだ。
今もエリーゼのことを心配していることだろう。
「ウェネフィカの教区長はどんな奴なんだ? また癖のある奴だったら困るぞ」
「確か、ヴェルターと言う名前の男だったと思うけど」
思い出すようにエリーゼは頭を捻る。
アンネリーゼから他の教区長の話を聞いたことはあるが、流石に直接話をした経験は無い。
「元々ウェネフィカは本部から離れているから魔道協会の影響も薄いの。教区長のヴェルターも主張の無い地味な男だって聞いてるよ」
他の教区長に比べてまだ若いと言うことあるのだろうが、基本的に他人に流されて意見をコロコロと変えるような人物らしい。
その時々で過激派にも穏健派にも味方する為、アンネリーゼからは悪い人間では無いが、都市を治める教区長としては少し不安な人物だと思われている。
「…少なくとも、黒魔道士を問答無用で殺すような奴じゃないってことか」
「ハインリヒの件はアンネリーゼから連絡していると思うし、話せば通信機を貸して貰えると思う」
「よし分かった。なら、ウェネフィカへ向かうとしよう」
「…ナターリエは死んだのか?」
「どうせ全部見ていたんだろう? わざわざ俺の口から言わせるなんて、ちょっと意地が悪いぜ?」
同じ頃、ヴィルヘルムはマルガの詰問を受けていた。
マルガの顔は相変わらず、石像のような無表情だが、その眼には僅かな不快感が浮かんでいる。
「私は、あの男を殺せと言った筈だ。だが、お前達は失敗し、ナターリエと言う駒が一つ欠けた」
「いやいや、俺は言ったんだぜ? 先にエルケーニヒを殺そうって。それでもエリーゼを優先したのはザミエルの方だよ」
ザミエルがエリーゼを優先していた以上、ヴィルヘルムに出来ることは無かった。
前に戦った時はエルケーニヒを追い詰めたが、もう手の内は割れている。
魔法戦のエキスパートであるあの魔王に何度も同じ手は通じない。
エルケーニヒを確実に仕留めるにはザミエルと共闘する必要があった。
「そのザミエルまで殺される所を助けたのだから、むしろ褒めて欲しいね」
「………」
その言葉にマルガは無言になる。
ヴィルヘルムの言い分に一先ず納得したのか、これ以上の問答は無駄だと判断したのだろう。
小さくヴィルヘルムは安堵の息を吐く。
ザミエル以上の化物であるこの魔女の怒りを買うのは避けたかった。
「ところでそのザミエルは?」
「…アレはしばらく使い物にならない。場合によっては処分する必要があるかもしれん」
淡々とした口調でマルガは告げた。
その眼には変わらず感情の色が無い。
二百年以上の付き合いだと言うザミエルが死のうが生きようが、何も感じないのだろう。
「…これ以上魔女を減らすと計画に支障が出るんじゃねーか?」
「そうだ。私としても処分は出来るだけ避けたい」
「ナターリエが死に、ザミエルが使えないとなると、残りは…」
「シャルロッテだけだな」
「ああ、そんな名前だっけ」
ヴィルヘルムは他人事のように呟いた。
まだヴィルヘルムが会ったことの無い魔女だ。
どうやらザミエルはシャルロッテと仲が悪いらしく、ザミエルはヴィルヘルムをシャルロッテに会わせようとしなかった。
だからヴィルヘルムがそのシャルロッテについて知っていることは、ワルプルギスの夜に入る前に協会で聞いたことだけだ。
「慈愛の魔女、だったか。ザミエルやナターリエとは毛色が違いそうな魔女だな」




