第七十九話
「『シュタルカー・ヴィント』」
黒剣を空高く掲げ、エリーゼはそれを勢いよく振り下ろす。
刃が大気を搔き乱し、風の刃となって放たれた。
エリーゼのマナを帯び、黒く染まった斬撃は逃げ場を塞ぐように三撃、ザミエルへと飛んでいく。
「へえ。直接斬らずとも、呪いを浴びせることが出来るようになったんだね」
その努力、その工夫を嘲笑うようにザミエルは手を翳す。
人間如きがどれだけ手を尽くした所で、魔女には勝てないと言うように。
エリーゼの放った斬撃は全て、歪んだ空間に呑まれて消えた。
「笑えるね。努力は全て無駄になった訳だ」
「………」
嘲笑されながらも、エリーゼの顔に焦りは無い。
今更正面からの攻撃が通じるとは思っていない。
最初から狙いは…
(背後から狙ったもう一つの刃…!)
エリーゼが風の刃にマナを込めたのは斬撃を見えるようにする為だ。
人間は目に見える物に意識を奪われる。
三つの斬撃はザミエルの注意を引き付ける囮。
本命は後から放った見えない斬撃。
(呪いは発動しないけど、それでも…!)
「…うん? 今、何かした?」
「ッ…!」
しかし、それすらもザミエルには届かない。
背後からの攻撃に気付いて防いだ訳では無い。
ザミエルは気付いていなかった。
完全な不意打ちであったにも関わらず、その攻撃は防がれた。
「残念。ボクの魔法は自動的なんだ。どんな攻撃だろうと、例えボクの知らない魔法だろうと、ボクには絶対に当たらない」
そう言ってザミエルは両腕を広げた。
「さあ、どこでも好きな所を攻撃しなよ。キミの心が折れて絶望するまで、続けてあげるよ」
「『ゲヴィッター』」
ドン、と地面が割れ程に踏み込み、エリーゼの姿が消える。
踏み込みによる加速。
だが、ザミエルの下へは向かわない。
ザミエルの周りを走りながら、段々と加速していく。
「なるほど。周囲を巡りながら限界まで加速して、一気に仕留める技かな?」
己のマナを封印されていた時に編み出したエリーゼの最大の技だ。
多少時間は掛かるが、最高速度に到達したエリーゼは魔女の眼ですら追うことは不可能。
「でも、まだ分からないかなぁ? 目で追う必要なんて無いってことに」
「おーおー、アッチは楽しそうだなァ」
ザミエルとエリーゼの戦いを眺めながら、ヴィルヘルムは笑った。
あの魔女相手によく戦うものだ。
ザミエルの魔法はヴィルヘルムから見ても、無敵に近い魔法だと言うのに。
「俺達も向こうに負けねーくらい盛り上げていこーぜ! なあ、魔王様」
「一人でやっていろ」
「ノリ悪ィな。アンタも戦いとか、嫌いじゃねーだろう?」
つまらなそうに口を尖らせながらヴィルヘルムは言う。
「これでも俺はアンタに憧れていた時期もあるんだぜ? 何十、何百と言う人間を魔法で殺し尽くした伝説の魔王。俺も千年くらい早く生まれていれば、きっとアンタと一緒に愉しく生きられただろう」
今の時代はヴィルヘルムにとって窮屈すぎる。
魔女と言う敵が存在する為か、人間同士が争うことが無い。
魔法を高尚な物であるように語り、使い方にさえケチを付ける始末。
千年前、魔王と人類が争っていた時代なら、そんな苦労をすることもなかった。
「…別に俺は殺しが愉しかった訳じゃない」
冷めた表情を浮かべ、エルケーニヒは告げる。
「必要だったから、戦っただけだ。俺にも、守るべきものがあったからな」
「………はぁ」
エルケーニヒの言葉に、ヴィルヘルムは心底ガッカリしたようにため息をついた。
「おいおいおい! やめてくれよ! 夢を壊さないでくれ! お前は魔王だろう? そのアンタが守る為に戦ったなんて、人間みたいなことを言うのはやめてくれ!」
ガリガリと頭を掻き毟りながらヴィルヘルムは叫ぶ。
どこかシンパシーを感じていた魔王が、そんなことを言うなんて信じられない。
人間だったと言うのか。
残虐非道、ヴィルヘルムを遥かに超える人間を殺した魔王であっても、人の心を持つと言うのか。
…ヴィルヘルムとは違って。
「…俺の時代にも、お前のような奴は居た。傷付ける形でしか世界と交われない破綻者。お前は悪ですらない。善悪問わず、触れる者を全て壊す破壊者だ」
「…悪ですらない、か。言ってくれるじゃねーの」
ヴィルヘルムの口元が吊り上がる。
エルケーニヒの指摘は尤もだ。
ヴィルヘルムにとって他人とは、ただ壊すだけの対象でしかない。
誰にも交わることは出来ない。
「じゃあ、手始めに! お前を破壊してやるとしようかァ!」




