第七十八話
「…倒した」
ぽつり、とエリーゼは呟く。
ナターリエの身体が崩れ去ると同時に、ナターリエが生み出した狼達も砂の山となった。
手の中の黒剣を消し、エリーゼは自身の手を見つめた。
「………」
(あまり、後味の良い勝利じゃなかったけど…)
魔女の記憶を見るのはコレで二度目だ。
怪物と恐れられる彼女達にも、人として生まれ育った過去がある。
魔女に成り果てるだけの理由があった。
「………」
魔女は悪だ。
己の欲望のままに行動し、人間を虐殺する怪物だ。
それは決して間違いでは無いのだが、彼女達も苦しみを抱いていた。
ドロテーアも、ナターリエも、殺された家族を想い、それを取り戻そうとしていた。
(…他の魔女も、そうなのかな)
他の魔女にも、取り戻したい誰かが居るのだろうか。
例え悪魔に魂を売ってでも、蘇らせたい誰かが。
「…エルケー?」
ふと視線を向けると、エルケーニヒが何やらぼんやりと砂の山に目を向けていた。
「うん? 何だ、エリーゼ」
「いや、エルケーこそどうしたの? 何か気になることでも?」
「そうだな…少し、気になる」
そう言ってエルケーニヒは砂の一部を手に取り、握り締めた。
「このマナの感触…まさか、魔女の正体は……だとすれば、俺が蘇ったことにも説明が…」
ブツブツと一人呟きながらエルケーニヒは考え込む。
手を握ったり、開いたりして砂を観察するように目を細めている。
「何か分かったの? だったら私にも…」
教えて、と言いかけたエリーゼの眼の前に突然石棺が出現した。
(コレ、は…!)
石の棺。
他者を引き摺り込み、強制的に転送する黒魔法。
「エリーゼ!」
先に反応したのはエルケーニヒだった。
またエリーゼが転送されたら、今度は追うことが出来るか分からない。
何としてもそれだけは阻止しなければならない、と石棺へ向かって走り出す。
棺が開く直前、エルケーニヒの手が間一髪で間に合った。
「『起爆』」
「何…!」
瞬間、石棺は強い光と共に爆発した。
爆風がエルケーニヒの身体を吹き飛ばし、エリーゼから引き離す。
身を焼かれながら地面を転がるエルケーニヒを、伸ばされた足が踏み付けた。
「よォー。また会ったな、魔王様」
「ヴィルヘルム…!」
体中の火傷に顔を顰めながらエルケーニヒはヴィルヘルムを見上げる。
そしてヴィルヘルムの腕を見て、目を見開いた。
「ん? ああ、この腕か? 親切な人にプレゼントして貰ってな」
エルケーニヒの視線に気付き、ヴィルヘルムは腕をぶらぶらと揺らす。
どうでも良さそうにしていたヴィルヘルムだったが、思い出したようにエルケーニヒを見下ろした。
「…そー言えば、俺の腕をぶった切ってくれたの、お前だったよな?」
ヴィルヘルムの眼に暗い殺意と敵意が宿る。
「ははは。ザミエルの付き添いで来たつもりだったが、俺も俺で用事が出来たわ」
「…ッ!」
「『起爆』」
再び爆発が起き、エルケーニヒの身体が光に包まれた。
「エルケー!」
「おっと…キミの相手は、ボクだよ」
エルケーニヒの下へ向かおうとしたエリーゼの前に、ザミエルが姿を現す。
他者を馬鹿にするような笑みを浮かべながら、エリーゼの顔を見つめる。
「困る、困るよ。ドロテーアに続き、ナターリエまで殺しちゃうなんてさ!……キミには必ず魔女になって貰わないといけないね」
「………」
「ん? どうしたの? 随分と落ち着いているね」
ザミエルは意外そうな表情で告げる。
また武器を手に向かって来るかと思えば、エリーゼは無言でザミエルを見つめていた。
その眼には警戒が浮かんでいるが、前のように怒りや憎しみに呑まれていない。
「…ドロテーアとナターリエの過去を見たわ」
「…へえ?」
「二人共、魔女と呼ばれる前は人間だった。家族を愛し、失ったことを心から悲しむ人間だった」
エリーゼはあの二人に同情した訳では無い。
理由はどうあれ、あの二人は魔女となり、多くの人間を殺した。
魔女によって両親を殺されたエリーゼにとって、それは許せないことだ。
だが、少しだけ気になってしまったのだ。
目の前に居るのはエリーゼの両親を殺した張本人だ。
残忍で狡猾な魔女。
この魔女にも取り戻したい誰かが居るのか、と。
「…貴女は、どうして魔女になったの?」
「…クスクス」
エリーゼの言葉に、ザミエルは笑みを浮かべた。
「なるほど。あの二人の過去を知って、キミはこう思った訳だ。このボクにも、魔女になってまで救いたい誰かが居るのでは? ってね」
ザミエルは愉し気に笑った。
心から可笑しそうに、憐れな勘違いを嗤うように。
「ドロテーアは元々、とある商人の一人娘だった。魔法に触れる機会も殆ど無い田舎娘。そんな娘の下に魔道協会の過激派が現れたのは、どうしてだと思う?」
「…何を言っているの?」
「滅多に人の入り込まない森で暮らしていたナターリエの下に、協会の魔道士が現れたのは、本当に偶然だったのかなぁ?」
「………まさ、か…」
「アハッ…」
ニタリ、とザミエルの口元が吊り上がる。
人間によって起きた悲劇。
二人が魔女に成り果てた原因。
それは全て、この魔女の…
「ボクが魔女になった理由? そんなの愉しいからに決まっているだろう! 悲劇を見るのが愉しい! 人の心が砕けるのが嬉しい! アハッ! あははははははは!」
「―――ッ」
違う。
その過去が、その想いが僅かでも理解できたあの二人とは、違う。
これは悪魔だ。
人間を運命を弄び、悲劇を喰らう悪魔だ。
「…よく分かった。やっぱりお前は、許せない!」
「許して欲しいなんて、言った覚えもないけどね!」
手の中に黒剣を出現させ、エリーゼは地を蹴る。
それを悪魔は、嘲るように嗤った。




