第七十五話
「………」
葉を重ねて作った緑のドレスに身を包んだ女。
植物が擬人化したような風貌の魔女、ナターリエは気怠そうに両手を村へ向けた。
「『アニマ・ルプス』」
ポコポコと地面から芽が生え、急速に成長して黒い狼となる。
緑の眼を持ち、全身には葉脈のような不気味な模様が浮かぶ化物。
マナによって生まれた疑似生命体、クリーチャーだ。
一匹や二匹ではない。
十を超える狼の群れがナターリエの足下から次々と生まれていく。
「…可愛い私の弟達、こんな風にお前達を使うのは私も心が痛むよ」
そう言ってナターリエは生まれたばかりの狼の頭を撫でた。
その顔には心からの慈愛の表情が浮かんでおり、まるで家族に向けるような穏やかな顔だった。
「…あと少しだけ、我慢して。必ず私が、元の身体に戻してあげるからね」
狼の身体を抱き締め、ナターリエは悲し気にそう呟いた。
「た、助けてくれー! 狼が…!」
「『フィールム』」
エルケーニヒの指先から伸びる糸が、狼のクリーチャーを両断する。
「このクリーチャー、見たことある!」
「あの森の魔女か…!」
植物と動物の合成のような獣。
村人を襲う狼を切り裂きながら村の中を二人は走り続ける。
「きゃああああ!」
「こっちにも…!」
ニグレドを握ったエリーゼが狼を切り伏せる。
村人の無事を確認してから、エリーゼは動かなくなった狼に目を向けた。
(…ニグレドで斬ったのに崩れない? クリーチャーは魔女の力であって、魔女自身じゃないから?)
ニグレドが持つ魔女殺しの呪いは、どうやら魔女の魔法には効果が無いようだ。
考えてみれば、ザミエルの転送も防げなかった。
魔女を殺すにはやはり、この剣で直接魔女を斬る必要があるようだ。
「狼が来るのはこっちの方向だ…! 恐らく、この先に魔女が…」
「エルケー!」
エリーゼの声にエルケーニヒは足を止めた。
探していた魔女は、隠れることなく村の入り口に佇んでいた。
むしろ、エリーゼ達が現れるのを待っていたかのように、その眼は真っ直ぐ二人へ向けられている。
「…エルケーニヒとエリーゼ、だな? お前達を、殺しに来た」
単刀直入に告げ、ナターリエは手を上げた。
それを合図にナターリエを囲む狼達が唸り声を上げる。
「…覚えているな、エリーゼ。奴は緑魔道士で、クリーチャー使いだ」
「分かってる」
緑魔法は生命を創造する魔法。
そして生み出される生物は、術者の力量次第でどこまでも強くなる。
「行け!」
「前の時と一緒だと思うなよ、森の魔女!」
一斉に襲い掛かる狼達を前に、エルケーニヒは手を振るう。
前の時は封印のせいで戦えなかったが、今回は戦える。
「『フィールム・インテルフィケレ』」
十本の指から無数の糸が放たれる。
伸び続ける黒い糸は網のように狼達を包み込み、その全身をバラバラに切り裂いた。
「エリーゼ!」
「『ニグレド』」
言葉と共にエリーゼの握る黒剣が揺らめく。
コレは形を持った呪い。
魔女を呪い殺す腐毒の刃。
「『ルプス・コルヌ』」
その呪いを警戒したのか、ナターリエは片手をエリーゼへ向けた。
ナターリエの背後に狼の首が出現し、獰猛に牙を剥いて射出される。
「『シュタルカー・ヴィント』」
エリーゼは両手で剣を握り、それを勢いよく振り下ろす。
それに切り裂かれた風が刃となり、放たれた狼の首を両断した。
「チッ…」
舌打ちをしながらナターリエは後退る。
新たに生み出した狼を前に向かわせながら、エリーゼから距離を取ろうとしていた。
「『フィールム・リガートゥル』」
瞬間、後ろに下げた足に見えない程に細い糸が絡み付いた。
「そう来ると思ったぞ。近付かれたら距離を取ろうとするのは緑魔道士の常套だからな!」
足に絡んだ糸はナターリエの全身を拘束し、その動きを完全に封じる。
全身を締め上げる糸に、ナターリエの顔に怒りが浮かぶ。
「…これで私を捕らえたつもりか?」
「な…」
ギチギチとナターリエの全身から糸が響いた。
ナターリエの力に糸が悲鳴を上げているのだ。
(コイツ…前も思ったが、どう言うことだ? クリーチャー頼みで本体は弱い筈の緑魔道士が、どうしてここまでの力を…!)
これも魔女としての力なのだろうか。
強力な魔法に限らず、再生能力や不老の肉体と同様に、魔女に備わった力なのか。
もう糸の殆どが千切れており、拘束が解けるのも時間の問題だった。
「…エリーゼ! 今だ!」
だが、それで十分だった。
あと十秒もあれば糸が完全に千切れ飛ぶだろう。
それでもあと十秒はナターリエは自由に動けない。
それだけあれば、十分だ。
「『ヴィントシュトース』」
地を蹴り、エリーゼは渾身の突きを放つ。
「…ッ」
魔女殺しの呪いを帯びた黒剣は、狙いを外すことなく、ナターリエの心臓を貫いた。




