第七十三話
「あああああああー!? 逃げられた! 逃げられた! 逃げられたぁー!」
エルケーニヒ達が石棺の中に消えた後、ザミエルは頭を掻き毟りながら叫ぶ。
子供のように地団太を踏み、悔し気にヒステリックな声を上げている。
「マルガ! ボク、アイツらを追い掛けるから! また棺をお願い!」
「………」
「…マルガ?」
返事が聞こえないことに首を傾げ、ザミエルはマルガへ視線を向けた。
マルガはいつもと変わらない無表情で、エルケーニヒ達が消えた方向を眺めている。
「…ああ。何だ?」
ザミエルから向けられる視線にようやく気付いたのか、マルガはそう呟いた。
どこかぼんやりとした態度にザミエルは訝し気な顔を浮かべる。
付き合いは長いが、こんなマルガは初めて見た。
「だからボク、アイツらを追うって! マギサへ転送してまたエリーゼを捕まえるから! マルガには棺の用意をお願いって!」
「…いや、奴らはマギサに居ないようだ」
何かを調べるように瞼を閉じたマルガは、静かに告げた。
魔女として劣るザミエルには分からなかったが、何らかの魔法でマギサの様子を見ているのだろう。
「私の魔法が割り込んだ影響で、不完全な形で魔法が発動したようだ。今頃、大陸のどこかに放り出されているだろう」
「そ、それじゃあ困るよ! ボクの魔法はボクが知っている場所にしか行けないのに!」
「…私が調べよう。奴が使用したのは私の魔法だ」
そう言ってマルガは杖を軽く振るった。
すると、空間に大陸の地図が出現し、それに幾つかの点が浮かび上がる。
「魔法『ラピス・オスティウム』は私が予め『印』を刻んだ地点にしか転送できない。奴が転送したのはこのどれかだろう」
ザミエルの転送魔法に比べて制限が多いと言っていたのはこう言うことだった。
ある程度の融通が利くザミエルの魔法と違って、実際にその足で行って準備が必要である為、非常に使い勝手が悪い。
今回はそれが良い方向に働いたが。
「それとザミエル、一人では行くな。シャルロッテかナターリエを連れていけ」
「何で? ボク一人ではまたエリーゼを取り逃がすと?」
「…エリーゼの方はどうでもいいが」
魔法で探知を行いながらマルガは呟く。
「エルケーニヒは確実に殺しておけ。あの男が生きていては、計画の邪魔になる」
「間一髪…いや、ギリギリアウトかもな」
大陸のどこか。
見覚えのない荒野に放り出されたエルケーニヒはそう呟いた。
その左腕には石の矢が刺さっており、既に肩まで石化していた。
「…ふんッ」
「エルケー!?」
エリーゼが悲鳴を上げる。
エルケーニヒは石化した自身の肩を掴むと、無理やり引き千切ったのだ。
「な、何をしているの!?」
「石化が全身に広がる前に切断しただけだ。気にするな、すぐに治る」
体内のマナを操作して傷を塞ぎながらエルケーニヒは言った。
多少マナを消耗するが、すぐに新しい腕を生やせる。
それよりもエルケーニヒは切り離した腕の方に興味を向けた。
(…石化の魔法か)
コレは魔法と言うよりも呪いに近い。
マナを使って肉体を再生できるエルケーニヒにとっては、普通の魔法よりもこの呪いの方が厄介だ。
まさかあの魔女はエルケーニヒの性質を見抜いた上で、この魔法を使ったのだろうか。
(黒魔法、だが。他のマナも混ざっているな。この魔法は俺には使えない)
石化した腕を解析しながらエルケーニヒは息を吐く。
強力な魔法だ。
肉体のみならず、マナも死んだように停止している。
一度全身が石化すれば、エルケーニヒでも自我を保つことは難しいだろう。
(よく見えなかったが、あの魔女…他の魔女とは格が違うな)
もしかすると、全盛期の自分ですら勝てないかもしれない。
そんなことを思わず考えてしまう程、強力な魔法とマナだった。
あの魔女は、一体何者だ。
「…まあ、考えるのは後だ。まずは今いる場所を調べよう」
「さっきの石棺の魔法でマギサには戻れないの?」
「アレはあの魔女の魔法を解析して乗っ取っただけだ。直前に使用したマナを辿って発動させたが、次も上手く行くとは思えん」
「…えーと、つまり出来ないってこと?」
魔法に関してまるで知識のないエリーゼは説明が分からず、首を傾げた。
それにエルケーニヒは深い息を吐く。
「簡単に言えば、発動は出来るが、どこに転送されるか分からんと言うことだ。下手すればあの魔女達の所へ逆戻りだ」
あくまで他人の魔法なので、自由に転送先を選べる程に融通は効かない。
使うとしてもそれは最終手段としておきたい。
「…分かった。とにかく街を探しましょう。そうすれば大陸のどの辺りか分かると思うから」




