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愛慾の魔女  作者: 髪槍夜昼
四章
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第七十話


「…眠れない」


自室のベッドに潜り込みながら、エリーゼは呟いた。


太陽はとっくに沈み、空には月が浮かんでいる。


部屋の隅の方から聞こえてくるエルケーニヒの寝息を聞きながら、エリーゼは顔を顰めた。


先日の悪夢のせいだ。


魔女に両親を殺された時の夢を見たせいで、中々眠ることが出来ない。


「………」


自分はこんなに弱気な人間だっただろうか、とエリーゼは自問する。


両親を失い、アンネリーゼに拾われ、周囲から蔑まれながら生きていたあの頃は、悪夢が怖くて眠れないことなど一度も無かった。


エルケーニヒと言う協力者を得て、ゲルダと友達になり、段々と傍に居る人間が増えていった。


それによってエリーゼの心を強くなったが、同時に弱くもなったようだ。


「………」


少し気分転換に散歩でもしよう。


そう考えたエリーゼは音を立てずに外へ出ていった。








「星が綺麗…」


空を見上げながらエリーゼは一人呟く。


思えば、夜の散歩なんて何年ぶりだろうか。


まだ両親と暮らしていた頃は、よく散歩していたような気がする。


娯楽の少ないあの家では、自然くらいしか愉しみが無かった。


あの頃はそれが退屈で仕方なかったが、今思えば何よりも幸福な時間だった。


本当に大切な物は、失ってから気付くと言う物だろう。


「…魔女、か」


あの悪夢を見たせいか、最近は両親を殺した魔女のことばかり考える。


今までも決して忘れていた訳では無いが、仇の魔女を含む全ての魔女と黒魔道士を憎んでいた為、それを特に意識することは無かった。


アガーテと名乗った魔女。


父に母を殺させ、その父も自滅に追い込んだ残忍な魔女。


人の悲劇を何よりも好む悪魔のような女。


エリーゼはあの魔女をずっと…


「夜の一人歩きは危険だよ?」


その時、エリーゼの背後から声が聞こえた。


ぐにゃり、と声の方向から空間が歪む。


歪んだ景色から染み出るように、女が現れる。


「怖い魔女に出会ったら、そのまま食べられちゃうかもしれないよ?」


「…は…は…ッ」


無意識の内にエリーゼの呼吸が早くなる。


知っている。


エリーゼはその女を知っていた。


道化染みた風貌ではなく、その全てを嘲るような笑みを。


「久しぶりだね、エリーゼ。ボクのこと、覚えてるかなぁ?」


「アガーテ…!」


瞬間、エリーゼは剣を抜こうと自身の腰に手を当てた。


しかし、その手は空を切る。


「ッ!」


(しまった。剣はヴィルヘルムに…!)


エリーゼの顔が歪む。


ヴィルヘルムとの戦いでエリーゼは剣を爆破され、失っていた。


代わりの剣はまだ用意できていなかったのだ。


こんな時に、とエリーゼは歯を食い縛る。


「アハッ! 何そのパントマイム? 笑えるね!」


「…ッ」


「あ、それとボクの本当の名前はザミエル。アガーテは偽名なんだ」


友人に向けるような笑みを浮かべながらザミエルは言った。


エリーゼは警戒した目でザミエルを睨む。


「そんな目で見ないでよ。約束を果たしにきただけじゃないか」


「…約束?」


「キミを魔女にしてあげる」


何でも無いことのようにザミエルは告げた。


「ドロテーアが死んじゃって魔女が一人足りないんだよね。ヴィルヘルムはよくやってくれてるけど、男の魔女って何か変だろう? だからキミが魔女になってくれたら丁度良いんだ」


「…ふざけてるの?」


「本気も本気さ。ボク、生まれてから一度も嘘ついたこと無いんだ」


殺意と憎悪を込めて睨むエリーゼに、ザミエルは嗤う。


両親の仇である魔女の仲間になどなる筈がない。


エリーゼはザミエルに一歩近付きながら、懐に手を入れる。


「私が魔女になる理由なんて、何一つない…!」


エリーゼは懐から取り出したナイフを投擲した。


こんな物で魔女を殺せるとは思えないが、一瞬でも怯めばそれで十分だ。


右手にもう一本のナイフを握り、エリーゼは地を蹴った。


「無駄、なんだよね」


だが、投擲したナイフはザミエルの顔の前で消えた。


「いッ…!」


直後、エリーゼは肩に鋭い痛みを感じ、手にしたナイフを取り落とす。


エリーゼの右肩に、一本のナイフが突き刺さっていた。


「あんまりこう言う使い方は好きじゃないんだ。怨敵に放った弾丸は恋人の心臓に。予期せぬ悲劇を作ることこそボクの魔法の真骨頂。ボクはただ、悲劇の傍観者で居たいだけさ」


人の悲劇を嗤う悪魔が告げる。


自らの手を汚すことなく最悪の悲劇を作り出す。


それこそがザミエルがこの魔法に込めた想い。


魔女の中でも特に最悪な、この魔女の能力だった。


「えーと、どこまで話したかな? あ、そうそう。キミが魔女になる理由、だっけ?」


肩を抑えるエリーゼを見下ろしながらザミエルは言う。


「それならあるよ。キミには魔女になる資格がある」


「…何を言っているの? 私に魔法は」


エリーゼに魔法は使えない。


そんなことは幼い頃から分かっていることだ。


エリーゼには魔法を使うマナが無い。


だから魔女になることなど出来ない筈だ。


「魔法が使えない? ならどうして、キミはドロテーアを殺すことが出来たの?」


「それは…」


魔女殺しの魔法『ニグレド』


魔女を腐敗させる黒い剣。


アレは確かに黒魔法だった。


だが、


「『ニグレド』は、エルケーニヒからマナを貰ったから使うことが出来たのよ」


そう、あのマナはエルケーニヒのマナだった。


ニグレドはエリーゼ一人で使うことは出来ない。


あの魔法は、エルケーニヒのマナで使った魔法だ。


「…なら話を変えようか。キミはどうして、十年前にボクがキミの前に現れたと思う?」


「………」


ざわり、とエリーゼの中で何かが騒いだ。


何か嫌な予感がする。


「あの時、ボクがキミに握らせた石は何だと思う?」


「………」


石。


あの時のエリーゼは知らなかったが、今のエリーゼは知っている。


あの石は、魔道士の杖作りに使われる物。


マナに反応して色を変える石。


あの時、エリーゼが握った石は黒く染まってしまった。


それは、つまり…


「…嘘、だ」


「全て真実さ。キミは生まれながらの黒魔道士で、魔女になる資格を持っていた」


「そん…な…」


「そしてボクはキミを迎えに行った。丁度、あの時もワルプルギスに欠員が出ていたからね」


ニタリ、とザミエルの顔に悪意に満ちた笑みが浮かぶ。


「言い方を変えようか? キミの両親は、キミのせいで死んだのさ! キミの魔法の才能が、魔女ボクを呼び寄せてしまった!」


悪意の声が、エリーゼの心を塗り潰す。


平穏で幸せだったあの頃の記憶が、黒く染まっていく。


「退屈だったのだろう? あの長閑な日々が! 魔法に憧れていたんだよね? だからキミには黒魔法の才能が宿った!」


ザミエルは呆然とするエリーゼに手を向ける。


すると、地面から石棺が現れ、その蓋がゆっくりと開いた。


「ボクの魔法は一人用だからね。キミのことはマルガが送ってくれるよ」


ズズ…と石棺から這い出た黒い手がエリーゼを掴む。


力なくエリーゼはその棺へと引き込まれていく。


「エリーゼ!」


「おや、随分と遅かったね。英雄と同じく、魔王も遅れて登場するものなのかな?」


駆け付けたエルケーニヒにザミエルは嘲笑を浮かべる。


石棺へ吞み込まれるエリーゼへ向かって手を伸ばすが、もう遅い。


「お姫様は貰っていくよ。エリーゼは、新たな魔女となるのさ」


エルケーニヒを嗤いながら、ザミエルはエリーゼと共に姿を消したのだった。

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