第七話
(………)
先を歩くエリーゼについて行きながらエルケーニヒは考える。
大体の情報は理解してきた。
エルケーニヒが死んでから千年の間に魔道士は急増した。
魔道士は大陸中に広がることになった。
数が増えれば、自然とその中から強力な個体が生まれることになる。
それこそが『魔女』と呼ばれる存在。
かつての『魔王』のように強大な力を持った魔女は、その力を思うままに振るった。
魔女を恐れた魔道士達は魔道協会を作り上げ、それに対抗。
今では黒魔道士全てが忌み嫌われ、恐れられる存在となっている。
(魔女、か。一度は会ってみたいものだな)
人々に畏怖される存在に対し、エルケーニヒは平然とそう思った。
好奇心、何より知識欲が刺激される。
自分から死んでから千年。
魔法はどれだけ進歩したのだろうか。
どれだけの新しい魔法が生まれたのか。
エルケーニヒの知らない魔法は幾つあるのか。
かつて魔法を極めた者としては、興味が尽きることは無い。
(…我が契約者様が魔道士ならば、魔法の一つでも見せてもらう所だが)
ちらり、とエルケーニヒはエリーゼに視線を向ける。
彼女から感じるマナは全くのゼロだ。
エルケーニヒが生きた時代であっても、マナが欠片も見えない人間など珍しかった。
魔道士が増大したと言う今の時代では尚更だろう。
(俺の眼で見てもマナがゼロだな。素質ゼロ。ネズミの方がマシなくらいだ)
「…さっきから、何か不快な視線を感じるのだけど)
ずっと見ていたことに気付いたのか、エリーゼは振り返った。
「俺の熱烈な視線に気付いた? 気付いちゃったか? いやー、エリーゼってば後ろ姿も美人だねェ」
「…死神みたいな存在にそんなこと言われてもね」
呆れたようにエリーゼは息を吐く。
「死神とは酷いな! だがまあ、確かにこの格好は相応しくないな」
エルケーニヒは自身の恰好を見下ろす。
身に纏うのはボロボロの黒いローブ。
身に着けているアクセサリーと言えば、朽ちた王冠と錆びた指輪など。
死神云々の前に、街中には相応しくない格好だ。
「パチン、とな」
そう呟きながらエルケーニヒは指を鳴らす。
すると、その姿が一瞬、黒い煙に包まれ、それが晴れると格好が変わっていた。
ボロボロのローブの代わりに骨の身体を包むのは、高級感のあるタキシード。
朽ちた王冠の代わりに頭蓋骨の上に乗せられたのは、清潔感のあるシルクハット。
「こんな感じでどうだい? 当世風の恰好をイメージしてみた」
「………」
エリーゼは言葉に困った。
紳士然とした恰好に変わったが、体は骸骨のままなので不気味さは変わらない。
むしろ、胡散臭さは増したようだ。
死神から悪魔にシフトしたような感じだ。
「どうせなら髭も生やしてナイスミドル感を出したかった所だが、無い物ねだりと言うやつだろう。今の俺は髭どころか髪すら無いからな。おっと勘違いするなよ。生前からこうだった訳じゃない。俺が完璧な魔王だった時には当然…」
「エリーゼさん?」
長々と続いていたエルケーニヒの無駄話は、突然聞こえた少女の声で遮られた。
「久しぶりじゃないですか! 前に会ったのは、確か一年前でしたよね?」
そう言って可愛らしく小首を傾げたのは、十六歳くらいの少女だった。
青地に白い水玉模様が描かれたワンピースを纏った少女。
髪の色は澄んだ海のような青色で、肩の辺りで切り揃えている。
腰にはタクトのように小さな杖を下げていた。
清楚な雰囲気を持ち、杖を持っていなければどこかの貴族令嬢のように見える少女だった。
「全然連絡取れなくて心配していたんですよ。今までどうしていたんですか?」
「おい、誰だコイツ。俺の話を遮った上に、俺を無視するとか魔王的に許せんぞ。絶対許せん」
急に割り込まれたエルケーニヒは、苛立ったように少女の前に立つ。
しかし、少女はエルケーニヒが見えていないようにエリーゼだけを見ていた。
「馬鹿! 貴方、私以外には見えないんでしょう!」
「…そう言えばそうだった。無視されたのが人生初めての経験だったので、ついうっかり」
ポリポリと骨の頭を掻きながらエルケーニヒは呑気に言う。
「…? エリーゼさん、何か言いましたか?」
「何でも無いわ、ゲルダ。ちょっと虫がいただけ」
出来るだけエルケーニヒを視界に入れないようにしながら、エリーゼはゲルダに言った。
その言葉にエルケーニヒは僅かに肩を動かす。
「魔王を虫扱いとは怖い物知らずだな、エリーゼ」
「虫?…いや、それよりエリーゼさん。一年前のことなんですけど」
「まてよ。まさか無視と虫を掛けた高度なジョークだったのか?」
「その、エリーゼさんは本当に魔道協会から…」
「ジョーク相手に本気で怒るのは大人げない。空気が読めないのはいけない。魔王としての沽券に…」
「あー! もう、うるさいわ! さっきから!」
長々と喋り続けるエルケーニヒに激怒し、エリーゼは叫んだ。
少しは黙ると言うことが出来ないのだろうか、この魔王は。
しかもその声はゲルダには聞こえないので同時に喋る為、やかましくて仕方ない。
「ええ!? わ、私、そんなにうるさかったですか?」
「…ごめん、ゲルダ。詳しくは言えないんだけど、私ちょっと悪霊に憑り付かれているの」
「悪霊に!?」
「虫の次は悪霊か………ふむ、悪くはないな」
驚愕するゲルダの隣で、満更でもなさそうに頷く悪霊エルケーニヒ。
カオスだった。
「そ、それでしたら、教区長様に祓ってもらったらどうでしょう?」
混乱しながらもゲルダは本気で困っていそうなエリーゼに告げる。
その言葉を受け、エリーゼは静かに頷いた。
「…そうね、そうした方が良いかも」
「教区長?」
「だったら一緒に行きましょう。私も、一度本部に顔を出す予定でしたから」
首を傾げるエルケーニヒを余所に、二人は歩き出す。
行き先は、この都市の中心。
魔道協会の本部だった。




