第六十九話
「キヒヒッ! はははははは! サイコーだな!」
燃え盛る街を前にヴィルヘルムは嗤った。
新たな腕を振るう度に爆発が起き、命が散っていく。
「う、おおおおおお!」
積み重ねられた死体の中から男が飛び出す。
決死の覚悟で杖を握り、魔法を放った。
死力を尽くし、己のマナを全て注ぎ込んだ一撃。
「あはァ」
だが、想いだけでは超えられない壁と言う物が存在する。
ヴィルヘルムは男の放った魔法を余裕で躱し、男の顔面を掴む。
「ぐ、が…! は、離せ…!」
「なあ、俺の魔法は触れた物に爆弾を寄生させる魔法だ。人間に触れれば、相手を体内から爆破できる。お前、この魔法についてどー思う?」
ミシミシと男の顔から骨が軋む音が聞こえた。
苦悶の声を上げる男を眺めながらヴィルヘルムは呟く。
「残酷だと思うか? 非人間的だと思うか? どうせならもっと穏便にやれと思うか?」
「が、ああ…!」
「どうせ殺すのだから一緒じゃないか。殺していい相手を、俺の好きに殺して何が悪い? 俺はこれでもお前達に合わせよーとしていたんだぜ?」
目の前の男ではなく、どこか遠くを見るような目でヴィルヘルムは告げる。
「常識。道徳。窮屈なんだよ、お前達の法は。生き辛いんだよ、お前達の世界は」
足音が聞こえた。
複数の男達の足音だ。
何かを叫びながら、ヴィルヘルムへ向かって走ってくる。
ヴィルヘルムに捕まった仲間を助ける為に。
「だから俺はもう、偽るのはやめた」
片手で男の身体を持ち上げ、ヴィルヘルムはそれを投擲する。
それを見た男達は慌てて仲間の身体を受け止めた。
「起爆」
瞬間、男の身体が爆ぜた。
その爆発は仲間の男達を巻き込み、血煙となって吹き荒れる。
「…ああ、コレだよ。コレこそが俺様の真実だ!」
飛び散る肉塊。砕け散る人骨。
このグロテスクな光景こそ、ヴィルヘルムの幸福。
誰にも共感されることの無い幸福だ。
「やっぱり、キミは最高だね」
その背後から愉悦に滲んだ声が聞こえた。
「今のは良かったよ! 仲間を救いに来た相手に、その仲間を爆弾に変えて返すなんてさ! 死ぬ瞬間の顔見た? 最高に笑えたよ!」
ザミエルは本当に愉しそうに嗤った。
「…は」
ヴィルヘルムの口元に皮肉気な笑みが浮かぶ。
誰にも受け入れられることはないと思っていた己の本性が、まさか魔女に受け入れられるとは。
何と皮肉な話か。
結局の所、ヴィルヘルムは最初から人間では無かったと言うことだ。
「キミも人の不幸とか悲劇とか好きなタイプ? だったら嬉しいな! ナターリエもシャルロッテもそう言う話はしてくれなくてね。マルガはいつも無表情だし、話が合う魔女が居ないんだよ!」
「…少し違うな。俺は人間の血や骨が好きなだけだ。殺しが好きなだけで、他人の不幸や悲劇にはあまり興味が無い」
「あ、そうなの? まあまあ、それでもいいや。キミが殺しをすれば、結果的に不幸な人間が増えるし、ボクはそれで満足です!」
世間話でもするような気安さで、ザミエルは残忍極まりないことを口にする。
とは言え、ヴィルヘルムにシンパシーと言うか、友好的な感情を抱いているのは本当らしく、ニコニコと笑みを浮かべながらヴィルヘルムの肩に手を置く。
「それで、もう新しい腕の調子は確かめられたかな?」
「ああ、そーだな。前の腕より調子が良いくらいだ」
「マルガの魔法だからねー」
「………」
ザミエルの言葉にヴィルヘルムは少し考え込む。
思い浮かべるのはワルプルギスの支配者。
ヴィルヘルムの魔法ですら傷一つ負わなかった伝説の魔女。
「こうして人間を殺すことが、あの魔女の計画の役に立つのか?」
「多分ね。マルガがボク達に命じたのは悲劇を起こすこと。多くの人間を殺すこと。それだけだよ」
「…ワルプルギスの目的は『死者の蘇生』だろう? それと何の関係が?」
「詳しいことはボクも分からないよ」
ひらひらと手を振りながらザミエルは舌を出す。
「お前、それでもマルガレーテに次ぐ古参か?」
「ボクとマルガは昔からこうだよ。ボクはマルガの最終目標よりも、その過程に興味があるだけ」
無垢な少女のような笑みを浮かべてザミエルは告げる。
「ただ人の悲劇が見たいだけさ。キミも似たようなものだろう?」
「は。それもそうだな!」
ニタリ、と笑みを浮かべてヴィルヘルムも頷いた。
崇高な目的などどうでもいい。
それが善か悪かも、実現可能か不可能かも興味ない。
己の愉しみさえ邪魔されなければそれで十分だ。
「そう言う訳で、もう一仕事行こうか」




