第六十七話
「最近、エリーゼとエルケーニヒの仲が良すぎる気がするんです」
「はい?」
深刻そうに告げるアンネリーゼの言葉に、教区長室に呼び出されたエルフリーデは首を傾げた。
「私が眠っている間に何かあったのでしょうか? エリーゼがあの男を見る目が、何と言うか、好意的な物に変わっているような気がするんです」
呆気に取られるエルフリーデには気付かず、アンネリーゼは言葉を続ける。
元々エリーゼは過去の経験から黒魔道士が大嫌いだ。
ある程度は改善されたとは言え、それでもエルケーニヒには僅かな壁を作っていた。
敵意や憎悪ではない。
幼き日の恐怖心から、完全に心を許すことを恐れていたのだ。
だが、
「距離が、近いんですよ。あの子は元々、少々男勝りと言うか、性差を気にしない所がありましたが、アレは近すぎです…!」
わなわなと震えながらアンネリーゼは言う。
「…ええと、それは良いことなのでは?」
珍しく非常に困った顔をしながらエルフリーデは言った。
アンネリーゼが何を言っているのか殆ど分からない。
普段ならこんな訳の分からない相手など無視するか罵倒する所だが、エルフリーデはアンネリーゼには非常に弱かった。
頬を引き攣らせながら率直な意見を言うエルフリーデに、アンネリーゼは眉を吊り上げた。
「良い筈がありますか! 嫁入り前の娘が、男性にみだりに触れるのはよくありません! アンネリーゼは許しませんよ!」
「そ、そうですか…」
さっきから何を怒っているのかと思えば、要は親バカだった。
義理の娘でも、いや義理の娘だからこそ、アンネリーゼはエリーゼに過保護になっているようだ。
大切に育ててきた一人娘がエルケーニヒと親密になるのが許せないらしい。
「………」
エルフリーデは微妙な表情でアンネリーゼを見る。
何だろう、この気持ちは。
憧れのヒーローが何も無い所で派手に転ぶ姿を見た時のような…
エルフリーデはアンネリーゼに母性を求めていたが、こんな母性は見たくなかった。
「と言う訳で、フリーデ。あなたを呼んだのは他でもありません」
「………」
何だかエルフリーデは嫌な予感がした。
しかし、敬愛するアンネリーゼの頼みを断ると言う選択肢はない。
「私はエルケーニヒの方を調べますので、あなたはエリーゼにそれとなく彼をどう思っているのか聞いてきてくれませんか?」
「と言う訳だから。アンタ、あの男のことをどう思っているか教えなさい」
その一時間後、エリーゼを発見したエルフリーデは率直に告げた。
エルフリーデの脳裏にそれとなく、と言う言葉は既に無かった。
アンネリーゼの願いを果たすのは当然だが、それはそれとしてこんな下らないことにこれ以上付き合ってられなかった。
「私が? エルケーのことを?」
「あの骨のことを男として好きなの?」
「今のエルケーは骨じゃないけどね…」
エリーゼは苦笑しながら呟く。
「エルケーのことは好きだけど、男女のそれじゃない…と思う」
やや気恥ずかしそうに頬を掻きながらエリーゼは言う。
その反応にエルフリーデは眉を動かした。
「ハッキリしないわね」
「そう言う経験ないから、よく分からない。エルフリーデはあるの?」
「私があると思うの?」
「…思わない」
何故か胸を張りながら告げるエルフリーデに、エリーゼは呟いた。
少しは照れるかと思えば、顔色一つ変えていない。
どうして恋愛経験が一切ないことをここまで堂々と断言できるのだろう。
このメンタルの強さだけは見習うべきかもしれない。
「よく分からないけど、愛ってのはきっと…」
ふとエリーゼはエルケーニヒの顔を思い出す。
白き聖女のことを語っていた時のエルケーニヒの顔。
彼女を遠回しに救おうとして、拒絶されたことを悔いていた顔。
アレがきっと、愛なのだろう。
「率直に言って、ガキには興味が無い」
同じ頃、アンネリーゼに絡まれていたエルケーニヒは仏頂面で告げる。
「本当の本当に? 愛人が百人いた程の女好きなのに?」
「…アレは冗談だと言っただろう。こう見えて俺は一途だ」
呆れたような顔をしながらエルケーニヒは言った。
魔王が一途など、笑い話にもならないが、色狂いと思われるよりはマシだ。
「お母さんは彼氏が魔王なんて許しませんからね!」
「何だそのキャラ。前から思ってたが、お前ってエリーゼとの距離の測り方ヘタクソすぎるだろう」
「どうしてもと言うのならあの子を一生守ると誓いなさい!」
「ああ、それなら誓ってやるさ。どのみち俺とアイツは運命共同体。死なないように守ってやる」
ニヤリと悪童のような笑みを浮かべてエルケーニヒは言う。
「ついでに言うと仇の魔女を殺した後にアイツの全てを貰う契約になってるしな」
「な、何ですって!? 聞いてませんよ!」
「言ってないからな」
怒り狂うアンネリーゼを馬鹿にするようにエルケーニヒは声を上げて笑った。




