第六十一話
「赤魔法と青魔法の相性が悪ィことは知っているよな?」
魔石が埋め込まれた両手を広げ、ヴィルヘルムは言う。
「赤いマナを宿す人間は青いマナを宿さない。利き腕みてーなもんだ。どちらかに適性があれば、どちらかの適性が無い」
白魔法と黒魔法が両立できない理由と同じだ。
赤いマナと青いマナは反発し合う為、一人の人間の身体に収まることは無い。
「だがまあ、例外ってのはあるもので、俺は生まれつき赤と青の両方のマナを宿していた」
「………」
「俺は生まれつき異端だったのさ。肉体も精神も」
赤と青のマナを宿すと言う常人とは異なる稀有な才能。
それと同様に、ヴィルヘルムの心も常人とは異なる形をしていた。
「異端ってやつさ。こんな形で生まれたくなんて無かった。そうさ、出来ることなら俺だってまともに生きたかった…!」
「戯言はやめろ」
「…何だ。少しは同情してくれてもいいじゃねーか」
嘘臭い演技をやめてヴィルヘルムは笑みを浮かべる。
「これでも苦労したんだぜ? 俺はまともじゃねーからな。周りの人間の語る常識だの道徳だのがまるで分からん。話を合わせるのに苦労したぜ」
ヴィルヘルムは生まれながらの破綻者だ。
何か傷や悲劇があって狂ったのではない。
何かのきっかけで心を失ったのではなく、元からそんな物を持たずに生まれてきたのだ。
「まあ、正直な話。俺は自分を不幸だなんて思ったことはねーんだ。少しばかり他と違う形で生まれては来たが、俺は俺の幸福がなんなのか理解しているし、自分がどうすれば幸せになれるのか分かっている」
ヴィルヘルムは姿勢を低くし、両手を地面についた。
獣のように四本足になり、地面を掴むように四肢に力を込める。
「ただ殺せればそれでいい。爆散する血肉が! 焼け焦げる骨が! 見てーだけなんだよォー!」
ドン、と足下を砕きながらヴィルヘルムは四本足で駆け出す。
今までの騎士然とした剣術とはまるで異なる動きだった。
動物のように野性的な動きで、エルケーニヒへと襲い掛かる。
「『フィールム…」
迎え撃つべく、エルケーニヒは指先から糸を生み出す。
だが、呪文が完成するより先に、ヴィルヘルムの手から光る何かが放たれた。
「チッ…!」
顔に向けて放たれたそれをエルケーニヒは咄嗟に右手で弾き落とす。
地面に落ち、軽い音を立てるそれは、一枚の金貨だった。
「…イムプルスス」
瞬間、金貨は光と熱を放って起爆した。
爆熱から顔を庇いながらエルケーニヒは舌打ちをする。
(既に爆弾に変えていたか。金貨一枚で、この威力…)
どうやら爆弾の威力に物体の大きさは関係ないようだ。
ヴィルヘルムが物体に込めたマナが爆弾の燃料となっているのだろう。
そして、
(またイムプルスス、と言ったな)
エルケーニヒはその言葉を聞き逃さなかった。
最初に地面を爆破した時も、エリーゼの剣を爆破した時も、同じ単語を呟いていた。
ヴィルヘルムの魔法は触れた物を爆弾に作り変える魔法だが、それだけでは爆発しない。
起爆方法は任意。
ヴィルヘルムが『イムプルスス』と口にすることが起爆の合図だ。
「ヒハハハ!」
笑いながらヴィルヘルムは両手で地面に触れる。
「イムプルスス!」
「ッ…!」
エルケーニヒの立っている地面が爆破された。
マナが十分でなかったのか、最初に比べれば威力は低いが、それでも体勢が崩れる。
「ぐ…ッ!」
肩に痛みを感じ、エルケーニヒの顔が歪む。
その隙を突くように投擲されたナイフがエルケーニヒの左肩に突き刺さっていた。
「こんなのは、どうだ?」
ヴィルヘルムは懐から小袋を取り出す。
その中には、何十枚もの金貨が入っていた。
(マズイ…!)
ヴィルヘルムが投擲するよりも先に、エルケーニヒは右手を振るう。
「『フィールム・インテルフィケレ』」
指先から放たれた鋭利な黒い糸が小袋を断ち切る。
切り刻まれた金貨の欠片がヴィルヘルムの足下に転がった。
「イヒッ…! 起爆!」
「な…」
瞬間、エルケーニヒの左腕が爆炎に包まれた。
地面に散った金貨ではなく、エルケーニヒの左肩に刺さっていたナイフが爆発したのだ。
肩が爆破され、エルケーニヒの左腕が千切れ飛ぶ。
「ハハッ! ヒハハハハハハ! 金貨はブラフだよ! 本命はナイフの方さ!」
嗤いながらヴィルヘルムは地に転がったエルケーニヒの左腕を拾い上げる。
爆熱で焼け焦げた腕を玩具のように振り回し、残忍な笑みを浮かべた。
「魔王の腕って言っても、人間と変わらねーな。少しガッカリだぜ。はははははは!」
「………」
エルケーニヒは失った左腕を再生させながらヴィルヘルムを睨む。
触れた物を爆弾に作り変える魔法。
どんな物でも爆弾に変えることができ、それは爆発するまで見た目で判断することは出来ない。
想像以上に厄介だ。
見えない爆弾を操るこの男を相手に、どう戦えばいい。




