第六話
魔道都市マギサは大陸の中心に位置する大都市だ。
魔道協会の本部もこの街に存在し、多くの魔道士がここで生活している。
それは街の風景にも表れている。
大通りに並ぶ野菜や果物は魔法で鮮度を保たれており、無邪気に走り回る子供達さえ小さな魔法を使って遊んでいる。
「…コレはすごいな。俺の生きた時代では想像も出来ない光景だ」
エリーゼの隣を歩きながら、エルケーニヒは心底驚いたように呟く。
魔法が溢れている。
流石にエルケーニヒに並ぶ程の実力者は居ないようだが、それでも道行く人が全てマナを宿している。
「あんな子供まで魔法を? どうやってマナを制御しているんだ? この俺ですら、初めて魔法を使ったのはもっと…」
「ちょっと」
ブツブツと一人で呟き始めたエルケーニヒに、エリーゼは呆れたような表情を浮かべた。
「本当に貴方、見えていないのよね?」
エリーゼは周囲の人目を気にしながらそう訊ねる。
エルケーニヒの容姿はかなり目立つ筈だが、人々はエルケーニヒに視線を向けることすら無かった。
「家を出る前にも言っただろう。今の俺は魂のみの存在だ。どんな物体でも擦り抜けることが出来るし、その気になれば姿を見えなくすることすら可能だ」
「…私にはハッキリ見えているんだけど」
「それはお前が俺の依り代だからだ。現世に対する干渉を消すことで気配を消すことは出来るが、お前からの干渉も消してしまったら、本当に消滅してしまうだろう」
「………」
理屈はよく分からなかったが、周りから見えていないのなら問題はないだろう。
「…うっかり姿を見られたりしないでよね。黒魔法は協会で禁じられているのだから」
「うん? そうなのか?」
エリーゼの言葉にエルケーニヒは意外そうに首を傾げる。
「マナの色の種類については…私が言うまでもないでしょ?」
「ああ、勿論」
エルケーニヒは頷いた。
今の世の常識には疎いが、魔法に関する知識なら誰にも負けるつもりはない。
「赤、青、緑、白、そして黒。人間のマナはこの五色のいずれかに分けられる」
マナの色は魔法の素質を表す。
赤いマナを宿す人間は、赤魔法を得意とする。
簡単な話だ。
「…協会は四色の魔法は認めているけれど、黒いマナによる魔法の使用は全面的に禁じているの」
黒いマナによる魔法は、非人道的なものが多い。
死者の蘇生、遺体の改造、死霊の作成…など、まともな人間なら受け入れられないものばかりだ。
そのような魔法を好む魔道士は、人格的にも問題のある傾向にある。
「協会の過激派には、マナが黒いと言うだけで処刑するような人間もいるらしいわ」
マナとは生まれ持った素質である。
本人が望んで変えられるものではない。
だが、協会にはそのような素質を持ったこと自体が罪、と考える者も居るのだ。
「…当世では人間は平等になったのかと思ったが、差別ってのは無くならないものだな」
少しだけ残念そうにエルケーニヒは言った。
「しかし、それにしたってやり過ぎじゃないか? 黒魔法の素質があると言っても、その全てが危険人物とは限らないだろう?」
「…過激派も貴方には言われたくないと思うけどね」
呆れた表情を浮かべてエリーゼは言う。
危険な黒魔道士の筆頭が言うことか。
「確かにやり過ぎと非難されることも多いけど、彼らに賛同する声も少なくないのよ」
「と言うと?」
「…黒魔道士は、それだけ人々から恐れられているの」
ただ素質がある、と言うだけで処刑するべきと考える程に。
僅かな可能性でも根絶やしにするべきと恐れる程に。
「危険かどうかはともかく、そんなに強そうには見えなかったが…」
エルケーニヒは昨夜の邪教団を思い出しながら呟いた。
教団の司祭はエリーゼを倒す実力を持っていたが、それでも脅威には感じられなかった。
「違うわ。昨日の野良魔道士のことじゃない」
首を振ってエリーゼはエルケーニヒを見上げる。
「何百年も前からこの大陸で暴れている強大な黒魔道士がいるの」
「ほう?」
興味を持ったようにエルケーニヒは呟く。
自分が生きていた頃に、自分以外に有名な黒魔道士は居なかった為、恐らくは死後に現れたのだろうと予測する。
自分が死んでいる間に現れた強大な黒魔道士、と言う言葉に非常に好奇心を刺激されていた。
「『魔女』…その女は、そう呼ばれているわ」




