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愛慾の魔女  作者: 髪槍夜昼
三章
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第五十九話


「『ダエモン・ブラキウム』」


エルケーニヒの背後の空間から巨大な腕が出現する。


死人のように青褪めた腕は魂まで凍えるような冷気を纏いながら、ヴィルヘルムへと伸びる。


「『イーラ・グラディウス』」


それに対し、ヴィルヘルムは銀十字の杖に炎を纏わせて対峙した。


死者の腕を真正面から切り伏せ、焼き尽くす。


「何だと…!」


「終わりだ。魔王」


勢いは止まらず、ヴィルヘルムはそのままエルケーニヒへ迫る。


多少のダメージではすぐに再生することは分かっていた。


杖に注ぎ込むマナを増やし、火力を上昇させる。


その魂まで焼き尽くす為に。


「………残念。俺の勝ちだ」


「…何」


その時、ヴィルヘルムの握る銀十字の杖が音を立てて砕け散った。


勝ち誇るような笑みを浮かべるエルケーニヒを見て、ヴィルヘルムは目を見開く。


「…コレが、狙いだったのか」


マナの消耗も考えずに強力な魔法を連発したことも。


杖に負担が掛かる魔法を何度も使うように誘導されたことも。


全てはこちらの杖を壊す為に。


「当世の魔道士は杖を無ければ魔法が使えない。杖無しで魔法が使える俺にとって、これは大きなアドバンテージだったからな。狙わせてもらったぞ」


「………」


柄だけになった杖をヴィルヘルムは無言で握り締める。


杖を失ったヴィルヘルムはもう魔法が使えない。


それに対し、エルケーニヒは杖を持たずとも魔法が使える。


勝敗が決した瞬間だった。


奇しくもハインリヒと同じ方法で、ヴィルヘルムは敗北したのだ。


「………」


ヴィルヘルムは砕けた杖を捨て、右手に付けた白い手袋を握る。


その時だった。


『私はアンネリーゼ。たった今、復帰しました』


ヴィルヘルムの通信機から声が響いた。


『教区長の名の下に告げます。シャルフリヒターは杖を捨て、投降しなさい』


「…はは。あの若作り、随分と早い起床だったな」


エルケーニヒはニヤリと悪童のような笑みを浮かべた。


言葉とは裏腹に、アンネリーゼの復活を喜んでいるようだった。


「…ここまで、か」


通信機から声が聞こえると言うことは、ハインリヒはもう倒されたのだろう。


半ばハインリヒの私兵と化しているとは言え、魔女狩り隊も魔道協会に所属する部隊だ。


アンネリーゼの命令に逆らうことは出来なかった。








「ありがとう。ブルハを守ることが出来たのは皆さんのお陰です」


戦いが終わった後、イレーネは集まったエリーゼ達に頭を下げた。


「やめて下さい。元はと言えば、全部私が…」


「ま、まあまあ、それはもう良いじゃないですか!」


少し暗い表情を浮かべたエリーゼの言葉を遮りながら、ゲルダが大きな声を出す。


「誰も怪我しませんでしたし、それにアンネリーゼさんも無事に目を覚まして…」


「そうね! それは本当に良いことだわ!」


ゲルダの言葉に今まで黙っていたエルフリーデが叫んだ。


珍しく上機嫌で満面の笑みを浮かべている。


「ところでもう私はマギサに戻っていいかしら? 早くアンネリーゼさんに挨拶したいのだけど!」


「そ、そうですね。ありがとうございました」


「『ドラコー・インウォカーティオー』」


挨拶もそこそこにエルフリーデは杖を振るって、巨大な炎のドラゴンを生み出す。


その大きな背中に飛び乗ると、振り返りもせずに飛んでいった。


もの凄い速度だった。


「赤魔法と緑魔法の複合か。炎系の生物を使役する魔法と言えば珍しくないが、あのデカさは規格外だな」


ポカンとするエリーゼ達を余所に、エルケーニヒはその魔法を興味深そうに分析していた。


エリーゼ達の知らない所でエルフリーデも強くなっていたらしい。


今はそれを披露するよりもアンネリーゼに会うことを優先したようだが。


「あの、イレーネさん」


「何でしょう、ゲルダさん」


首を傾げるイレーネに、ゲルダはどこか不安そうに尋ねる。


「魔女狩り隊の人達って、これからどうなるんですか?」


ゲルダが気になっていたのは、イレーネの部下達に拘束された魔女狩り隊だった。


都市を攻撃し、人々に混乱を招いた。


もしエリーゼ達が都市を守らなけばどれだけ犠牲が出ていたか分からない。


それがハインリヒの命令だったとしても、その罪は決して軽くない。


「あの、ヴィルヘルムさんは…」


ゲルダの目が両手を拘束されて膝を突くヴィルヘルムへ向けられた。


「ヴィルヘルムさんは、その…何かハインリヒさんに逆らえない理由があったのではないでしょうか?」


恐る恐るゲルダは自分の考えを口にした。


ゲルダから見たヴィルヘルムは明らかに不自然だった。


ハインリヒに忠誠を誓っていたようには見えず、己の正義を妄信していたようにも見えなかった。


明らかに他のシャルフリヒターとは雰囲気が違った。


それなのにハインリヒに従っていたのは、何か理由があったとしか思えなかった。


「いや、それは無いよ」


「…え?」


だが、ゲルダのその予想はテオドールによって否定された。


「この男は、魔女狩り隊の誰よりも薄汚い悪党だ。ハインリヒよりも、ずっと残酷な外道だよ」


テオドールの言葉には憎悪が宿っていた。


嫌悪と敵意に満ちた目で、ヴィルヘルムを睨んでいる。


「ど、どうしてそんなことを言うんですか? ヴィルヘルムさんは、ハインリヒさんに逆らって襲撃のことを私に教えてくれたんですよ?」


「…襲撃を?」


困惑するようなゲルダの言葉にテオドールは目を瞬いた。


その情報があったからこそ、エリーゼ達は都市を守ることが出来た。


それが無ければ、勝てなかったかもしれない。


「…ああ、そう言うことか。どうして俺が伝える前から襲撃のことを知っていたのか不思議には思っていたんだ」


しかし、テオドールの表情は変わらず、更に憎々し気にヴィルヘルムを睨んでいた。


「ゲルダ、この男に感謝などするな。自分の為に、君達を利用しただけなんだから」


「自分の、為…?」


「…もし、こいつから情報が与えられず、魔女狩り隊の奇襲が成功していたら、どうなっていた?」


「そんなの…」


言葉に詰まるゲルダの代わりに、エリーゼが口を開いた。


「…戦うことなく決着が付いていたでしょうね。都市を包囲されて住人を人質にされたら私達は何も出来ないから。私とイレーネは魔女狩り隊に捕まっていた」


「…だったら」


だったら、やはりヴィルヘルムはエリーゼ達の為に魔女狩り隊を裏切ったのではないのだろうか。


エリーゼ達が魔女狩り隊に捕まり、ハインリヒに処刑されない為に。


「違う。コイツはただ、それがつまらない(・・・・・)と感じただけだ」


ヴィルヘルムを睨みながらテオドールは断言するように告げた。


「戦争が始まらず、自分が誰とも戦えずに終わることがつまらない。コイツが思っていたことは、ただそれだけなんだよ」


だから全部自分の為。


エリーゼ達のことなどどうでも良かったのだと、テオドールは吐き捨てる。


「………」


テオドールの指摘に、ヴィルヘルムは何も答えなかった。


ただその顔が、どこか辛そうに歪む。


「…テオドール。君はまだ、俺のことを恨んでいるのだな」


「―――」


その言葉に、テオドールの顔から表情が消えた。


ヴィルヘルムに駆け寄り、その胸倉を掴む。


「恨んでいるか、だと! よく俺に向かってそんな…!」


今にも絞め殺しそうな顔でテオドールは叫ぶ。


「ああ、恨んでいるさ! 恨んでいるに決まっているだろう! 十四年前、お前が俺の家族を皆殺しにした時からな!」


「家族を、皆殺しに…?」


テオドールの言葉にゲルダ達の表情が凍り付く。


この場にそれを知らない者は居ない。


十四年前、ヘクセで起きた大虐殺。


テオドールは、その数少ない生き残りだと言うのだ。


だからこそテオドールは魔女狩り隊を、ヴィルヘルムを憎んでいるのだ。


彼らはテオドールの故郷を焼き、家族を殺した悪魔なのだから。


「…あの時の光景を忘れたことはない。後悔しかない。全ては、俺の責任だ」


懺悔するように、ヴィルヘルムは呟く。


辛そうなその表情を見て、ゲルダは思わずテオドールの肩を掴んだ。


「テオドールさん。気持ちは分かりますけど、ヴィルヘルムも…」


分かるんだよ(・・・・・・)、ヴィルヘルム」


ゲルダの制止を無視し、テオドールはヴィルヘルムの顔を睨んだ。


「…何が、分かると?」


「俺は耳が良くてな。人の声を聞けば、心が読み取れるんだ」


「………」


「魔法じゃない特技だ。具体的に何を考えているのかまでは読み取れない。だがな…」


ヴィルヘルムを睨むテオドールの目に確信が宿る。


「感情くらいは読み取れる。お前の声に! 後悔なんて欠片も感じないんだよ…!」


「…………………」


その言葉にヴィルヘルムの顔から表情が消えた。


つい先程まで浮かべていた苦悩に満ちた顔が嘘のように、消え失せる。


人形のような無表情のまま、ヴィルヘルムの口が開く。


「………『イムプルスス』」


瞬間、ヴィルヘルムの足下が爆発し、テオドールの身体が吹き飛んだ。


黒い煙を纏いながら、ヴィルヘルムはゆっくりと立ち上がる。


「おいおい、そりゃねーだろ! 人が苦労して演技とか嘘とか身に着けてきたってのに、全部台無しじゃねーか! 声だけで嘘を見破るとかその方が魔法じゃね? 信じられねーっての!」


今までのヴィルヘルムとは異なる口調、異なる声色、異なる表情で喚き立てる。


まるで別人のような好戦的で残忍な笑みを浮かべながら、ヴィルヘルムは両手を広げた。


「まーいいか。ハインリヒの野郎も捕まったし、俺様も好きにさせて貰おうか」


「ヴィルヘルム、さん…?」


「おーおー何だい、ゲルダちゃん? そんな目で俺様を見るなよ。俺のことに同情していたんだろう? やりたくも無いのに酷いことをさせられて可哀想な奴(・・・・・)だと思っていたんだろう? なあ?」


魔女を滅ぼす為に仕方なく住人を切り捨てた非情な英雄。


ハインリヒに逆らえず、苦しみながらも人々を殺し続けた悲劇の男。


そう思っていた。そう思わされていた。


全て嘘。全て偽り。全て幻想だった。


「ヒヒ…ヒ、ハハ…ヒハハハハハハ! 同情するなら死んでくれ! この俺の手で、お前を殺させてくれよぉ! ははははははははは!」


血濡れの英雄。


その本性は、ただの血に飢えた殺人鬼だったのだ。

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