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愛慾の魔女  作者: 髪槍夜昼
三章
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第五十八話


私の父は英雄だった。


若い頃から魔女と戦い、何度も撃退し、己の都市を守り続けた英雄だった。


尊敬していた。何よりも。


父のようになりたいといつも思っていた。


『………』


だが、私は無能だった。


優秀な魔道士である父の才能を何一つ受け継ぐことが出来ず、魔法すら碌に使えない出来損ないだった。


己が恥ずかしかった。


自分が生まれてきたこと自体が間違いであるような気さえした。


『ハインリヒ。周りの声など気にするな』


しかし、父は私の頭を撫でながらそう言った。


『力の有無なんて関係ない。大事なのは心だ。罪を許せない心。罪の無い人々を守りたい心。お前は俺なんかよりもずっと頭が良い。きっとお前にしか出来ない戦い方が見つかるさ』


父は、英雄だった。


その力も、その心も、誰もが認める英雄だった。


英雄、だった(・・・)のだ。


『父さん。どうして、こんなことを…?』


異変の始まりは、一人の少女だった。


ボロボロに傷付き、痩せ細った少女が父の下へ助けを求めてきたのだ。


その少女は、黒魔道士だった。


他の都市で迫害され、父の噂を聞いてやってきたと告げた。


『同じ人間なんだ。黒か白かなんて関係ないだろう』


『…あの女が、黒魔法で人を殺していたらどうするんだ?』


『あんな子供が魔法を使った所で、誰も殺せないさ。あんまりイジメてやるなよ。お前と歳も近そうじゃないか、仲良くしてやれ』


父は、その黒魔道士の少女を受け入れた。


都市に住むことを許し、他の者達にも普通に接するように命じた。


私はその事実に不快感を感じながらも、父の言葉に従った。


『………ふふ』


そして、異変はじわじわと周囲を蝕み始めた。


『…なあ、最近の協会はおかしいと思わないか? 黒魔道士と言うだけで差別し過ぎだろう』


元から黒魔道士に対する迫害を苦々しく思っていた父は、少女の話を聞く内に協会に対する不信感が強くなっていた。


魔道協会に於いて、異端と判断されるのは魔法を犯罪に使用した魔道士だけだが、多くの人間は黒魔道士自体を異端と認識している。


そしてその事実を協会は認めてこそいないが、否定もしていなかった。


『黒魔道士だって同じ人間だ。それを異端だの魔女だのと差別するのはおかしい。協会は間違っている』


『確かにそうだ。こんなことを四聖人が望む筈がない』


『黒魔道士は人間だ。同じ仲間だ』


病のような熱意が、伝染していく。


何かが、おかしかった。


確かに父は黒魔道士も人間だと言っていたが、協会を否定するようなことを口にしたことは無かった。


周りの者達もそうだ。


父の言葉に頷きつつも、いつも協会の方が正しいと諫めていた。


それなのに、今は皆が口を揃えて協会を否定していた。


『協会は間違っている! 間違いは正さなけれならない! 俺達が!』


『そうだ! もう協会には従えない!』


『俺達は間違っていない!』


狂ったように男達は叫び続ける。


杖を手に、大真面目な顔で協会に対する反乱を口にした。


『…何が、起きているんだ?』


目の前の光景が信じられなかった。


悪夢だと言うのなら今すぐ覚めてほしい。


『…父さん』


原因は分かっていた。


あの女だ。


薄汚い黒魔道士の女。


あの女と接する内に、父はおかしくなっていった。


見えない毒に蝕まれるように、操られていった。


だが、もうどうすることも出来なかった。


父を初めとする男達は協会に反乱を引き起こし、多くの犠牲を出した後に処刑された。


誰からも慕われる英雄だった父は、最悪の背教者として、その名を協会に刻んだのだ。


『…ッ』


女は、いつの間にか姿を消していた。


あの女はただの黒魔道士ではなく、魔女だったと後に分かった。


あんな毒婦のせいで、父の名声は地に堕ちた。


許せない。許せる筈がない。


魔女は殺す。ただ一人の例外も無く。


情けなど掛けない。そんなことをしていたから父は死んだのだ。


誰一人逃さない。


『…父さん、見ていてくれ。私は、私にしか出来ないやり方で、あなたの仇を討つよ』








「『レムレース・ウェルテクス』」


エルケーニヒは大気をかき混ぜるように両手を動かした。


瞬間、大地から伸びる黒い影が混ざり合いながら流れ出す。


それはヴィルヘルムの周囲を渦巻き、取り囲んだ。


「『イグニス・サギタ』」


ヴィルヘルムは杖を地面に向け、炎の矢を放った。


地面が爆発し、その爆風を利用してヴィルヘルムの身体が宙を舞う。


「やるな、空へ逃げたか! だが、次はどう躱す!」


好戦的な笑みを浮かべながらエルケーニヒは空へ浮かぶヴィルヘルムへ手を向けた。


ヴィルヘルムの杖は足下へ向けられている。


空中ではこちらの攻撃を躱すことも出来ない。


それをチャンスを見て、エルケーニヒはマナを指先に集中させた。


「…ッ!」


直後、エルケーニヒの足下が爆発した。


エルケーニヒの右足が吹き飛び、集めていたマナが霧散する。


痛みに顔を顰めながらエルケーニヒはすぐに何が起きたか理解した。


「魔石か…!」


そう、ヴィルヘルムは空を飛ぶと同時にこちらに魔石を投擲していたのだ。


以前も使用していたマナを込めた魔石爆弾を。


「『イーラ・グラディウス』」


膝を突くエルケーニヒの頭上から声が響く。


右手に握り締めた銀十字の杖に炎を纏わせながらヴィルヘルムが迫っていた。


「…はは! 魔法戦でここまで苦戦するのは何年ぶりだろうか!」


「それは、こちらの台詞だ!」


身に迫る炎の剣を見上げながら、エルケーニヒは笑った。


焼け焦げた足にマナを集中させ、すぐに再生する。


この身体はマナで構成された肉体だ。


例え四肢を欠損しようともマナを使えばすぐに修復できる。


「もう再生したのか…! 殺し甲斐があるな!」


「やれるものならやって見せろ、英雄!」








「お前が邪魔だ! アンネリーゼ!」


全身の魔石からマナを放出しながらハインリヒは叫ぶ。


出し惜しみのない全力だった。


全てのマナを混ぜ合わせ、再び赤黒い閃光を放つべく構える。


「私は…! あの化物共を滅ぼさなければならない!」


その為の魔女狩り隊だった。


無能である自分が、あの化物達に対抗する為の手段だった。


魔女に恨みを抱く実力者達を集め、己の部隊とした。


十四年前の事件をきっかけに、ヴィルヘルムと言う切り札も手に入れた。


全ては魔女を滅ぼす為に。


「『テールム・ペルデレ』」


「チッ…!」


アンネリーゼの杖から球状の光が放たれた。


攻撃の隙を突くように放たれた光を躱すことが出来ず、それはハインリヒの腕を貫く。


「…?」


しかし、何も起こらなかった。


受けた部分が僅かに光っただけで、痛みすら感じなかった。


「…アンネリーゼ! 何のつもりだ!」


激高しながらハインリヒは叫ぶ。


先程からアンネリーゼは守るばかりで反撃すらしない。


戦う気が無いとしか思えなかった。


「まさか、慈悲を見せるつもりか? この私にさえ!」


「………」


「…それが怠慢だと言うのが分からないのか!」


ハインリヒは感情のままに赤黒い閃光を放った。


「『グラーティア・エクレーシア』」


合わせるように展開された光の結界に阻まれるが、ハインリヒは構わなかった。


更にマナを込めて赤黒い閃光を放ち続ける。


「あの化物共に人の心など無い! 隙を見せれば、こちらの人生を破壊されるだけだ!」


あの優しく愚かだった父のように。


化物共は嬉々として、人の心と命を奪っていく。


「敵と判断したのなら情けを掛けるな! 私は情けなど掛けないぞ! 女だろうと、赤子だろうと! 容赦なく殺してみせる!」


パキッ、と光の結界が音が響いた。


魔女の魔法すら耐えたアンネリーゼの結界に、亀裂が走っていた。


「私の、勝ちだ!」


亀裂は段々と大きくなっていく。


ハインリヒは勝利を確信し、笑みを浮かべた。


パキィン、と何かが割れる音が聞こえた。


「……………な、に?」


その音は、ハインリヒの魔石が砕けた音だった。


放出されていたマナが止まり、赤黒い閃光が消える。


「…魔石に込めていたマナが、尽きたようですね」


本来ハインリヒは魔法が使えない。


全身に身に着けた魔石によって、他者のマナを使用しているだけなのだ。


故に、魔石に込めたマナが尽きれば、もう魔法は使えない。


当然のことだった。


「馬鹿な。まだ魔石は残っていた筈…」


そう言ってハインリヒは自身の身に着けた指輪や首飾りを見つめる。


全ての魔石が割れており、一つとして無事な物は無かった。


まだ使用していない魔石まで、破壊されていた。


「…まさか、さっきの魔法は」


「『テールム・ペルデレ』は私の作った魔法の一つ。その効果は、武器破壊・・・・です」


敵を傷付けることなく、無力化する為の魔法。


本来なら相手の杖を破壊する魔法だが、ハインリヒの場合は魔法を生む魔石が破壊されたのだ。


「…私は怠慢などしていません。心から真剣に、あなたと向き合っています」


敵を容赦なく殺すことがハインリヒの覚悟なら、人間を守ることこそがアンネリーゼの覚悟。


ハインリヒは滅ぼすべき異端ではなく、守るべき人間の一人だ。


だからこそ傷付けることなく、倒すと決めていた。


例え、それでハインリヒに殺されようとも、揺らぐことの無い信念だ。


「………くそっ」


忌々し気に顔を歪め、ハインリヒは砕けた魔石を床に叩きつけた。

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