表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛慾の魔女  作者: 髪槍夜昼
三章
57/112

第五十七話


「拡散」


ハインリヒの五本の指からそれぞれ細い光の線が放たれる。


エルケーニヒの使う糸魔法に似ているが、それは形を持った光の塊だ。


刃のような鋭利さは無いが、その光の線は触れるだけで肉を焼き焦がす。


「くっ…!」


広がる光の糸を躱しながらアンネリーゼはハインリヒを睨む。


ハインリヒは魔法が使えない。


それは紛れもない事実の筈だ。


マナの量は生まれ持った体質。


後天的に増大することは有り得ない。


「閉塞」


ハインリヒの言葉と共に光が動きを変えた。


周囲に広がっていた光がアンネリーゼを包囲する。


それは無数の棘へと形を変え、一斉に襲い掛かった。


「『ルーメン・アニマ』」


攻撃を防ぐべく、アンネリーゼは前方に光の天使が生み出す。


(…やっぱり、あの魔法はおかしい)


真っ白な天使の剣と盾で光の攻撃を捌きながら、アンネリーゼは思考する。


マナを持たないハインリヒでは使用できない筈の上級魔法。


それを杖も無しに操る高等技術。


そして何より、


(呪文を唱えていない…)


杖を使わずにマナを操るエルケーニヒですら呪文を唱えずに魔法を使うことは出来なかった。


ハインリヒがどれだけ高い魔法技術を持っていたとしても、エルケーニヒに勝るとは思えない。


だとすれば…


「………」


アンネリーゼの目がハインリヒの指先へ向けられる。


より厳密には、その指に付けられた指輪・・に。


十本の指だけではない。ハインリヒは首からも指輪を繋げた円環を下げている。


宝石が縫い付けられたマントやピアス。


一見、ただの成金趣味に見えるが、アンネリーゼの知るハインリヒと言う男は見栄や酔狂でそんなことはしない。


「その宝石。全て魔石ですね」


「…流石に気付くか」


ハインリヒは口元を歪めた。


指輪やピアスに付けられた光り輝く宝石。


それらは全て、魔石だった。


「魔石はマナを蓄積する。なるほど、あなたは魔石に込められたマナを使っているのですね」


アンネリーゼは確信を以て告げる。


エリーゼが大気中のマナを集めて魔法を使うように。


ハインリヒは魔石に込められたマナを利用して魔法を使っているのだ。


「魔石研究の副産物だよ。コレさえあれば、私のような人間でも魔法が使える…!」


全身に身に着けた魔石からマナが放出される。


赤い魔石からは赤いマナが、青い魔石からは青いマナが。


様々な魔道士が込めたマナが混ざり合い、一つの魔法となる。


「収束」


ハインリヒの広げた手の平から赤黒い閃光が放たれた。


様々なマナをただ破壊と言う形にして放つ魔法。


それを前にして、アンネリーゼは杖を地面に突き立てた。


「『グラーティア・エクレーシア』」


言葉と共に出現するのは、光の結界。


それは以前、魔女の攻撃から都市を守った光。


ハインリヒの魔法が破壊の極みだとするなら、こちらは守護の極み。


赤黒い閃光が壁や床を破壊するが、それはアンネリーゼに届くことは無い。


何故なら白魔法とは、何かを守ることに特化した魔法なのだから。


「………」


赤黒い閃光が消える。


その攻撃が途絶えた時、アンネリーゼの結界も共に消えた。


攻撃の余波で周囲の壁や床が壊されたが、アンネリーゼの身体には傷一つ無かった。


「…は。この程度の小細工では、本物の魔道士には届かんと言うことか」


自嘲するようにハインリヒはそう呟いた。


その眼がアンネリーゼの顔を睨みつける。


「私は女が嫌いだ」


「………」


「女は自分を偽り、他者を騙し、人間を堕落させる。魔女に限った話では無い。お前達は、存在自体が罪なのだ」


重苦しい怨嗟を吐き出すように、ハインリヒは告げる。


ただの挑発ではない。


心から、女と言う存在を嫌悪している表情だった。


「お前はそれだけの力を持ちながら、黒魔道士を殺すことを躊躇う。魔女と成り得る異端共を見逃す。慈悲だと? 情だと? 笑わせるな。それは怠慢と言うのだ!」


ハインリヒの告げる異端とは、黒いマナを宿した人間のことだろう。


ただ黒魔法の素質を持つだけで、何の罪もない人間だ。


アンネリーゼやイレーネは、罪を犯していない黒魔道士は異端と認めていない。


しかし、ハインリヒにとってはそれは何よりも許せない罪なのだ。


「お前の下らない妄言に影響を受けた人間が居る。だからこそ、今の協会は二つに分かれてしまった。こんなことでは、何年経とうと魔女を滅ぼすことが出来ない…!」


「…だから、私達を排除して自分が協会のトップになろうとしたのですか?」


「そうだ! お前達さえ居なければ、協会は強くなる。魔女など、敵ではない!」


ハインリヒの目が憎悪と怨嗟に燃える。


「…そう、ですか」


アンネリーゼはそれを見つめ返しながら、少しだけ悲し気に呟いた。


それは悍ましい程の執念だが、決して邪悪では無かった。


魔道協会が割れたことで満足に戦えず、魔女を滅ぼせない憤り。


だからこそ自身が魔道協会を一つにして、魔女をこの手で滅ぼしたい。


苛烈な独善。


それがハインリヒの本質だった。


「…あなたには、負けられません」


魔女から人々を守りたい。


その想いは間違いでは無いが、方法が間違っている。


そう確信し、アンネリーゼは杖を握り締めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ