第五十四話
「ヴィルヘルムか…!」
音魔法でそれを探知し、テオドールは大きく舌打ちをした。
来るとは思っていたが、予想よりずっと早い。
魔女狩り隊の中でも、あの男の力は桁が違う。
他の隊員を倒してから全員で相手をする予定だったが、今はエルケーニヒ一人が対峙している。
「いや、まだ大丈夫だ。エリーゼ、ゲルダ! すぐにエルケーニヒの所へ…!」
次の指示を出そうとした時、テオドールの耳に巨木が倒れるような音が聞こえた。
ハッとして顔を上げるテオドール。
その視線の先で、土の巨人が音を立てて崩壊していく。
「巨人が、やられた…?」
あの土の巨人を破壊できるのはヴィルヘルムだけだと思っていたが、甘く見過ぎていたか。
ヴィルヘルム以外にも、あの巨人を破壊できる程の実力者が…
(…違う)
都市のあちこちから聞こえてくる音が、テオドールの推測を否定した。
同時だ。
北と東西に展開していた土の巨人が、全て同時に破壊されたのだ。
距離が離れすぎている。そんなことは不可能だ。
だとすれば、倒されたのは…
「教区長イレーネが、やられたのか…!」
「………」
ブルハの北側。
魔女狩り隊の侵入を阻む為に巨人を生み出して戦っていたイレーネは今、地に倒れていた。
「…馬鹿ですよねェ」
その背中を踏み締め、カスパールは嗤った。
「どれだけ強力な魔法でも、使っているのは人間一人。それを倒してしまえば、無力なんですよ」
身体に傷どころか、服に汚れすら存在しなかった。
余裕の表情で笑みを浮かべるカスパールを、他の隊員達は恐れるように顔を引き攣らせる。
「…何をボーっとしているんです? 貴方達も仕事して下さい、殺しますよ」
「わ、わかった…!」
隊員達は慌てて杖を握り、街へ目を向けた。
「すぐにエリーゼを捕まえてくる…!」
イレーネは捕らえた時点で目的の半分は達成済みだ。
残る半分はエリーゼ。
その二人を捕らえることがハインリヒから下された命令だった。
それ故に、隊員達はエリーゼの居る都市の東側へ向かおうとする。
「いや、そっちは後でいいです」
「え…? どうしてだ?」
「わざわざ向かうのも面倒ですから、向こうから来てもらいましょう」
世間話をするように、カスパールは告げた。
その口元に醜悪な笑みを浮かべながら、視線をブルハの街並みへ向ける。
「街を攻撃して下さい。目に付いた建物は全て壊し、目に付いた人間は全て燃やしましょう」
カスパールは悪魔のように嗤いながら言った。
「追い掛けた所で、また逃げられたら困りますから。向こうが逃げられない状況を作りましょう」
この都市で虐殺を行えば、きっとエリーゼは駆け付けて来るだろう。
そして、逃げればまた虐殺を行うと言えば、もう逃げられない。
自分のせいで無関係の人間が殺されると知れば、まともな人間なら動けなくなるだろう。
「だ、だが、ハインリヒ様が都市はあまり攻撃するなと…」
「…貴方、馬鹿ですかァ?」
ギロリ、とカスパールは口答えした隊員を睨みつける。
「状況は常に変動しているんですよ、分からないんですか? 元々の作戦では戦わずして勝つつもりだったから都市を攻撃するなと言ったんです。でも、こうなってしまえば戦争するしか無いでしょう」
奇襲を仕掛けるつもりが、逆に奇襲を受けてしまったのだ。
既に三つの部隊の内、二つが壊滅した。
ここに居る残りの隊員とヴィルヘルムだけで、目的を達成しなければならない。
ヴィルヘルムが暴れている内に、出来るだけ早くイレーネとエリーゼを確保するのがベストなのだ。
「へえ、ただの狂信者集団かと思えば、少しは戦略を理解しているようね」
「…目が覚めましたか」
カスパールは舌打ちをしながら地に倒れたままのイレーネを見下ろした。
「貴女、聖墓の居場所をご存知じゃないですか? 教えて貰えれば、すぐにでもシャルフリヒターを退かせますよ?」
「知らないわ。例え知っていても、あなた達には絶対に教えません」
「そんな意地悪しないで下さいよ。貴女だって、自分の街が壊され、隣人が燃やされる姿なんて見たくないでしょう?」
「………」
「ボクだってそんなことは………いや、まあ、正直なところすごく見たいし、やりたいですけどぉ。貴女が言う通りにしてくれたら我慢してあげますよ?」
緩んだ口元を手で隠しながらカスパールは告げる。
隠し切れない狂気と殺意に、イレーネは気味悪そうに顔を歪めた。
「…あなた、頭がおかしいって言われたことない?」
「よく言われます。それで? 返事は?」
「…悪いけど、返事はノー、よ」
「………それは残念です。いや、ホントに。期待で胸が膨らむくらい残念ですよ!」
むしろ、愉しそうに嗤いながらカスパールは隊員達へ目を向けた。
住人への虐殺を指示する為に。
この生意気な女を後悔と絶望に突き落とす為に。
「もう一つ悪いけど……あなたの想像通りにはならないわ」
「…何です?」
イレーネの意味深な言葉に顔を向け、カスパールは首を傾げた。
土の壁だ。
大地が盛り上がるように、土がイレーネを包み隠している。
まるでその身を守るように。
「…自分だけ無事なら住人が殺されても良いと? 意外と薄情なんですね」
「か、カスパール…! 上を見ろ!」
「は? 何ですか、大声出して…」
今度は何だ、と言われるままにカスパールは空を見上げる。
そこには…
「ドラゴン…?」
太陽のように燃え盛るドラゴンが飛んでいた。
否、それは魔法だ。
炎によって作られたドラゴンを模した魔法。
そして、ドラゴンの背には赤が混ざる黒髪の女が立っていた。
「あの女は確か、魔道協会の…エルフリーデ…?」
ガパッ、とドラゴンの口が開く。
炎で作られたその喉から、更に激しく燃え盛る業火が放たれる。
「ッ!」
瞬間、炎のブレスがカスパール達を包み込んだ。
土で身を守るイレーネを除き、その場にいた全ての魔女狩り隊は炎の中に消えていった。




