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愛慾の魔女  作者: 髪槍夜昼
三章
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第五十三話


「全員配置完了。準備オーケーですね」


遠目に見えるブルハを眺めながらカスパールは告げる。


シャルフリヒターの隊員を三つに分け、ブルハを囲むように北と東西に配置した。


それぞれが通信機を持っている為、いつでも指示を出せる。


「では手始めに、犯行声明でも出しておきましょうか!」


「…宣戦布告だ」


愉し気なカスパールに、ヴィルヘルムは呆れながら訂正する。


宣戦布告、と同時に降伏勧告だ。


既に状況は詰みである。


イレーネがどれだけ優秀な魔道士でも、四方の同時攻撃から都市を守ることは不可能だろう。


そもそもハインリヒの目的はイレーネとエリーゼの生け捕りなのだ。


過剰な戦力は、戦うことなくイレーネを捕らえる為だった。


「合図を出せ。一時間ほど街を破壊してから降伏勧告をする」


「はーい」


そう言いながらカスパールが指示を出す為に通信機を取る。


その時だった。


「………は?」


ポカン、と口を開けたままカスパールは固まった。


ブルハを囲むように配置していた部隊。


その付近に、突然巨大な人影が出現したのだ。


『きょ、巨人が出現…! 隊長、指示を…!』


『くそ、何だコイツは…! う、うわああああああ!』


カスパールが握った魔道具から聞こえてくるのはブルハの住人の悲鳴ではなく、隊員の悲鳴だった。


まるで都市を守るように出現した土の巨人によって、隊員達が蹂躙されていく。


「な、な、な…」


「…確か、教区長イレーネは緑魔道士だったか」


緑魔法は生命を創造する魔法。


術者の力量次第でどんな生命でも生み出すことが出来る。


(あのサイズの巨人を複数生み出すには相応のマナが要る筈……数日分のマナを全て注ぎ込んだか?)


マナが回復する度にマナを限界まで注ぎ続けることで、マナ不足を補ったのだろう。


随分と無理をする。


都市を守る為なら手段は選ばない、と言った所か。


『ガァァァァァァー!』


「こ、ここにも巨人が…!」


新たに目の前に出現した土の巨人に、カスパールが声を上げる。


どんな魔法を使ったのか、この場所も既に敵にバレていたようだ。


大地を取り込んで生み出された巨人は、獣のように吠えながらその拳を振り上げた。


「『イグニス・グロブス』」


瞬間、巨人の胴体を火球が貫き、風穴を空けた。


胴体を失った巨人が炎に包まれ、砕け散っていく。


パラパラと舞い散る土と火の粉には目もくれず、ヴィルヘルムはブルハへ視線を向けた。


「…イイじゃないか。期待以上だな、俺も少しは愉しめそーだ」


ヴィルヘルムは口元に笑みを浮かべ、そう呟いた。








『最初の作戦は成功だ。教区長イレーネの巨人によって、魔女狩り隊の侵入を防ぐことは成功した』


音魔法を発動しながらテオドールは告げる。


魔女狩り隊の居場所を把握したのはテオドールの魔法だ。


ただ音を感知するだけの魔法だが、その範囲は非常に広い。


都市に近付こうとしていた魔女狩り隊の足音から会話の内容まで、全て感知した上でイレーネ達に伝達していたのだ。


「了解。なら次は私達の番ね」


テオドールからの通信を受けながら、エリーゼは呟いた。


顔を向けた先には、巨人から逃れようとする魔女狩り隊が居た。


「な、お前は…!」


「『シュタイフェ・ブリーゼ』」


敵が気付くと同時に、エリーゼは地面を蹴る。


(人間相手に黒い剣(ニグレド)は使えない。だけど、私には…)


周囲のマナを掻き集め、全て足に集中させる。


巨人に意識を向けた隙を突くように、次々と魔女狩り隊を気絶させていく。


「こ、この餓鬼が…!」


怒りに顔を歪ませ、魔女狩り隊の男は銀十字の杖を向ける。


「『イグニス・ハスタ』」


杖の先端から放たれた火が一本の槍となって、エリーゼを狙った。


どれだけ速く動けようとも、人間である限り必ず足を止める隙はある。


それを狙った一撃だ。


エリーゼは躱すことが出来ない。


「『スティーリア』」


しかし、その一撃がエリーゼに触れることは無かった。


どこからか放たれた巨大な氷柱によって、火の槍は相殺させた。


「な、あ…!」


「『シュトゥルムヴィント』」


驚く男の顔に剣を叩き込み、気絶させる。


それが最後の一人だった。


地に転がる魔女狩り隊を見下ろした後、エリーゼは安堵の息を吐いた。


「やりましたね、エリーゼさん!」


「ええ、ありがとう。ゲルダ」


パァン、とハイタッチしながら二人は笑みを浮かべた。








『こちらエリーゼとゲルダ! 東側の敵は全て倒したわ! 捕らえておきたいから人を送って!』


「先を越されたか」


テオドールの作った通信機を握りながらエルケーニヒは残念そうに言った。


「だがまあ、こっちももうすぐ終わるぞ」


そう呟きながら、エルケーニヒは前を向く。


目の前にはまだ無傷な魔女狩り隊が五人も立っていた。


「終わるのはテメエの方だろうが! 死ね!」


「…先に謝っておく。俺は手加減が下手だからな」


エルケーニヒは両手を合わせ、向かって来る男達へ向けた。


「『フィールム・インテルフィケレ』」


開かれた手から無数の黒い糸が放たれ、蜘蛛の巣のように周囲に展開される。


それはまるで蝶を捕らえる蜘蛛のように、男達の体を包み込む。


鋭利な糸が男の手や足を切り裂き、鮮血が宙を舞った。


「ぎ、あああああああああ!」


「…悪いな。エリーゼやイレーネの方だったら、こんな目に遭わずに済んだろうに。同情するぜ」


斬られた手足を抑えて悲鳴を上げる男達を見下ろしながらエルケーニヒは言った。


一応、急所は外しておいた。


切断された手足は諦めるしか無いが、すぐに手当てすれば命だけは助かるだろう。


「こちらエルケーニヒだ。西側の敵も片付いた。それからこっちにも人間を…」


「ああ、やはりお前だな」


その時、声が聞こえた。


ビリビリと肌が震える。


大気中のマナにさえ影響を与える威圧感。


エルケーニヒは警戒した目でその男を睨んだ。


「ヴィルヘルム…お前も来るか」


「それはそうだろう。シャルフリヒターは俺の隊だ。俺が戦わずに誰が戦う?」


銀十字の杖を抜きながら、ヴィルヘルムは言う。


「土の巨人による奇襲に、分隊の各個撃破。良い作戦だった」


「………」


「それで? 俺に対する作戦はあるのか? どうやって、俺に勝つ?」


ヴィルヘルムは告げる。


魔女狩り隊を何人倒そうと勝ちではない。


この男を、ヴィルヘルムが倒さない限りはエルケーニヒ達は勝てないのだ。

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