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愛慾の魔女  作者: 髪槍夜昼
三章
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第五十二話


「―――」


マギサにある協会本部の一室。


様々な魔道器具に繋がれたまま、アンネリーゼは眠り続けていた。


その皮膚は未だに黒く染まっており、魔女から受けた呪いが解けていないことが一目で分かる。


まるで死んだようにぴくりとも動かないその顔を、ハインリヒは無表情で見下ろしていた。


「無様だな」


目覚めないアンネリーゼを蔑むように、ハインリヒは言った。


「お前が寝ている間に、私は全て手に入れるぞ。魔道協会も、協会が守ってきた聖墓も、全て」


「………」


答えは無い。


アンネリーゼは目覚めることなく、眠り続けている。


「…チッ」


いけ好かない女だった。


白き聖女と同じ白きマナを宿す稀代の魔道士。


かつて世界を救った聖女と同じように、魔女から世界を救う才能を持つ女だった。


だが、この女はその才能をドブに捨てた。


教区長となってからしたことと言えば、このマギサを守ったことだけ。


魔女を殺す力を持ちながら、それを人を守ることにしか使わなかった。


許し難い怠惰だ。


「………」


力を持つ者が使命を投げ出すと言うのなら、ハインリヒがその代わりを担う。


白き聖女の力。


それさえあれば、ハインリヒは魔女を滅ぼせる。


この世界を救うのだ。


「…そのままずっと寝ているがいい。その間に、私が世界を救ってやる」








「どうやら連中の狙いは聖墓らしい」


エリーゼ達はテオドールを加えて、再びイレーネの私室に集まっていた。


テオドールが話す情報に、エリーゼ達は訝し気な顔をする。


「聖墓…? それって、四聖人の墓よね?」


「どうしてそんな物が欲しいのでしょうか?」


「さあね。理由までは知らないが、エリーゼや教区長イレーネがその場所を知っていると考えているらしいよ」


そう言ってテオドールはエリーゼとイレーネの顔を交互に見つめる。


それに対し、エリーゼは小さく首を振った。


「私は知らない。マギサのどこかに在る、って噂は聞いたことがあるくらいで」


聖墓は実在すら不確かな伝説だ。


エリーゼの知識は一般的な人々と何も変わらない。


自然と皆の視線がもう一人、イレーネの方へ向く。


「…知っているわ」


「本当か? と言うか、聖墓は実在するのか?」


「四聖人だって人間なのだから、墓があること自体はそれほど不思議な話でも無いでしょう」


イレーネの言葉にエルケーニヒは頷いた。


いかに伝説的な力を持っていたとは言え、生身の人間には変わりない。


どれだけ長く持っても百年後には全員、棺に入ることになっただろう。


「ただ、私も実物は見たことが無いわ。もしもの時の為にアンネリーゼから場所を聞いただけ」


「まあ、そうだろうね。聖墓は魔道協会にとって聖域とも言える場所だ。教区長アンネリーゼであっても簡単に他の人間を入れる訳にはいかなかったんだろう」


テオドールは自分の予想が当たったことに頷く。


「…多分、ハインリヒの狙いは副葬品だと思う」


イレーネは顔を歪めながらそう呟いた。


「副葬品?」


「…人が死んだ時、その遺体と共に棺に入れる物のことだ。大抵は、故人が愛用した武器だったり、宝物だったりするな」


「へえ、エルケーの時も何か入れて貰ったの?」


「…それを俺が知る訳ないだろ」


あまり笑えないエリーゼの冗談に、エルケーニヒは息を吐いた。


それを眺めながらイレーネは言葉を続ける。


「実物を見たこと無いから本当かどうかは分からないけど、白き聖女の副葬品は『杖』だと言われているんです」


「杖?」


「彼女が生前愛用した杖です。世界で初めて作られた杖だと言われています」


「『アルベドの杖』のことか」


イレーネの言葉にエルケーニヒは思い出したように手を叩いた。


「確かに白き聖女は杖を使っていたな。四聖人の中で使っていたのはアイツだけだったが」


紛れもない当事者であるエルケーニヒがそれを認めた。


ならば白き聖女の杖『アルベドの杖』は実在する。


伝説の聖女が愛用した杖。


力を求めるハインリヒがそれを狙っていても不思議ではない。


「…ハインリヒの狙いが分かったことは結構だが、どうやってそれを止める?」


「ある程度の準備は済んでいます。魔王エルケーニヒは後で私の仕込みを手伝ってくれますか?」


「構わないぞ、魔法のことなら任せろ。それと、俺のことはもっとフランクに呼んでくれ」


ひらひらと手を振りながらエルケーニヒは言う。


それに苦笑を浮かべつつ、テオドールは懐から紙束を取り出す。


「じゃあ、俺からはコレを。魔女狩り隊の全隊員の名前と性格、得意とする魔法まで全部書いてあるリストだよ」


テオドールが提供するのは情報。


これから戦う上で、敵の情報は何よりも欲しい物だ。


ある意味では、一人の戦力よりも重要になるかもしれない。


「一人で調べたのか?」


「そうだよ。俺の魔法は、戦いよりもそう言うことの方が得意でね」


「…助かります。これがあれば、かなり戦力差を埋められる」


紙束に目を通しながらイレーネは頭を下げた。


これで勝機が見えてきた。


魔女狩り隊などにこのブルハを壊させはしない。


四聖人の聖墓を、あんな男に暴かせはしない。


イレーネは改めてそう決意した。

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