第五十一話
「シャルフリヒターの襲撃…」
翌日、ゲルダは皆にヴィルヘルムから聞いたことを話していた。
各々が険しい表情を浮かべる中、イレーネは重々しく頷く。
「…まあ、このような展開も想定してはいたわ。ただ、思ったよりも早いですね」
エリーゼを庇えばハインリヒを敵に回す。
それは初めから理解し、承知していたことではあった。
ハインリヒから何らかの攻撃を受けることも想定していた。
だが、こんなにも早くハインリヒが動くとは思わなかった。
元々険悪だったとは言え、同じ教区長を排除するには強引過ぎる手だ。
(何か別の狙いがある…? 狡猾なあの男らしくも無い)
「どうするつもりだ?」
「迎え撃つ準備を進めるしか無いわ。幸いにして、猶予はあります」
「…あの、イレーネさん」
「ああ、謝る必要はないわよ。これは私の信条を通したが故の結果であって、あなたには何の責任も無いのだから」
暗い表情をするエリーゼに対し、イレーネは素直に告げる。
慰めではなく、それは本音だった。
確かにエリーゼを庇ったことでシャルフリヒターの攻撃を受けることになったが、例えエリーゼ以外の人間だったとしても、イレーネは同じことをしただろうから。
「イレーネさんって、アンネリーゼにそっくり」
思わずエリーゼはそう呟いた。
友人同士だからか、その優しい性格はエリーゼの良く知るアンネリーゼとそっくりだった。
「…やめてよね。あの若作りと一緒にされるのは心外です」
苦笑しながらイレーネはそれを否定する。
イレーネの言葉にエルケーニヒもニヤニヤとした笑みを浮かべた。
「確かに。あの外見で五十代は最早詐欺だよなー」
「分かってくれますか…! あの人とはもう十年以上の付き合いですが、私が老けていくのに全く歳を取らない理不尽が! 最近では一緒に歩いていると私の方が年上に見られるのですよ…!」
プルプルと肩を震わせながらイレーネはヒステリックな声を上げた。
アンネリーゼのことは嫌いでは無いようだが、その魔法の理不尽には女性として思う所があるらしい。
まだまだ年齢を気にするような歳じゃないエリーゼや、そもそも男であるエルケーニヒにはその悩みが良く分からなかったが。
「コホン。話が逸れたわね。私は色々と準備があるので、そろそろ失礼します」
「どうやって都市を守る?」
「魔女狩り隊ではありませんが、このブルハにも都市を守る為の戦力はあります。ハインリヒの強引なやり方に不満を持つ者も集めましょう。三日もあればどうにかなります」
そう言ってイレーネは視線をエルケーニヒへ向けた。
「魔王様も、戦力として数えて良いのでしょう?」
「…無論だ。エリーゼを守る為なら、好きに使え」
「伝説の魔王と共に戦えるなんて、夢みたいです」
冗談交じりに笑みを浮かべてイレーネは部屋から出ていった。
「私達は、どうしようか」
「戦う準備、と言ってもそれほどやることは無いな」
エリーゼの言葉にエルケーニヒは苦笑を浮かべる。
「…私は、あまり戦力になれないかもしれない」
やや声のトーンを落として、エリーゼは呟く。
恐らく、ヴィルヘルムと戦った時のことを思い出しているのだろう。
エリーゼの魔法『ニグレド』はヴィルヘルムに傷一つ付けることが出来なかった。
魔女にしか通用しない呪いである以上、他の魔女狩り隊にも効果は無いだろう。
「気にするな。人には向きと不向きがある。人間相手の戦闘は俺に任せろ」
慰めるようにエリーゼの頭に手を置きながらエルケーニヒは言う。
「俺は元々、対人戦闘の方が慣れているんだ。今はマナの調子も良いし、負けることは無い」
「…エルケー」
「お前の魔法は魔女相手の切り札だ。今は我慢して俺に守られておけ」
そう言ってエルケーニヒは子供のような笑みを浮かべる。
それはいつもの笑みだが、今はそれが頼もしかった。
「あらら。しばらく見ない内に随分と仲良くなったね、お二人さん」
「…お前は」
二人の会話に割り込むような声に、エルケーニヒはその男に視線を向ける。
ひらひらと手を振りながら男は軽薄そうな笑みを浮かべた。
「君らって、そう言う関係だった?」
「テオドール?」
「や。何だか久しぶりだね」
笑みを浮かべたまま、テオドールは言った。
どうしてここにこの男が居るのか、と二人は訝し気な顔をする。
「いやー、魔女狩り隊とか言う物騒な連中のせいでマギサも酷い状態でさー、いつ魔女呼ばわりされて殺されるか分からないから、逃げて来ちゃった」
けらけらと笑いながらテオドールは言う。
ますます困惑する二人の顔を見つめ、その笑みを止めた。
「と言うのは冗談で。本当は、連中を潰す為にここへ来たんだ」
「潰す…? 魔女狩り隊を…?」
「知っているかい? この都市は今、魔女狩り隊に狙われているんだよ」
口調は普段と変わらないが、その顔にはもう笑みは浮かんでいなかった。
怖いくらい真剣な表情でテオドールは告げる。
「俺と君ら、きっと協力し合えると思うんだよね」




