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愛慾の魔女  作者: 髪槍夜昼
一章
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第五話


「力を、与えるですって…?」


「その通り。コレは契約だ」


魔王はカタカタと笑った。


蒼く燃える炎の目がエリーゼを射抜く。


「お前はただ、俺の依り代となり、俺がマナを取り戻す協力をするだけでいい」


大したことではないだろう、とエルケーニヒは告げた。


エリーゼに危害を加えないと言う言葉に嘘は無い。


ただ多くのマナを持つ者の前にエルケーニヒを連れていくだけでいい。


そうすればエルケーニヒ自身の手でそいつを殺してマナを集めるだけだ。


「力を取り戻した暁には、お前にも俺の力を分けてやろう。魔王である俺の力だ。望みは全て叶うぞ」


エルケーニヒは骨の手をエリーゼへ向けた。


この手を掴めと、炎の目が告げている。


「…嫌よ。そんな物、欲しくも無い」


だが、エリーゼは迷いなくそれを拒絶した。


欠片も魅力を感じていないように、冷めた目でエルケーニヒを睨んでいる。


「私、魔法が嫌いなの。人の命を弄ぶ黒魔法は、特にね」


「………」


「分かったらさっさと消えてくれないかしら。私は黒魔法を使う人間も大嫌いなのよ」


嫌悪、そして煮え滾るような憎悪。


エリーゼは壁に掛けられていた白銀の剣を取り、エルケーニヒに向けた。


「………」


剣先を向けられてもエルケーニヒは無言のままだ。


魔法も込められていないただの剣など、脅威とすら感じていないのかもしれない。


「この…ッ」


怒りのままにエリーゼは床を蹴る。


相手が構えるよりも速く、その首へ剣を振るう。


「『シュタイフェ・ブリーゼ』」


エリーゼの出せる最速。


並みの相手ならば、反応すら出来ずに首を断つ一撃。


しかしそれはエルケーニヒを捉えることなく、煙を斬ったように擦り抜けてしまった。


(剣が透過した…? まさか、魂だけで実体が無いの…?)


風に吹かれた煙のように揺らめくエルケーニヒ。


ボロボロの黒いローブも骨の身体も以前と同じだが、それは全て幻に過ぎない。


肉体を失ったエルケーニヒは、既に亡霊のような存在なのだ。


「…なあ」


攻撃されたことなど気にもせず、エルケーニヒはマイペースに口を開いた。


「黒魔法、って何だ?」


「…何言っているのよ。私を馬鹿にしているの?」


険しい表情のまま、エリーゼは告げた。


魔王が黒魔法を知らないなど、何の冗談だ。


歴史上、誰よりも強大な黒魔法を操った存在だと言うのに。


「魔法に黒いも白いもないだろ……え? もしかして当世ではあるの? 本当に?」


「………はぁ」


緊張感のないエルケーニヒの姿に息を吐き、エリーゼは剣を壁に掛けた。


どちらにせよ、魔法が使えないエリーゼでは実体を持たない亡霊を殺すことは出来ない。


剣を振り回した所で、醜態を晒すだけだ。


「…マナの色よ」


「うん?」


「黒いマナを使う魔法は黒魔法。そしてその使い手を黒魔道士と呼ぶの」


「あ、なーるほど。当世ではマナの色で魔道士を区別しているのか。面白いな」


ポン、と骨の手を鳴らしてエルケーニヒは頷いた。


「聖暦百年頃に魔道協会が設立されて、魔道士は色で区別されるようになったの」


「聖暦?」


「貴方が死んでから定められた暦よ。四聖人暦…略して聖暦」


四聖人と魔王が戦った出来事が今から千年前。


魔王を滅ぼし、平和を取り戻した年に四聖人の功績を称えて聖暦と暦を改めた。


「今年は聖暦千年。貴方が死んでから、丁度千年目になるわね」


「…なるほどねェ」


エルケーニヒは意味ありげにそう呟いた。


自分を殺した者達が人々に称えられ、暦の由来にまでなっているのだ。


心中、穏やかではないのかもしれない。


「…ま、それはいいとして。その魔道協会ってのは何だ?」


「魔道士を管理する組織よ。大陸の魔道士は皆、協会が定めた規則を守らなければならないの」


「大陸の、魔道士?」


不思議そうに首を傾げ、エルケーニヒは訊ねた。


「何だその、大陸の魔道士って。まるで、大陸に魔道士がうじゃうじゃいるみたいに」


「…? 体質的にマナが使えない人もいるけど、今の大陸の二人に一人くらいは魔道士よ。素質があるだけなら、もっといるかも」


「はァ!? 本気で言っているのか!?」


エリーゼの言葉にエルケーニヒは蘇ってから一番驚いた。


今の大陸に魔道士は星の数ほどいる。


例え魔道士になる道を選ばずとも、殆どの人間が体にマナを宿している。


エリーゼのようにマナが全く使えない人間の方が珍しいのだ。


「俺はてっきり、昨日の連中みたいに当世でも魔道士は少数派で、こそこそしているものかと」


エルケーニヒは顔を指で掻きながら言う。


蘇って最初に見た魔道士があの邪教団だった為、勘違いしていたのだ。


今の時代も、魔道士は自分の生きていた時代と変わらないと。


「え? と言うことは、貴方の時代の魔道士って、皆あの邪教団みたいな連中だったってこと?」


「アイツらのように意味不明な儀式をしていた訳では無いが、人々に疎まれ、憎まれる立場だったのは間違いないな」


思い出すように、エルケーニヒは呟く。


「…そうか。当世では、忌み嫌われることなく、魔法を使うことが出来るのか」


「………」


「俺を殺した者達が作った歴史なんて癇に障るが……案外、悪いものではないらしい」


その言葉には、様々な感情が込められていた。


魔道士達を従えた王として生きた人生。


悪として生き、悪として死んだ生涯を送った魔王の言葉は決して軽くない。


「…気が変わった。力を取り戻すのは後回しで構わん」


「え?」


「それよりも、当世のことを知りたくなった。お嬢ちゃん、俺にもっと当世のことを教えてくれ」


勝手に椅子に座りながらエルケーニヒは告げた。


それに眉を動かしつつ、エリーゼも椅子に座る。


「どうでもいいけど、お嬢ちゃんはやめて。私の名前はエリーゼよ」


「そうか。ではエリーゼ。俺のことは魔王でも、エルケーニヒでも、好きに呼ぶと良い」


どこか親しみを込めた声色で、エルケーニヒは言った。

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